第21話 急転直下
【2026.09/12|台詞内の文章を一部調整】
・黒い正方形 →黒い立方体
雷光を纏う拳を突き出したまま、オルフェルを庇うように立つ一人の武人——虎顔の獣人オーカー。機動性を重視した東洋風の黒を基調とした戦装束。鍛え抜かれた背中と引き締まった両腕を大胆に露出させた装いは、獣としての感覚を研ぎ澄ますものなのだろう。その体躯には、百戦錬磨の力強さとしなやかさが宿っていた。袴風の黒衣越しにも、丸みを帯び鍛え抜かれた大臀筋の隆起がはっきりと浮かび上がっている。
だが、その身長はオルフェルより少し高い程度だ。
「……オーカー」
継承した記憶は自身の記憶として鮮明に息づいている。だが理屈では、それは他人の人生という矛盾から、ぽつりと名を漏らした。
「逃げるよ」
オーカーは振り返ると、米俵を脇に抱えるようにオルフェルを持ち上げ、迷うことなく駆け出した。その速度は音速の百倍——常識外の速さだった。
一瞬にして背景を置き去りにして、風を切る音が鼓膜を劈く。オーカーの鍛え抜かれた豊満な胸が呼吸に合わせてゆるやかに上下し、その温もりが身体へ伝わってくる。
人の頭部ほどの白い球体が、シュトレインの眼前へ突然出現し、周りの悪魔たちが反応するよりも早く、弾けた。
次の瞬間、世界が白い色に包まれる。
文字通り周囲を純白一色に染め上げた。眩しさなど微塵もなく、自分自身の姿も白色に塗り上げられ、手も足も認識できない。至るところから冒険者たちの動揺の声が上がる。
「小賢しい」
デモンルフは鼻で笑う。
「デリートフレイム」
彼女を中心に白い世界が、紙のように燃え始める。
燃焼した縁が炭化しながら広がり、焼け落ちた白い帳の向こうから、黄土色の遺構が姿を現した。
色を取り戻した世界には、S級冒険者と新魔たちの戸惑いが満ちていた。
「味方を潜ませておったか。されど、逃すつもりはない」
虎の獣人と濃紺の悪魔を追うため、ワプが爪先に重心を移した瞬間——。
突然、遺跡全体を覆う巨大な魔法陣が上空に出現する。
「星煌閃貫滅雨!」
次の瞬間——
空が白く瞬いた。
幾千の星光を纏った質量を伴うレーザー光が、無数の光柱となって流星の如く降り注ぐ。光であるはずのそれは建造物を貫きながら砕き、石畳を跳ね上げ、遺跡を揺るがす轟音を響かせた。光に触れた箇所は瞬く間に赤熱し、溶解していく。冒険者たちの声にならない悲鳴とともに、遺構の景色を砂煙が覆い隠す。
損傷した悪魔たちは自己再生に集中するため動けずにいた。デモンルフとシュトレインを除いては。
「ほおっほっほっ。これで多少なりとも数は減らせたかのう?」
老獪な男性の声が響く。一際高い建造物の屋根に、身長二メートルにして引き締まった体躯のエルフが、自分の身長より長い杖を掲げていた。
魔法の威力を見届けたのち、老獪なエルフの影は、オーカーが去った方向へ常識外の速度で屋根を伝い走り出した。
オルフェルを脇に抱え、音速の百倍の速度で遺跡内を駆けるオーカー。
——おかしいね。こんなにも走っているのに未だに遺跡内。
遺跡へ侵入した際は、わずかな時間で前世の仲間に辿り着いた。——にもかかわらず、走れど走れど遺跡から出ることができない。
気味の悪さに虎顔の眉間に皺が刻まれる。
「オーカー、でいいんだよな?」
「そうだ」
短く答えると、一拍間を置き、オーカーは言葉を続けた。
「初めましてだな。今世のオルフェルでいいんだよな」
「ああ。前世のオレから事情を聞いて、記憶を継承した」
「そうか」
「オレから探しにいくものだと思っていたから、そっちから来てくれるとは思わなかった」
「オルフェルから——前世のな。召喚獣が来て色々と教えてくれたんだ。だから二人と合流してきたんだ。最悪のタイミングでな」
「二人?」
オーカーはオルフェルの呟きに応えることなく、石畳の上を尋常ではない速度で駆けていく。
真っ直ぐに。
大気の壁をぶち抜きながら。
さらに加速する。
——⁉︎
虎の片足を大きく前に踏み出し、踵から足裏全体で石畳を削りながら、低い姿勢で滑り込む。急停止した瞬間、衝撃波が全方位へ伝わり、凄まじい圧力と摩擦力により地面が赤黒く溶ける。
「……どうなっている?」
脇に抱えられているオルフェルの上瞼が大きく跳ね上がり、目が丸く見開かれた。
見覚えある光景どころではない。先ほどまで自分たちがいた場所に戻ってきている。確実に、この場から離れるためにオーカーは疾走したというのに。
オルフェルを抱えた腕に力が入る。
「スキルか……」
虎の口の隙間から犬歯が剥き出す。
突如、石畳を削りながら滑る音が響いた。刹那、オーカーの背中へ衝撃波が叩きつけられた。
「これは、どうなっておる?」
老獪な男性の声とともに、青と緑を基調とした大賢者のような装束、長年の鍛錬を物語る体躯。そして、白髪と白髭に長い歳月を感じさせるエルフが、その背後から姿を現した。
「リードグレイ、こりゃ簡単に逃してくれなさそうだよ」
振り返ることなく老獪なエルフに声をかけると、オーカーはオルフェルを脇に抱えたまま、敵の悪魔たちを睨み据える。
「まいったのう。どうしたものかのう」
リードグレイは白髭をさすりながらも、魔法の杖を強く握りしめている。
「あら、お帰りなさい」
「なんだ、忘れ物でもしたのか」
漆黒の生体装甲の悪魔——ミュート、女性のような口調で彼は冗談めかして言うと、四つ脚の狼の下半身を持つデモンルフは鼻で笑いながら睥睨する。
炎の槍の石突きを強く地面へ打ち付け、余所見することなく口を開く。
「もう一匹、隠れているようだが」
張り上げた声ではない。だが、言葉だけが遺跡内へ波紋のように広がっていく。
すると、建造物の高みにある回廊の陰から、一人の青年が白い革靴を鳴らしながら姿を現した。冒険者たちと変わらない身長。
だが、悪魔たちの体躯を前にすれば、その姿はあまりにも小さい。
「見つかってしまいましたか」
純白の神官の祭服には、キャラメル色の精緻な刺繍が施され、腰に巻く細い革帯から同色の房飾りが垂れている。豪華絢爛な神官の杖を携えたその佇まいには、若くして最高位へ上り詰めた者だけが纏う神聖さが宿っていた。
元の世界ではS級冒険者たちは圧倒的強者、それこそ英雄と謳われた猛者たち。遺跡内に集う二百万の英傑、豪傑、俊傑。その誰一人として、青年の存在に気づいてはいなかった。
「馬鹿な……気配などなかった」
「さ、さすがキャラメル騎士団の副団長だけある」
「……この私が、あのようなガキに気づかなかった」
「他の悪魔たちの様子からして、見破ったのはデモンルフ殿だけか。さすがだ」
S級冒険者たちのざわめきの中、不意に足裏が石畳を削る轟音が響いた。オーカーとリードグレイの背を強烈な衝撃波が叩き、急停止した紫色の巨躯が砂煙の向こうから姿を現す。
「おいおい、どうなってるんだ。こりゃ」
紫色の悪魔——シュトレインは自身の角を撫でながら困惑したように呟く。炎の残光のような双眸は、この奇妙な現象の正体を見極めようと、鋭く周囲を観察している。
凄まじい風切り音を響かせ、音速の六十六倍の速度で駆けていたワプは、魔力感知でシュトレインの存在を捉えた瞬間、その歩調を大きく変えた。見事な制動を見せ、勢いをなだらかに殺しながらその背中へたどり着く。引き連れていた爆風がワプを追い越していく。
「あり得ぬことなり。真っ直ぐ追ひたるはずなれど……何ゆゑ元の地へ至りたる」
一瞬の驚きはあったものの、ワプは即座に思考を切り替える。死地へ戻るような愚かな乱入者ではあるまい。原因は別にある。
シュトレインとワプの反応から、不測の事態が起きていると察したデモンルフは、二魔へ問いかけた。
「おまえたち、どうした。何があった?」
返答を待つ間もなく、
「えっ⁉︎ まじ、なにこれ。どうなってんの」
「どうして、元の場所に……」
遅れて追いついたガガムートとイビルガードも、皆と同様の反応を示した。
「お主ら、ちいと、ワシらのこと見縊りすぎじゃないかのう?」
老獪なエルフの言葉に応じるように、神官の青年が魔法名を唱える。
「白い世界」
次の瞬間、世界が白い色に包まれる。
「またか、鬱陶しい!」
デモンルフの刺々しい声と同時に、白い世界が紙のように燃え始める。
焼け落ちた白い帳の向こうには、すでに虎の獣人と老獪なエルフ、神官の祭服の青年の姿はどこにもなかった。
「ワプ! 分断、各個撃破!」
デモンルフの言葉を合図に、ワプは現実改変のスキルを使用した。
次の瞬間、デモンルフ以外の悪魔たちの姿が消えた。
「あなたたちも追いなさい。場所くらい探れるでしょ」
キャラメル騎士団副団長の彼女の言葉に異議を唱える者はいなく、各々が探るような仕草や気配を漂わせると、それぞれの方向へと二百万のS級冒険者たちが駆けて行く。
一魔残った彼女は、静かに目を瞑る。
「魔力感知で捉える遺跡の広さと、乱入者どもとあの悪魔の位置が合わない。……空間系か」
その瞬間、デモンルフの胸中になんとも言えない不安が襲いかかった。
「——まさか、外の奴ら⁉︎ 確証はないが、キャラメリゼ様に報告をせねば」
目を開くとデモンルフは、不安を抱いたまま地を蹴り、城塞騎士ペンタードへと向かった。
❇︎ ❇︎ ❇︎
青と緑を基調とした大賢者のような装束を纏った老獪なエルフのリードグレイと、刃幅の広い先端が大きく沿った重量級の大型曲刀を肩に担ぐ、白毛の悪魔ヤフルが遺跡内の闘技場内にて対峙していた。
「ジャッジャッジャッジャッ」
奇妙で豪胆な笑い声を上げると、
「光の流星は初めて見たぞい。お礼にワシも見せてやるぞ」
ヤフルの傍らから複数の魔法陣が出現した。その表面を放電が走る。
「迅雷閃貫槍」
高速で質量を持つ雷の槍が魔法陣から発射される。
すかさずリードグレイも唱えた。
「地嶽隆成絶壁」
ヤフルとの立ち位置の中間距離に岩壁を噴出させ、雷の槍が突き刺さる。
「——⁉︎ 貫通できないじゃと」
上瞼が跳ね上がり眼が大きく開く。
ヤフルはシュトレインに匹敵する魔法の生成速度を目の当たりにし、眉間へ深い皺を刻む。
リードグレイの背後から、ザームクーヘンが右腕を深く引いた状態で姿を現した。
「コットップス」
肘から先が灰色の石甲に覆われた槍へと形状変化した腕が、毎秒一万回転するドリルとなって襲いかかる。
だが、リードグレイの張った魔力障壁に、いとも簡単にも弾かれる。
杖の杖頭を背後へ向けると、振り向くことなく、
「虚圧天衝」
無音の衝撃波が、ザームクーヘンを正面から蹂躙した。生まれてまだ数ヶ月の悪魔の体は、四散しながら吹き飛ぶ。
「えい!」
ナイーヴの超能力により、老獪なエルフは金縛り状態になる。
「でかしたナイーヴ! 豪炎剣の錆にしてくれるぞい」
身長六メートル弱の巨躯から、炎を纏う豪炎剣が振り下ろされる。
「あまいわ!」
ヤフルの三分の一にも満たない体躯のリードグレイは、杖でこれを難なく受け止めた。
「ワシの豪炎剣を受け止めるか、面白いぞい!」
「ぼくのてれきねしす、はじかれた」
ナイーヴの驚きをよそに、ヤフルの豪炎剣による連撃を、リードグレイは杖術を駆使し、一歩も動かずに全てを往なしていく。
「何故じゃ、何故当たらん!」
「ほおっほっほっ。簡単なことじゃ、分からぬか?」
連撃を往なしながら、牙を剥き出しにする眼前の悪魔に、答え合わせをする。
「お主が、ワシより弱い。ただそれだけのことじゃ」
白毛の悪魔は咆哮を一つあげると、豪炎剣の連撃と魔法を駆使し攻勢が苛烈さを極めていく。剣には杖で、魔法には魔法を、老獪なエルフは動くことなく全てを捌いていく。周囲のS級冒険者たちの群れも加わるが、闘技場内に響き渡るのは悪魔の咆哮と、冒険者たちの喊声。そして、その場には似つかわしくない「ほおっほっほっ」という笑い声のみだった。
❇︎ ❇︎ ❇︎
キャラメル色の精緻な刺繍が施された純白の神官の祭服を纏う青年——ヘブンリーブルは、無機質で表情がない紫色の顔の、漆黒の生体装甲の悪魔ミュートと、遥か高みに架かる大回廊にて戦闘を繰り広げていた。
「鈍域遅律界。から〜の、重獄圧壊崩滅」
最初に唱えた魔法名のあと、ミュートたち悪魔、そして周囲の冒険者たちの動作がスローモーションへと変わる。直後、強大な重力が一帯を襲った。鈍化した身体は重力に抗うことすら叶わず、ゆっくりと、しかし確実に地面へ押し付けられていく。動作が遅延する中での強力な重力に耐えられず、二足歩行の人型ドラゴン——ニムニアと、薔薇の悪魔ラヴァは、粘土を上から踏みつぶしたように外側に広がって押し潰れていく。S級冒険者たちも同様に、スローモーションで。
「ちょっと、これダメかも。私、潰れちゃうかも」
ミュートの体もゆっくりと、悲鳴を上げ始めていく。
「すみません。あなたが何を言おうとしているのかが、僕には分からないです。もっと早く喋ってくれたら嬉しいです」
ヘブンリーブルは柔和の笑みを浮かべ、目の輪郭は三日月を象る。
その間にも次々とS級冒険者たちが神官の祭服を纏った青年を襲うが、鈍域遅律界と重獄圧壊崩滅を無詠唱で発動させていく。ヘブンリーブルの周囲では、スローモーションで肉塊が押し潰れていく異様な光景が広がっていた。
何かを思い出したように、「あっ、そうだ」と声を漏らしながら、掌に拳を——ぽん、と落とした。
「僕の固有魔法、レールガンを撃たしてください」
ヘブンリーブルの背後に突如魔法陣が生成され、その中から電磁兵器を構えた片腕が姿を現した。青年は真っ直ぐに腕を伸ばし、指先を銃口のようにミュートへ向ける。
じわじわと重力に押しつぶされていく身体と恐怖に耐えながらも、ミュートはスキル名を内言で唱える。
——異次元空間領域。
小さな黒い立方体の空間が出現する。
緩慢に、少しずつ、広がっていく。
——嘘でしょ⁉︎ スキルまで遅くなるの。
その小さく黒い立方体のものを目にしたヘブンリーブルは、再び柔和な笑顔を浮かべ、
「ばん!」
彼の銃口に見立てた人差し指が、上へ跳ね上がる。
それと同時に、電磁兵器を構えた腕は引き金を引いた。
音速の数百倍の速度で金属弾が、地面へ押し付けられていく悪魔の頭部へと飛んでいく。
ミュートの体のある一点から、炎が一気に燃え広がり、黒い消し炭となってスキルの痕跡が消えていく。
小さな黒い立方体の空間が急速に広がり、黒い立方体に触れたレールガンの弾丸はそのまま吸い込まれていった。
「ミュート、おまえだけでは厳しいようだ。私も混ぜてもらおうか、坊や」
突然姿を現したキャラメル騎士団副団長デモンルフが、狼の脚の爪を鳴らし、歩み出てきた。
「ははは。あれは、僕一人じゃ無理ですね」
ヘブンリーブルの乾いた笑い声と、諦念の混じった声だけが大回廊に異様に響いた。
❇︎ ❇︎ ❇︎
東洋風の黒を基調とした戦装束を纏う虎の獣人——オーカーと、シュトレイン、ワプ、イビルガード、ガガムートが黄土色の建造物の屋根の上で激突していた。
「強き者なり。我ら四人を相手取り、なお互角以上に渡り合ふか」
ワプのスキル——レベルの共鳴。選択した対象と同じレベル帯へ自身を引き上げる能力。レベル四十四のワプは、シュトレインのレベル七十へ到達していた。——それでもなお、倒せない。
悪魔たちから見れば小さな生物にすぎないオーカーは、流れるような動作で攻撃をいなし、転じて攻勢へ移る。
シュトレインが大きく口を開ける。
「雷虎一閃」
オーカーの雷鳴のごとき踏み込みとともに、拳から放たれた不可視の打撃が閃光のように飛び、シュトレインの顎を打ち抜く。衝撃で下顎が猛烈な勢いで跳ね上がり、首が大きく反り返る。
爆発的な衝撃が、開いていた口を強制的に閉じさせ、上下の歯が激しく衝突し粉々に砕け散った。紫色の巨躯が青白い雷に貫かれ全身が硬直する。炎の残光を宿した眼から、数瞬だけ光が失われた。
「隙ありだし」
背後からガガムートの手が伸びる。
「隙なんてあるか!」
振り向きざまに右の拳の雷虎一閃が、ガガムートの頭部に命中し——弾け飛んだ。その場に崩れ落ち、魔力体の肉体が相転移的崩壊を起こしていく。
間髪入れずに、オーカーはワプを見据えた。腰の位置まで引いていた左拳を放った。
「雷虎流星閃」
無数の雷虎一閃が連続してワプを蹂躙し、連打の轟音だけが響く。青白い雷に全身を貫かれ硬直し、鎧の一部が砕け散っていた。
意識を取り戻したシュトレインが襲いかかり、オーカーとの一騎打ちが始まった。
その攻防の激しさから、建造物が次々と破壊されていく。
戦いについていけず傍観するイビルガードは、隙あらばと状況を咀嚼し始める。
「あの虎女の動きが速すぎて接近戦は無理。魔法もまず当たらない。……固有魔法が当たれば、勝ちなんだけどね」
足手纏いになるだけと見込んだイビルガードは、付かず離れずの距離でシュトレインとオーカーの戦いを追っていく。
動けるようになったワプは、虎の武人の技を正面からまともにくらい満身創痍。片膝、片手を地面につけると、空を見上げ名前を一つずつ呟いていく。
「ザームクーヘン、ニムニア、ラヴァ、ガガムート、未だ失ふには惜しき者どもなり」
一拍の間が空き、
「現実改変」
❇︎ ❇︎ ❇︎
人間の子供ほどの背丈しかない濃紺色の悪魔オルフェルは、城塞騎士ペンタードのスキル体であるノルウェンとスウェーデ相手に、遺跡に聳える巨大建造物の内部で戦闘を繰り広げていた。
「頼みがあるんじゃが、ワシらの魂も解放してくれんか?」
自身の身長より巨大な戦斧を振り回しながら攻撃を仕掛けるドワーフのスウェーデ。
明らかに前回戦ったときより遅い攻撃。タイミングよく透過でその軌道をすり抜けさせる。
「私もお願いするわ」
手加減はしているんだろうが、それでもオルフェルにとっては致命傷になりかねない魔法を放ってくる魔法使いのエルフ。
透過した体を魔法が通り抜けていく。
「攻撃しながらお願いすんじゃねえ!」
言葉は力強いが、胸は激しく律動し、喉の奥から乾いた砂が擦れるようなザラついた息が漏れる。
——体が異常に気怠い。
——魂魄眼の使い過ぎか。
「——⁉︎ ……そういうことか。一日に送れる魂の数に限界があるのか」
ここまで数十万の魂を解放してきた。
——当然か。
オルフェルは苦笑いを浮かべながらも、全神経を回避へ集中していた。
「おい、嘘じゃろ!」
「冗談でしょ! 頑張って明日まで生き延びてよね」
スウェーデは驚きながらも戦斧を振り下ろす。
ノルウェンもまた、生き延びてと願いながら致命傷になり得る魔法を放った。
「それこそ冗談だろ」
さらにオルフェルの呼気が荒くなる。
遺跡全体を覆うように巨大な魔法陣が突如と現れる。
「ようやく見つけたぞ。次は逃さん」
威厳のある声が遺跡全体に轟いた。
その場の全員が息を呑む。
次の瞬間——
白い光に包まれ、遺跡には誰もいなくなった。
❇︎ ❇︎ ❇︎
城塞騎士ペンタード内部の白亜の玉座の間には、驚きの声が場に満ちていた。
「消えた⁉︎ ……魔力感知に反応がない」
玉座から跳ねるように立ち上がったキャラメリゼは、目を見開き、口を開けたまま固まった。
すかさず宰相のガーネット・コンプリメンタがスキル体の主に声をかける。
「これは一体……ペンタード、お主のスキルたちは何処におる?」
「ペンタード」
「何処かに、行った?」
キャラメリゼは思わず息を呑む。
大広間の空中に浮かぶ立体映像。そこに投影された遺跡内の様子を、キャラメリゼは凝視しながら、ペンタードに質問をした。
「スキル体たちはまだ発動しているの?」
「ペンタード」
「そう……なの」
糸が切れた人形のように玉座へ身を預けた。
キャラメリゼの傍らに控えていた、騎士団長のヴォイスが口を開く。
「ペンタード殿の元にはまだスキル体たちは戻ってきていない。……転移」
「その可能性が高いでしょうな。見たこともない魔法陣、感じたことのない魔力。未知の転移魔法」
宰相は顎髭をさすりながら、未知の事象を冷静に分析していた。
「魔力痕跡を探っているけど……私もこんな魔力の残滓を感じたことないわ」
キャラメリゼをもってしても感知できない現実に、この場の誰もが想像もしたくない可能性を、宰相ガーネット・コンプリメンタは提示した。
「考えたくはないですが、もしや侵入されたのでは……」
宰相は小さく首を振った。
「いや、入り込めば存在だけで察知できるはず。存在自体を隠蔽されたら気づかぬ——か……」
騎士団長ヴォイスは、自身の考えを言葉にした。
「消えた場所は、出口より遠き場所。だが、あの数を一気に転移できるとなると、外の者が……」
自ら口にした言葉をきっかけに、過去を思い出したようにヴォイスの肩がぴくりと震えた。
「千里眼で確認しているけど、出口が破壊された様子も、開けられた痕跡も確認できないわね。ヴォイス、念のため出口を確認してきてちょうだい。もし侵入されたら、私たちは終わりよ」
その一言に、ヴォイスとガーネットは言葉を失う。
重苦しい沈黙が白亜の玉座の間を支配する。
玉座に深く背を預けると、首を仰反らせ額に手を押し当てた。深い皺が眉間に刻まれた。
「畏まりました」
ヴォイスは一礼すると、玉座の間に微かな衝撃波だけを残し、そのまま姿を掻き消した。
「ガーネット。ヌーラティップに、デモンルフたちが消えた遺跡の調査をさせてちょうだい」
「畏まりました。ヌーラティップが教育係として受け持つ、ダブルデイズとユグドルも共に向かわせますか?」
「ユグドルの事象映像を復元させるスキルは必要だから、三魔とも向かわせてちょうだい」
「直ちに」
宰相は目を瞑ると、城外のヌーラティップへ念話を送る。
キャラメリゼは最悪の可能性を思い描き、手が震えだす。
——大丈夫よ、入り口の隠蔽は私とヴォイス、ガーネット、ルフの四魔で作り上げたもの。あの外の化け物たちはここにいない……いないはず。きっと。
——私は子供たちと、この世界で平和に暮らしていきたい……それだけ。幸せを願う、それだけ。
キャラメリゼの双眸は虚に遠くを見つめていた。
登場キャラが多いので、オルフェルの兄弟(新魔)たちの画像を私のBLOGに載せました。
ご興味ある方は、気軽に見ていただければ嬉しいです。
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