策束静巡 伍 その9
呪包童子の念が、“濃霧”で部屋を充満させている。
まるで、触れられているように濃い霧。
動けば、、、多分、、、。
その時、聖の細い肩を大きく武骨な手が掴んだ。
「聖!! もうアカン! そこまでや! マジで!!」
強い力で、肩を揺すられた。
首ガックンガックン。
聖、見上げる。
見ると、鈴木の顔が必死だった。
意地を張るとこじゃないな~と、ちょっと反省。
「みっちゃんがそう言うんやったら、もうええわ」
術式解除。
四角く圧されていた“力”から解放され、波川の身体がその場で崩れる。
駿の頭部を覆っていたシャボン玉が割れ、中の水がスウェットを濡らす。
宙に固定されていた水珠が、准の前、テーブルに落ちて弾ける。
ロープ状に巻かれた水が意思を失い、波働のシャツの中に流れ込む。
この4つの呪詛が、同時に解呪されていた。
男たちは、それぞれ深く息を吸って、吐いた。
助かった、、、。
自分達が無事だったことに、安堵する。
その次に、心配するよう波川を見る。
呼吸は、、、している。
しかし、何らかの処置は必要だ。
波働が波川の所へ、、、行こうとしたら止められた。
眼の前に笑顔のパンキッシュガールが、行く手を塞ぐように立っていた。
――ん?
動きを止めた波働に、少女はギャグのように自分の革ジャンの襟を整える仕草をしてから背筋を伸ばした。
そして、波働に目配せ。
「何してんの? ほら、こちらのお2人にあたしのこと紹介してぇや」
ソファに座る伊波兄弟に笑顔を向け、“気を付け”をしている。
ピアスが揺れる。
、、、断れないと、思った。
断ってまたひと悶着起こすより、素直に従って波川に処置をしなければと思った。
波働が伊波兄弟の方へ振り返り、右手で聖を指し示した。
「こちら、上水流家当主の代役で来られた呪包童子、小石川さんです」
「どもども。以後、あたしとみっちゃんにしょーもない事したら、今度は手加減はせえへんで」
駿は声に出さないが、代りに口をパクパクさせて何度も何度も頷いていた。
准は、驚いていた。
名を聞き、それが噂に聞く小石川家“呪術三兄弟妹”の、末娘だと解かったから。
一拍置いて、波働が波川に駆け寄る。
すでに鈴木が波川の身体をチェックしていた。
聖は、、、波川が座っていたソファに座った。
座って、伊波兄弟に視線を送る。
聖、ニヤニヤ。
兄は、理解した。
これは、『勝手に動くな』だ。
「兄ちゃん、、、」
弟がこの状況にどうしたら良いのか、兄に縋る。
准は小さく、首を横に振った。
それしかしない。
「兄ちゃん、、、」
それで、駿も動けなくなった。
「これ、救急車呼んだ方が良えでしょ?」
鈴木が、波働に言った。
悩んで、答える波働。
「ダメですね」
「えぇ?!」
鈴木、波働の返事に驚きまくる。
「迎撃態勢を取ってるところへ、救急車は入れられませんね」
「いや、しゃーけど、、、」
人の良い鈴木が、波働の判断に異議を唱える。
「、、、マジで死ぬかも知れんで!」
声のボリュームが上がっていた。
人の命に係わる問題だ。
一大事じゃないのかと、波働に詰め寄る勢いだ。
だが、、、。
無表情。
6課の波働は、理路整然と話し始める。
「私も助けたいのはやまやまですが、一介の術師と空海の密秘、どっちが重要かと問われれば圧倒的に密秘です。だから強襲者に対し防衛の陣形を取っている時に、余計なモノを入れて崩したくないです」
「そんな、、、」
言っている事が信じられないと、鈴木の顔が怒りと困惑で赤くなっていく。
「波働さん、人が1人死ぬかも知れんねんで!?」
「まぁ、そうなんですけどね」
「それやったら早う、、、」
「術師1人の命と百人単位の殺傷能力を持つ呪具。どっちが重要かって言ったら、それこそ“言わずもがな”ですよね」
「な、、、!!!?」
何と軽やかな返答。
冷静を通り越して、感情が無いのか?
答える顔は、無表情。
――久々に逢うても、冷静過ぎて怖いわw
聖、ちょっとだけ念を飛ばす。
術師ではないが、“意識”が自分に向けられているってのは波働にも解る。
その意識が良い感じなのか悪い感じなのかくらいは、肌で感じ取った。
呪包童子に、見られてる、、、と。
この場合、聖の意に背くカタチの答えを出すと、またまたひと悶着が起こる予感。
ただ向けられた念が、自分以外にも向いているのがハッキリと解る。
意識しているのだ。
鈴木と言う男の存在を、、、。
――へ~~、この2人、どういう関係だ?
ちょっと疑問に思ったりしたが、敵が攻めて来るってのに内輪揉めは良くない。
それに波付が死んじゃうと、波働家にも少なからず影響が出る。
総合的に、ここは鈴木に同意するのが良策だと判断した。
「じゃ、取り敢えず下に居る宿直の警官に、救急病院へ運んでもらいましょう。それなら陣形は崩れないし、波川さんも安心。それで納得してもらえますか?」
聖にもハッキリ聞こえるように、鈴木に言った。
「、、、それで良い」
そう言うと鈴木は、波川を軽々と抱き上げる。
オッサンがオッサンを、お姫様抱っこ。
部屋を出ようと向かった扉が、勝手に開いた。
「おやおや? これはこれは皆さんもうお揃い? 自己紹介はとっくの昔に終わったって感じやなぁ」
そう言って波働を見つけると、ウィンクを飛ばす金髪くるくるパーマが立っていた。




