第28話 熱帯雨林
【2026.10/06|後書きに追記】
・悪魔オルフェル(新画像)とウベアイスの画像を更新しました。
【2026.10/10|漢字のルビ間違いを変更】
・高浮彫→高浮彫
湿り気を帯びた腐葉土と、濃密な緑の香りが辺りに満ちている。絶え間なく響く虫たちの重奏。その向こうからは、鳥とも獣ともつかない生命の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
見渡す限り鬱蒼と生い茂る木々。そこには、熱帯雨林のような環境が広がっていた。
そんな森の中に、ぽっかりと開けた空間がある。
周囲には幾つもの巨木が倒れ、その影響で頭上を覆っていた林冠には大きな穴があいていた。そこから差し込む日光が、まるで舞台を照らす照明のように、その一帯だけを明るく浮かび上がらせている。
その中心で地面に胡座をかき、盛大な咀嚼音を鳴らしている悪魔——オルフェル。
「不味い、本当に不味い。あー、不味い!」
「あなた、本当によく喰うわね。これで一体何体目よ」
青色の三角魔女帽を被ったペンタードのスキル体——ノルウェンが、眉を八の字にひそめながら、魔物をひたすら喰い続けるオルフェルへ視線を向ける。
「これで八体目だな」
答えた直後、オルフェルは口元を手で押さえ、こみ上げてきたものを、無理やり喉の奥へと呑み込む。
その様子を眺めていた虎の顔を持つオーカーが、ふと思い出したようにオルフェルへ声をかけた。
「この魔物から毒耐性と麻痺耐性、睡眠耐性を得たのだったか?」
「ああ、それと隠密もだな」
「身体能力と魔力量も上がっているんだよね?」
「ああ。だが、今は最初ほどは上がっていない」
それを聞いていたリードグレイは自身の白い髭を撫でながら口を開く。
「なるほどのう。お主自身が強くなったことで、この程度の魔物から得られる力が相対的に小さくなっているのかも知れんのう」
「そうかも知れない。だからって、オレ一人でこいつを倒せるほど強くなったわけじゃないけどな」
そのとき、倒木の上に立って周囲を警戒していたヘブンリーブルが声を張り上げた。
「オルフェルさんのご飯が来ました!」
オルフェルは腹をさすりながら魔力感知を広げ、近づいてくる敵の形を捉える。途端、辟易したように漏らす。
「またゲカトか。どうせなら美味い奴が喰いたい」
木々の隙間から姿を現したのは、四肢で地を這う姿勢でありながら、その全高は二メートルに達する——四体の魔爬。
蜥蜴と蛙を掛け合わせたような姿をしており、その皮膚の色は鮮やかで毒々しい。ぎょろりとした両目を忙しなく動かしながら、四肢を素早く這わせて腐葉土の上を進んでくる。
「また私たちが相手するから、あんた達は下がってな」
オーカーはオルフェルとノルウェンに声をかける。
ノルウェンは、満腹で今にも吐きそうな濃紺の悪魔の傍に立つと、自分たちを覆うように精霊魔法で透明な円蓋の結界を張った。
リードグレイは彼らを守るように、結界の前へと立つ。
ヘブンリーブルは倒木の上に立ったまま魔法名を唱える。
「鈍域遅律界」
迫る四体のゲカトへ向けて魔法を放つ。
直後、四体の動きが目に見えて鈍った。腐葉土を蹴散らしていた四肢が突如として緩慢になる。
それを見たヘブンリーブルは、続けざまに楽しげに声を弾ませた。
「か〜ら〜の、重獄圧壊崩滅」
鈍域遅律界の影響下にあるゲカトたちが、見えない重圧に押さえ込まれ、その体がゆっくりと地面へ沈んでいく。
「まだこいつらを喰うか?」
リードグレイは、結界の中で口元を手で押さえるオルフェルに声をかけた。
「もう無理」
濃紺の悪魔は眉を八の字にひそめながら、何度も首を小刻みに横に振る。
「わかった」
リードグレイは静かに返事をすると、右手に携えた賢者の杖を構えた。その杖頭に嵌め込まれた七色の宝玉が、一瞬だけ淡く光る。そして、魔法名を紡いだ。
「凍獄氷貫槍」
突如、掌よりひとまわり大きな魔法陣が四つ現れ、その中心から何かが放たれた。
——見えない⁉︎
何が放たれたのか、オルフェルは視認すらできなかった。それどころか、常時発動している魔力感知さえも、その軌跡を捉えられなかった。放たれたと認識した次の瞬間には、四体のゲカトの頭部はすでに貫かれていた。
自身の魔力感知すら捉えきれない速度で魔法を放つリードグレイに、まだまだ大きな差があることを思い知らされ、オルフェルは心の中で小さくため息をついた。
遅れて、濃紺の悪魔の双眸が、その光景を捉える。
四体のゲカトは、頭部を氷の槍に貫かれ絶命していた。氷槍はいまだ冷気を発しており、突き刺さった周囲の皮膚は凍結し、その表面には白い霜が降りていた。死んでいることは、生命感知で確認済みだ。
やがて、オルフェルとノルウェンを覆っていた透明な円蓋の結界が消える。
「生命感知を半径五キロまで広げたが、魔物の気配はないようだ」
それを聞いたヘブンリーブルが感心したように口を開く。
「本当に便利ですね、それ。気配や魔力を隠蔽していてもどこにいるか分かるんでしょ? 僕も欲しいですね」
「鑑定にはそう書いてあったな。オレもこのスキルは身を守るうえでかなり有用なスキルだと思っている」
魔力感知は魔力の膜を広げ、そこに侵入した者の輪郭を把握することができる。だが、生命感知はまるで違う。暗闇の中で、無数の蝋燭が灯っているような感覚だ。隠蔽魔法で姿や魔力を覆い隠そうとも、その生命そのものまで隠せない。
便利なスキルではある。だが、ヘブンリーブルが口で言うほど易しいものではない。足元の虫一匹から木々の影で息を潜める小動物まで、半径五キロ以内で蠢く無数の生命の気配が、全方位から脳裏に押し寄せる感覚は、決して心地よいものではない。むしろ、頭がおかしくなりそうだった。
だが、ヘブンリーブルたちに余計な説明をする気も起きなかった。
オーカーは左右の木々へ警戒の視線を巡らせながら、オルフェルへ近づいてきた。
「獲得したスキルでまだ試していないのが、吸収付与だったか?」
「ああ。あの魔物——ムウオが腹を鳥籠にしていた能力だけだな」
オルフェルは立ち上がると、自分の腹をさすった。
「鳥籠か……」
蚊の鳴くような声で呟く。
「敵もいないし、試してみるか」
「それなら、あそこで氷の槍に貫かれている魔爬を吸収したらどうだ?」
オーカーがそう言って指を差した先には、リードグレイが魔法で屠った四体の死骸が転がっていた。
「またゲカトか……」
オルフェルは露骨に肩を落とした。
とはいえ、今回は食べるわけではない。
「まあ、いいか。やってみる」
氷槍に頭部を貫かれたゲカトへ向き直り、オルフェルは吸収付与を発動した。
しかし、濃紺の腹部には鳥籠が現れなかった。
「失敗?」
ノルウェンは首を傾げた。それにつられるように、オーカーたちも首を傾けた。
「どうやら、オレの場合は体の真ん中ではなく……」
濃紺の掌を見ると、そこには見覚えのある金属製の鳥籠が存在し、小さな扉までついていた。
「えっ、そこ⁉︎」
ノルウェンが顔を前へ突き出して驚く。
「だよな……」
オルフェルは何とも言えない顔で、自分の掌を見つめた。
掌を陽の光へかざす。鳥籠は掌の表面に張り付いているわけではない。格子の隙間から差し込んだ光が、そのまま手の甲側へと抜けていく。向こう側の景色まで見えていた。
ノルウェンはそれを、まじまじと見つめている。
オルフェルは、氷槍に頭部を貫かれている四体のうち、一体のゲカトの死骸へ掌を突き出した。
すると鳥籠の扉が開き、黒い手が一直線にその死骸へ向かって伸びていく。鳥籠から離れるにつれ、その大きさを増していく。
しかし、途中で止まった。
黒い手は必死に手を伸ばす仕草を見せるが、リードに繋がれた犬のように、そこから先へは進めない。
「射程距離か……」
「思ったより短いですね」
オルフェルの呟きに、ヘブンリーブルも思わず感想を漏らした。
一度黒い手を鳥籠へ引っ込めると、ぴくりとも動かないゲカトへと近づいていく。その間も生命感知を広げ、周囲への警戒は怠らない。
あと数歩のところで立ち止まると、もう一度掌をかざす。
黒い手は勢いよく掌の鳥籠から飛び出し、目の前の死骸を鷲掴みにした。そのまま鳥籠へと戻ってくる。すると黒い手に掴まれたゲカトの体が、オルフェルの掌へ近づくにつれ、みるみると縮小していく。黒い手もまた同様に小さくなり、やがてゲカトもろとも小さな扉を潜って、鳥籠の中へ消えた。
オルフェルは掌を返し、手の甲側から鳥籠を覗き込んだ。次にもう一度返して、掌側からも確認する。
どちらから見ても、鳥籠の中は空っぽだった。
「いない……」
「本当だね」
いつの間にかノルウェンも、オルフェルの隣から鳥籠を覗き込んでいた。
「あっ、獲得した」
オルフェルは虚空を見つめながら、吸収によって獲得したものを一つずつ読み上げていく。
「冷気体質、氷結体質、刺突体質小、冷気耐性、氷結耐性、刺突耐性小、そして凍獄氷貫槍を習得した」
一瞬の沈黙。
「以上のようだ」
オルフェルの言葉に、リードグレイが反応した。
「おそらくじゃが、凍獄氷貫槍の特性が反映されておるな」
言われてみればそうだ。残るゲカトたちの死骸へ目を向けると、氷槍が突き刺さった周囲の皮膚は凍結し、いまだに冷気を漂わせている。
オルフェルは、この吸収付与という固有スキルの可能性に——身震いした。
「……これは、すごい」
自身が持つスキル、エナジードレインに透過、そして——吸収付与。改めて、自分の持つ能力の凶暴さを思い知る。しかし、それでも……この世界には、身体能力だけで今の自分をも遥かに凌駕する存在がごろごろいる。そして、キャラメリゼのような圧倒的なスキルを持つ者も。それを思えば、これほどの能力を手にしてなお、浮かれてはいられない。オルフェルは自嘲気味に鼻を鳴らした。
「じゃあ、いろんな魔法を吸収すれば、その特性や魔法も得られるのかな。凄いわね」
ノルウェンは感心したように言うと、さらに言葉を続けた。
「で、耐性ってわかるけど、体質って何?」
「確かにそうね」
オーカーも興味ありげに口を挟む。
「冷気体質って聞いたら、たんに冷え性みたいで……なんか嫌だよね」
ノルウェンの眉間に皺が刻まれ、嫌そうな顔をしていた。
「冷気体質と氷結体質、試してみなよ」
「検証は必要だと思います」
「わしも、そう思うぞ」
オーカーの言葉に乗っかるように、ヘブンリーブルとリードグレイも検証を勧めてくる。
「……それも、そうだな。試してみるか」
まず検証する体質を選んで、その名を口にする。
「冷気体質」
オルフェルの全身から一気に凍えるような冷気が吹き出した。
「さっ、ぶっ!」
ノルウェンは両腕で自身の体を抱き、肩をすくめた。
「なるほど、これが冷気体質……」
自分の腕をさすりながら、オーカーは何かを考えるようにオルフェルを見ていた。リードグレイやヘブンリーブルたちも口々に寒さを訴えていた。
「その冷気体質、調整はできないのかい?」
「やってみる」
オーカーの言葉に応え、冷気を抑え込むように意識した。すると、案外簡単にそれは実行できた。
「涼しい〜」
ノルウェンは先ほどとはうって変わり、被っている青色の三角魔女帽を脱ぐと、目を閉じながら冷気を放出するオルフェルへと近づいていく。
「これはいいですね」
「この蒸し暑い環境でも、やっていけそうじゃ」
ヘブンリーブルは着ている神官服の袖を肘までまくり、リードグレイはノルウェンのように目を瞑って、心地よい冷気を浴びていた。
そんな光景を見て、オーカーは微笑ましげに口角を上げると、オルフェルに氷結体質も試してみては、と促した。
オルフェルはオーカーへ顔を向けると、一度だけ頷いた。
「氷結体質」
すると、彼の足元から地面が凍りつき、その範囲が広がっていく。オルフェルを中心に。
オーカーたちは咄嗟に飛び退いた。
地表を這うように広がっていた氷結は、途中で止まった。
「それが最大射程距離かい?」
「いや、まだまだ行けそうだ」
オーカーの問いに、オルフェルは迷いなく答えた。
リードグレイは自身の白い髭をさすりながら、凍り付いた腐葉土の地面を見て口を開く。
「氷結体質は触れたものを凍らせ、冷気体質は周囲へ影響を及ぼす……か。オルフェル自身には影響はないのか?」
「ああ、何ともない」
その言葉とともに、濃紺の右前腕が凍りつく。
「オレ自身を氷結させることも、冷気で凍えさせることも可能なようだ」
リードグレイたちは、オルフェルの右前腕の凍結がゆっくりと解けていく様子を、興味深そうに見つめていた。
「刺突体質も試してみましょう」
「まあ、予測はつくがのう」
ヘブンリーブルの提案に、リードグレイは軽い調子で答えた。
するとヘブンリーブルは、残る三体のうちの一体へ近づくと、右手に携えた神官の杖をゲカトの腹へ突き刺す。軽々と持ち上げると、そのまま放り投げた。
杖から離れた死骸は、放物線を描きながらオルフェルへ向かって飛んでいく。
「刺突体質小」
オルフェルは右手を引く。五本の指をぴんと伸ばしたまま。
その腕を確認するが、特に変化は見られない。
目の前まで迫った魔爬の肉体を——穿つ。
伸ばした右手の指先が鋭く腹へ突き刺さり、わずかな抵抗を感じながらも、そのまま腕が肉の奥へと沈んでいく。
「ぐえっ!」
オルフェルから、くぐもった間の抜けたような声が漏れた。
彼の右腕は肩の付け根まで深くゲカトの腹に突き刺さり、その腹部が顔に密着し、生臭い臭気が鼻をついた。顔を横にそらすが、抱きつくように覆いかぶさる魔爬の死骸が、なおも重くのしかかる。
「まあ、こうなるわのう」
リードグレイは苦笑する。
ノルウェンは口元を手で押さえながら笑っている。
「ぐぇっ、だって」
オルフェルはその場で勢いよく一回転すると、遠心力に任せて右腕を引き抜き、そのままゲカトの死骸をノルウェンへ投げつけた。
だが、あっさりと避けられ、彼女はすでに倒木の上まで移動していた。
「ちょっと! 何するのよ」
オルフェルは、わざと大きく舌打ちをした。
「今の聞いた⁉︎ この子、舌打ちしたわよね」
ノルウェンが苦情をぶつけると、オルフェルは「手が滑った」と言い放つ。さらに彼女が反論するが、傍から見れば、じゃれあっているようにしか見えない。
「仲良しか」
オーカーは呟くように、つっこみを入れた。
「のう、オルフェルよ」
リードグレイが割って入るように、オルフェルに声をかける。
「そもそも吸収付与を初めから使っておれば、あれほど魔物を生で喰う必要はなかったのではないかのう」
言い争っていたオルフェルとノルウェンの間に沈黙が走った。
「たしかに!」
オルフェルは頭を抱え、その場に崩れ落ちた。
ノルウェンは今度こそ口元を手で覆うことなく、腹を抱えて笑い始めた。
濃紺の右腕を、ノルウェンへ向かって突き出すと——。
「さっ、ぶぅ!」
冷気体質から放出された凍えるような風がノルウェンを襲った。その姿を目にし、オルフェルは指を差しながら笑い声を上げる。
「ほら、馬鹿やってないで」
虎の獣人であるオーカーの顔にも、はっきりと呆れの色が浮かんでいた。
だが、続く彼女の言葉に、オルフェルの表情が引き締まる。
「今からあんたを強くするよ」
その言葉を聞いた瞬間、ふと、濃紺の悪魔の脳裏に勇者オルフェルの姿がよぎった。何故なのかは分からない……。
「……どうやって?」
「今からリードグレイとヘブンリーブルの魔法、ノルウェンの精霊魔法、そして私の気術、それを全て吸収してもらうよ」
オルフェルの全身を、言いようのない感覚が駆け抜けた。
正直、今までオーカーたちの影に隠れ、守られていた。だが彼は、守られたいわけではない。仲間たちの横に立ち、共に戦いたい。対等な仲間として。
もちろん、支えてくれたのはオーカーだけではない。少なくとも、彼らがオルフェルをお荷物扱いしたことは一度もなかった。それでもなお、濃紺の悪魔は自分を情けなく思っていた。
「やろう! 頼む」
先ほどまでの軽快な雰囲気は、すでに吹き飛んでいた。
「それじゃ、わしからいこうかのう」
リードグレイは一歩前に出ると、その前方に魔法陣が現れた。その表面を放電が走る。
「準備はいいか、オルフェル」
「ああ、いつでも」
「では、いくぞ」
リードグレイは、オルフェルの右脇を数メートルの間隔を空けて通る軌道へ杖を向けた。
「迅雷閃貫槍」
雷の槍が超高速で一直線に放たれた。
「吸収付与」
だが、黒い手が鳥籠から飛び出したときには、すでに雷槍はオルフェルの横を通り過ぎていた。
そして少し遅れて、密林地帯の奥から甲高い破裂音が響いた。
自身の手に現れた鳥籠へ視線を落とす。
「なるほど」
確認するように、一つずつ声に出していく。
「まず、手に鳥籠が現れる」
一つ。
「次に鳥籠の扉が開く。そして最後に黒い手が外へ向かって伸びる」
二つ、三つ。
「三段階を踏む必要があるのか……どうしても遅くなるな」
「戦闘中に使うなら限定的な場面だのう。足を止めている相手か、倒れている奴なら今の速度でも掴めるじゃろう」
リードグレイの言葉に、ノルウェンは首を傾げると、自分が目にしたことを話し始める。
「あれ? でもスウェーデの爺さんを捕まえたオウムの黒い手の速度はかなりのもんだったけど。あれに比べたらオルフェルの黒い手は……かなり遅いわね」
「そうなると、スキルの熟練度かのう」
リードグレイの言葉に、オルフェルは思い当たる節があった。
自身を鑑定すると——
・魔法 三
・魔力操作 三
・召喚術 零
・体術 三
・剣術 七
——と、表示されている。
その項目に意識を向けると【熟練度】と表示された。
「リードグレイ、もう一度頼む」
「次は速度を遅めに放つが、迅雷閃貫槍でいいか?」
「ああ、頼む」
内言で思考し始める。
——右手に鳥籠を具現。
——鳥籠の扉を開く。
——二段階目まで準備完了。あとは……。
「では、放つぞ」
リードグレイの側には、すでに魔法陣が現れ、その表面を放電が走っていた。
「迅雷閃貫槍」
右手にある鳥籠から黒い手が飛び出た。
——よし!
黒い手は雷槍を鷲掴みにしていた。そのまま握りしめ、鳥籠の中へと消えていく。
すると、機械的な女性の声が脳内に響いた。
それと同時に、目の前に文字が次々と浮かび上がっていく。
《スキル「雷体質」を獲得》
《スキル「感電体質」を獲得》
《スキル「雷耐性」を獲得》
《スキル「感電耐性」を獲得》
《魔法「迅雷閃貫槍」を習得》
オルフェルは獲得した内容を、オーカーたちにも伝えた。
「……雷体質。放電や帯電、電撃そのものを扱うようだ」
「はい。質問です」
説明を聞いていたヘブンリーブルが、片手を上げた。
「雷体質の電撃と感電は違うのですか?」
「ちょっと待ってくれ」
そう言うと、自身の鑑定結果に表示された雷体質と感電体質に意識を向けた。
「なるほど」
虚空を見つめていた視線をヘブンリーブルへ移す。
「雷体質は放電や帯電、それによる電撃を扱う能力。感電体質は、生き物の体に電流が流れたときに起こる、痺れや筋収縮なんかの生体作用に関係する能力……らしい」
視線を斜め上へ向けながら話を聞いていたヘブンリーブルは、やがて納得したように一度頷き、オルフェルへ視線を戻した。
「理解しました」
「雷体質と感電体質も便利じゃのう」
リードグレイの呟きに、オーカーもノルウェンも同意していた。
「はい!」
「では、ヘブンリーブルくん」
オルフェルは、元気よく手を上げる彼を指差した。
「鈍域遅律界と重獄圧壊崩滅も吸収すれば……かなり厄介な存在になれますよ」
「無形の魔法も吸収できるのか?」
「実際にオウムの魔物に魔法を吸収されて、解除された上に、そのまま使われましたから」
「……実体験からくる提案ってことか」
そして数時間かけ、魔法、気術、精霊術、そして固有魔法を次々と吸収していった。
***
城塞騎士ペンタード内にある、キャラメル王国——女王謁見の間。
見上げるほど高い天井と、視界を埋めつくす白亜の大広間。澄み切った空気の中を透き通った光の粒が煌めきながら泳ぎ、秋の陽射しのような柔らかな温もりを広間へ添えている。
四本の太い白亜の円柱には、今にも羽ばたきそうな天使の高浮彫が施され、黄金の蔦が絡みつく。その頭上では、見たこともない色彩の花々が甘い香りを漂わせながら枝垂れていた。
純白の絨毯が伸びる最奥には、一本の巨大な聖樹。その幾重にも絡み合った根が、女王の座す玉座を形作っている。
室内でありながら、そこは変わらず——世界の生命を凝縮した庭園のような静謐さに満ちていた。
女王キャラメリゼは、粛然たる面持ちで玉座に深く身を沈め、キャラメル騎士団長ヴォイスから念話にて報告を受けていた。
「そう、出口には異変はなかったのね。わかったわ」
血を思わせる真紅の唇の隙間から、深いため息が漏れる。
やりとりを聞いていた宰相のガーネット・コンプリメンタは、眉間に皺を寄せて口を開いた。
「異常がないとなりますと……外部から侵入した者より、この世界の内部にいる何者かの仕業である可能性が高い——ということですな」
「ええ、そうね。未だに見つかっていないオルフェルが関わっている可能性も十分あるわ」
「あの人間の勇者のほうですな。我々と同様に、何かしらの力に目覚めておるやも知れませぬ。例えば、異空間への軍団転移のような力ですかな」
「あの子と仲間たちが窮地に陥った際、転移の魔法か、それに類する何らかのスキルを使って救出した——そう考えれば説明がつくわね。そうなると今は、デモンルフたちも一緒に異空間にいるかも知れないわ」
そのままキャラメリゼは黙した。宰相は女王が念話を始めたと察し、大広間の空中に投影された遺跡の立体映像を見据える。
『ヌーラティップ、あなたの方で何かしら分かったことはあるかしら?』
『はい、ユグドルのスキルで当時の映像を復元し、分析したところ、未知の転移魔法が使われていたとのことです。転移先の割り出しには、もう少し時間を要するそうでございます』
『わかったわ。引き続きよろしくね』
キャラメリゼは念話を切ると、左手で両目を覆い、低く唸るように小さく声を漏らした。
「未知の魔法……外の世界のものじゃなく、勇者オルフェルが生み出したものだといいのだけれど」
***
熱帯雨林では、オルフェルが魔法を吸収し始めてから数時間経つが、いまだに太陽は真上にある。
「よし! 黒い手の射程と伸びる速度、だいたい把握した。それに体質や耐性もかなり獲得したし、体質には熟練度、耐性には耐久の成長度があることもわかった。それと……身体能力と魔力を上げるには、結局、生で喰う必要があることも……」
継承した記憶には、頭の中だけで整理するより、声に出して確認した方が現状を把握しやすいとあった。そのため、この数時間で学んだことを一つずつ言葉にしていた。
「ねえ、吸収付与って、魔物や魔法限定なの? 果物や魚とかは?」
ノルウェンの言葉に、オルフェルは一瞬言葉を失った。
ふと、ある果物が頭をよぎった。
「バナナ体質か……」
「オルフェルの血が、バナナジュースになったりして」
一瞬の沈黙が走り、オルフェルとノルウェンは小さく笑い合う。
オーカーが真剣な顔をして近づいてくる。
「リードグレイたちと先ほど話していたのだが……私たちのエネルギーが思ったよりも減りが早い」
彼女はオルフェルの目を見据えたまま続けた。
「私たちのこと、気づいている——いや、知っているんだろ?」
一拍の間。
「遺跡で初めて会ったときに、魂魄眼で……」
「そうか」
オーカーの短い返事に、ノルウェンが割り込んでくる。
「えっ、どういうこと? もしかして、知らないの私だけ?」
「説明していいか?」
オーカーとリードグレイ、ヘブンリーブルは互いに目配せをすると、オーカーが頷いた。
「かまわない」
「歩きながら説明してやるから、とりあえず先へ進もう」
先頭に立ってオーカーが進む。オルフェルの横にノルウェンが並んで歩き、その後ろではリードグレイとヘブンリーブルが二人の姿を微笑ましそうに見守っていた。
快晴の熱帯雨林を、どれほど歩いたかわからない。初めは草木をかき分けて進んでいたが、途中からはオルフェルの氷結体質で前方の草木だけを凍らせ、虚圧天衝の無音の衝撃波で粉砕していた。
魔物と出会すことなく、あてもなく歩いている。
そして、あるものを発見した。
腐葉土の上に突き刺さるように立つ、見上げるほど巨大な黒い直方体のモノリス。その表面は傷一つなく、凹凸も存在しない。漆黒の鏡を思わせる滑らかな平面が光を反射し、不気味な雰囲気を漂わせていた。
「なんだ、これは?」
オルフェルは一定の距離を保ち、まじまじと見つめる。
「いかにもって感じで、怪しいわね」
ノルウェンは時計回りにモノリスの周囲を歩き、時折魔力感知を広げては、その度に首を傾げている。
オルフェルもモノリスの周辺を探るが、特に怪しいところはない。怪しいと言えば、その存在だ——何故か、妙に気になる。魔力感知、気配感知、生命感知を使っても何も反応はない。ムウオの肉を食べて獲得した反響定位を使うが、音波はただ跳ね返ってくるだけ。鑑定を使っても、表示されるのは『モノリス』だけだった。
リードグレイも白い髭をさすりながら、低い唸り声を漏らしている。
「真視の魔法と看破の魔法を使ったが、何も反応がない。何も分からんとはのう」
ヘブンリーブルたちも各々が持つ魔法で正体を探ろうとするが、どれもモノリスには反応しないらしい。魔法で周辺に罠が仕掛けられていないことも確認できたようだ。では、この物体そのものが魔法を受け付けないのか。
オーカーが全員へ声をかける。
「この周辺に同じようなものがないか、一旦調べよう。複数同じものがあり、配置自体に意味があるものかも知れんしな。正体が分かるまでは、こんな得体の知れないものには触らないほうがいいだろう」
すると、反対側からノルウェンが顔を出した。
「あっ、ごめん。触っちゃった」
その瞬間、モノリスの輪郭がぼやけた。次に認識したときには、漆黒が一気に広がり、世界そのものが暗闇に呑み込まれる。
今回の熱帯雨林、環境描写が楽しすぎて長くなり過ぎたので、かなり削りました。
雷体質と感電体質のくだり、かなりChatGPTに相談しました。
雷の放電・帯電と感電に関しての違いを理解するまで、AIとのやり取りを何回往復したことか……。その時は理解したのですが、翌日にはうっすら理解へと格落ちしてしまいました。数週間後には理解度もかなり薄くなっているんでしょうね。
次回29話は、イデア魔界儀伝の初投稿数ヶ月前に作成したビジュアル・プロットボードにて、環境描写は仕上げていたので次の月曜日には……なんとか更新したい。
登場キャラが多いので下記のように、画像を上げています。
悪魔オルフェルの画像を更新。
こちらの方がイメージに近いです。
人差し指騎士団、ウベアイスのイメージ画像です。
ちなみに、人差し指騎士団の名前は全て東南アジアのスイーツの名前から来ています。




