第12話 戦術
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・魔綱→魔鋼
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勇者オルフェルと濃紺の悪魔。
二人の視線の先には、六メートル近い巨躯を誇るヨタンが、天を衝く塔の如く屹立していた。
草原に巨大な影を落とし、その闇は二人を完全に呑み込んでいる。
見上げる首が痛くなるほどの絶対的な身長差。
「この世界の悪魔は、どいつもこいつも本当、デカいよね」
見下ろされる側のオルフェル。
だが彼が纏う静寂は、物理的な体格差すら塗り潰し、ヨタンの圧力を真っ向から押し返していた。
「おまえ、人間ではなくゴーレムだったのか」
濃紺の悪魔の言葉に、勇者オルフェルはわずかに笑みを浮かべる。
「人間なら殺そうと思ったが……」
余裕から滲み出る、落ち着き払った声音。
灼熱の火球を思わせる双眸で魔鋼ゴーレムを射抜き、続いて同胞たる悪魔へ視線を移した。
「初めて見る顔だな。貴様、最近誕生したばかりの同胞か? まさかレベル一で、こんな場所にいるとは驚きだ」
鑑定で、レベルまでわかるのか。
僕の鑑定や魂魄眼では、レベルなんて表示されない。
この世界にはレベルという概念があるのか。
今まで、僕以外に鑑定持ちの悪魔に出会ったことがなかった。
だから、どんな表示がされているのか、純粋に興味が湧いた。
「とくに用がなければ、僕たちはもう行っていいかい?」
「かまわんが、その悪魔は我らが同胞。この場に置いていってもらおう」
「困ったな。今は修行中だから、返したくはないのだけどね。こういうのって、本人の意思が大事だと思うんだよね。だから彼に、このまま僕と一緒に修行を続けるか、君の元に戻るか、決めてもらうのはどうかな?」
「本人の意思など関係ない。キャラメリゼ様から、探し出せと仰せつかっている。故に、今すぐ戻るのは必然」
「修行を終えて、強くなってからでも遅くないじゃないか。融通ぐらい、聞かせてほしいものだよ」
勇者は、やれやれと肩をすくめた。
「探し出せと言われているけど、連れて帰れとは言われていないのだろう? それじゃ、急いで連れて帰る必要はないじゃないか」
ここまでヨタンの圧に押され、沈黙していた濃紺の悪魔が、初めて口を開く。
「オレは、こいつの元で明らかに強くなっている。オルフェルの元で修行をし、強くなったら戻ると、母さんに伝えておいてくれ」
「話にならぬな。ワシは寛容ではない。貴様たちの意見など聞いていない。死にたくなければ、そいつを渡せ」
「オレはこいつの元で——」
「キャラメリゼ様が名を賜れば、今より遥かに強くなる。それに悪魔としての知識を学ぶ場も、訓練も、騎士団が担っている。故に、そいつの修行は必要ない」
「困ったな。彼は、僕の修行を受けたいと言っているんだ。それじゃあ、僕を倒して彼を連れて帰るしかないけど、無駄な争いはやめないかい。こう見えて僕、結構強いし。君に勝っちゃうかも」
「囀るな。ワシのレベルは五十二。鑑定で、オマエのレベルが四十三だと分かっている。この差は歴然。レベルが六以上も離れている。オマエに勝てる道理は、なかろうて」
この世界での格上の定義は、レベル差六か。
こいつの言うとおりなら、僕との差は九。絶望的な差だね。
「やっぱり僕は、かなり弱くなっているね。こんな悪魔程度に下に見られるなんて、全盛期の半分にも満たないほど、磨耗してしまったようだね」
勇者はふっと、自嘲気味に微かな吐息を漏らした。
だがその顔に、六メートルの巨人を見上げる焦りは一切ない。
オルフェルは、ゆっくりと、剣の柄に手をかけた。
その場に凛とした闘気が静かに満ちていく。
「君は、僕よりもはるかに強くなる」
勇者は一歩、前へ踏み出した。
視線はヨタンへ固定したまま、傍らで身を固くする濃紺の悪魔へと言葉をかけた。
「君が修行の果てに手にする技術と力、それを見せてあげるよ。自分で言って悲しいけど、僕は君が辿り着く強さの通過点でしかない。だから、その目に焼き付けるんだ。レベルの差を覆す強さっていうものをね」
「……わかった。しっかりと焼き付けるぜ。……死ぬなよ。まだ、強くなりたいからな」
勇者が右足を一歩踏み出した瞬間、その姿は音を置き去りにして、かき消えた。
ヨタンの肩に担いでいた大型戦鎚も、音を置き去りに振り下ろされた。
地面を叩き割る衝撃と、置き去りにされた音が轟音とともに響き渡る。
振り下ろしの戦鎚を紙一重で躱し、その外側へ滑り込んでいた。
伸びきった腕。
戦鎚の柄を握る手。
それを覆う、籠手と手甲の継ぎ目へ——。
上段から斜めに一閃。
刃が、継ぎ目へ吸い込まれる。
装甲の縁をなぞるように、滑り込ませて断った。
「地嶽隆穿滅絶槍!」
勇者の発声限界を超えた高速呪文。
それは言葉というより、高音と低音が重なり合った和音だった。
呪文と同時に岩の巨槍が地面を突き破る。
鼓動が一度打つより早く、手首を切断されたヨタンの右腕が跳ね上がった。
顔の高さまで弾き上げられ、右側の視界を覆い隠す。
甲冑に覆われた太い二の腕を乗り越え——その上方。
顔を見下ろす位置に、突きの構えをとったオルフェルの姿が現れた。
「天壊牙突!」
狂いなく。
斜め下へ、剣先が猛烈な速度で直進する。
急激に圧縮された大気が断熱圧縮を起こし、剣は高熱のプラズマを纏った。
——貫通。
ヨタンの顔面を、剣が突き抜ける。
「スキル、脊髄反射か」
舌打ちとともに、オルフェルの苦い独白が突いて出た。
ヨタンは上半身を右へ傾けていた。
頭部が消し飛ぶ致命の一撃は、左顔面を抉り、焼き溶かし、蒸発させるに留まった。
「貴様も鑑定持ちか」
目の前の魔鋼ゴーレムが鑑定持ちである事実よりも、その突きの速度と威力に驚愕していた。
ワシのスキル、脊髄反射で反応したはずが、間に合わなかった。
だが、移動速度は対応できる。問題ない。
雄鹿の角を持つ悪魔と勇者の姿が、再び音を置き去りにして動いた。
濃紺の悪魔は震えていた。
恐れではなく武者震いから来るものだ。
「す、すごい」
動きや軌道はなんとなく見える。
だが、細かい動きまでは速すぎて追えない。
見える断片と、流れた魔力の軌跡、そして残滓。それらを繋ぎ合わせて読むしかない。
見る側にも観測技術を求めてくるのかよ。
なんて戦いだ。
振り下ろしを紙一重で躱し、隙間を縫って刃を入れる。
オレには到底無理だ。
なによりも驚嘆したのは、地嶽隆穿滅絶槍の構築から発動の速さ。
魔法を視認できたのは、岩の巨槍が、手首が切れた腕を跳ね上げた、そのあとだった。
そして、一瞬で環境の魔力と同調し、岩槍を駆け上がった。
視覚の外側から。
魔力感知から消え、視覚も遮られる。普通なら反応できない。
認識の死角からの攻撃だから。
だが、あの刺突の構えからの一撃を、避けやがった。
構えまでしか見えなかった。だから、刺突だと推測するしかない。
オレには、攻撃の軌道すら見えない。
その後に、刹那の間があった。
オルフェルの、相手の魔力感知を逆手に取った戦術は素晴らしい。
あいつの背後をとった瞬間、地嶽隆成絶壁で包み込むほど巨大な壁を創り上げた。
そして、魔力絶縁膜をはった。
——何故?
その瞬間は、意味がわからなかった。
地嶽隆成絶壁の質を、岩から砂状に変えやがった。
だから、あいつが壁を破壊したとき砕かれた破片ではなく、砂の幕が奴の視界を遮った。
そこにはオルフェルはいない。あるのは、取り残された魔力の絶縁膜。
なんて魔力操作だ。
魔力の絶縁膜を残し、自身は環境の魔力と同調して移動。
また認識の外側から攻撃——だが甲冑に弾かれていた。
動きの軌道。
魔力の軌跡。
残滓。
今も、これらの情報を繋ぎ合わせてから、ようやく認識できる。
岩から砂への質の変化でさえ、その結果を見てから後になってようやく理解が可能だ。
だから、実際の戦闘とオレの認識には、わずかな遅れがある。
観測するだけで脳が疲労する。
「あいつには悪いが、休憩時間が欲しいぜ」
濃紺の悪魔の表情に、乾いた笑みが浮かびあがった。
圧倒的な巨躯を誇る悪魔ヨタンは、目の前で起きている出来事に困惑していた。
何故だ。
レベル差が六以上もある。
それなのに、何故いまだに戦闘が続いている。
わからない。
魔力感知には反応がある。
だが、そこにいない。
ワシは、油断しているのか?
否、本気だ。
移動速度、反射速度、攻撃速度、再生力、どれを取ってもワシが圧倒している。
鑑定で見たステータスでも、ワシの方が上。
それなのに——わからない。
攻撃が当たらないのではない。
攻撃した場所に、奴がいないのだ。
当たる当たらない、それ以前の問題だ。
こんな敵は初めてだ。
しかも、的が小さすぎる。
魔鋼ゴーレムの頭が、ワシの膝上程度しかない。
こんな小さな奴を、どうやって捉えればいい。
どうしたらいい。
どうしたらいい。
……わからない。
この模造品の剣では、こいつの甲冑に傷すらつけられない。
オルフェルは虚空に掌を差し出すと、剣身が虹色に輝く一振りが音もなく姿を現した。
濃い紫色の柄。鍔と柄頭は金色に輝いていた。
「次は、本物の虹降りの剣を使わしてもらうよ」
勇者が構えると、剣身から七色の光が漏れ出しす。
幾重もの虹の膜が、刃の周囲に重なり始めた。
まるで、世界の解像度そのものが、凝縮されたかのようだった。
左半身を前に出し、右の脇構え。
虹降りの剣を腰の後ろに引き、剣先を右斜め下に向ける。
「ワシと貴様とでは、レベル差が六以上もある。そんな奴が、どんな剣を出そうと無駄だ」
あれは恐らく、この甲冑をも切り裂くであろうな。
今までのように攻撃を受けるのは、まずい。
……しかし。何故、初めからこの剣を使わなかった?
何か制限があるのか……?
——時間か!
あれほどの、威圧を放つ剣だ。
魔力を相当喰うのだろう。この推測、無きにしもあらず、といったところか。
「悪いけど、早めに決着をつけさせてもらうよ」
オルフェルのその言葉に、ヨタンは眼の奥で不敵に歪んだ。
推測通り、制限付きの武器。
あの剣から膨大な魔力が膨れ上がるのを感じるぞ。
だが、所詮は武器頼み。これが、レベル四十三の魔鋼ゴーレムの愚かさよ。
初めからその武器を使えばいいものを。
出すタイミングを間違えとるわ!
——愚かなゴーレムよ!
ヨタンは、ゴルフスイングのように大型戦鎚を高く振りかぶった。
「極圧臨界穿断水刃」
虹降りの剣の柄の陰に隠れるように。
虹降りの剣の膨大な魔力に紛れるように。
左手の人差し指に、水深一億メートルの水圧、百万バールの超高圧が凝縮された水球が生成されていた。
そして、勇者の指先は逆袈裟斬りのような軌道で走った。
「おまえ、戦闘知能指数が低いんだよ」
その言葉がヨタンの耳に届く前に、上半身が斜めにずり落ちた。
「ちょうどいい高さだ」
「——再生ができない」
「天壊牙突!」
高熱のプラズマを纏った剣が、狂いなく、今度こそヨタンの顔面を貫いた。
模造品で放った一撃の比ではなかった。
頭部が消し飛ぶ。
残った巨大な雄鹿の角が、重力に引かれ地へ落ちていく。
遅れて、バランスを失った下半身が、ゆっくりと後ろへ倒れた。
ふうっ、と。
安堵の吐息がオルフェルから漏れ出た。
「糖分を取りたくなるような、戦いだった」
本物の虹降りの剣を無造作に下げ、肩の力を抜く。
数瞬前までの張り詰めていた殺気が、嘘のように霧散していく。草原には、風が静かに靡いていた。
死戦が支配していた場の中心には、疲労を隠しきれない一人の勇者が立っているだけだった。
その静寂を破り、一つの影が弾かれたように駆け寄ってくる。
「オルフェル!」
「やあ。どうだった、勉強になったかい?」
明らかに目の前のオルフェルが劣っていた。
破壊力。
速度。
反射。
再生力。
全てにおいて。
なのに、こいつはそれを覆し圧倒し続けた。
「ああ、あの空間で習ったことが全て詰まっていた。魔力の使い方、魔法の使い方、戦術を用いた戦い方。どれも無駄のない、洗礼された戦い方だった」
「じゃあ、しっかり目に焼き付けたようだね」
「ああ。余すことなくな」
「それじゃ、僕が使ったスキルもわかったかい?」
「スキル? おまえ、スキルなんて持っていたのか」
「気付いてなかったようだね。僕が使ったのは疾風迅雷と縮地。まあ、気づかないのも無理ないか。どちらも移動術だからね」
「移動術なら無理だな。移動だけで、なんとなく見える程度だったからな」
その言葉を合図にするかのように、ヨタンの巨躯が砂の城が崩れるが如く、音もなく大地へと還っていく。
崩壊音すら、風に溶けて消えていった。
魔力体の肉体は、相転移的崩壊を起こしていた。大半は霧散し、一部は黒い砂状の堆積物として残った。
そして、巨大な甲冑と戦鎚だけが、静かに地に横たわっていた。
「力量を補うのは、技術や戦術、知識が重要ということはわかってくれたかな。勿論、例外はあるけどね。それと、必殺技はここぞって時に使うと有効だよ」
濃紺の悪魔へ、問うように言葉を続けた。
「他にも、僕が勝てた要因はあるけど、何かわかるかい?」
要因……?
あいつは、オルフェルより高レベルだった。慢心という弱点をついた?
他に考えられるのは、間合い、呼吸、視線の誘導。
それらが要因だったとしても、あの超高速戦闘の細部に至るまで観測することなど、オレには不可能だ。
「……考えてみたが、わからない。要因とはなんだ?」
「この世界の悪魔や魔獣、植物や昆虫、馬鹿でかくないかい?」
「生き残ることで精いっぱいで、考えたことはなかったが……言われてみれば、そうだな」
「オレたちがそう思うということは、逆にも言えるんだよ。わかるかい?」
「……小さすぎる、ということか」
「その通り。他にオレたちのような小さな存在はいない。だから?」
勇者の問いかけは、鋭く濃紺の悪魔の思考を削り出していく。
あの巨躯からすれば、オレたちは踏み潰すべき虫けらに過ぎない。
だが、その虫けらの移動速度は劣るはずなのに当たらない。そして、甲冑をも断つ殺傷能力を備えていたら……。
捉えたと思った瞬間、視界から消える。そして、死角から鋭い牙を剥く、理解不能な極小の災厄。
「オルフェルのような小さい相手は初めてだったから、戦い方がわからなかった。とか、か?」
「正解! いつも同じサイズと戦ってきた弊害だね。しかも、あいつは半端に鑑定で相手の強さがわかってしまう。おそらくだけど、今まで強者との戦闘は避け、戦える奴と戦ってきた。だから、今まで戦術を必要としなかったんだろ」
「……戦術の必要性を改めて強く理解した。力量差すら覆すための武器だとな」
「そう言ってくれて、僕は嬉しいよ」
「疑問に思ったのだが」
「なんだい?」
「あいつは最後に『再生できない』と言っていたが、おまえが何かしたのか?」
「ああ、あれはね——!」
勇者オルフェルの額から、冷たい汗が一筋、頬をつたい地に落ちた。
小刻みに震える濃紺の悪魔は、目を見開き、言葉を失った口が半開きになっていた。
「ヨタンの魔力が突然消え、気になって来てみれば。面白いことになっているの。貴様は何者だ?」
低音と中音が重なった、腹の底に響く重厚な声。
独特の二重の響きを帯び、ひとりの声でありながら、二体が同時に語っているかのような異質さを孕んでいた。
「ギョギョギョ!」
勇者が咄嗟に叫ぶと、次の瞬間、濃紺の悪魔の姿が消えていた。
ギョギョギョの異空間への転移。
そして、勇者オルフェルだけが、その場に残っていた。
こりゃ、無理だ。僕では絶対に勝てない。
気配に気づかなかったのは、今日で二回目。
どれだけ僕の魂は磨耗しているんだ。
いや、目の前に現れるまで気づかなくて当然か。
こいつは、僕の全盛期と互角。
「僕の名前はオルフェル。君の仲間を殺してしまってすまない。でも、殺らないと僕が殺られていたからね」
目の前には、全身を隙間なく蒼い甲冑に覆われた悪魔の騎士が、泰然として、その場に屹立していた。
ヨタンと遜色のない巨躯。
面で覆われ素顔は見えない。赤く鋭く光る双眸が勇者を射抜く。
甲冑の下にある筋肉質な体躯は隠しきれず、その佇まいだけで畏敬の念を抱かせた。
「魔核を破壊されたか」
「僕には戦う意思はない。あんた、キャラメル騎士団の団長なんだろ? なら、見逃してくれないかな」
「貴様もオレと同じ鑑定持ちか。人間に似せた魔鋼製のゴーレムよ」
「今日、僕以外に初めて鑑定持ちと出会ったと思ったら、また鑑定持ちに出会うとはね。この体になって数百年、こんな出会いはなかったのに。今日はなんて日だ」
「この世で最も邪悪な存在に姿を似せるとは、酔狂な奴もいたものだ。ところで、オマエを作った製作者は誰だ?」
世界が落ちてきたように、周囲の大気が一気に重くなる。
そして徐に、腰に挿した鞘から、蒼い光沢を放つ剣を抜き放った。
「キャラメリゼ様の子供に、魔鋼ゴーレムを作れる者はおらん」
一瞬の沈黙が広がる。
「もしや……製作者は外の者か?」
全方位に、ヴォイスの激情の威圧が放たれた。
低い轟音と共に、彼を中心とした円状の地面が数センチ沈み込み、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
大気がびりびりと震え、蒼い魔力が、陽炎のように大気を極限まで歪ませていく。
視界の端々が、恐怖という名の黒いノイズで侵食されていた。
外の者とはなんだ?
それよりも、これは、もう耐えられない。
「消えただと……?」
その場から、一瞬でオルフェルの姿が消えた。
「どこへ行った? 気配も、魔力の痕跡も感じない」
最初からそこに存在しなかったかのように、世界の解像度からオルフェルという情報だけが削ぎ落とされたようだった。
ヴォイスが握り締めた蒼い剣が、獲物を失い空虚を掴むように震えた。
物理的な速度を超越した消失。
今現在、ヴォイスの双眸に映るのは、自身の威圧によって爆ぜる土塊と、歪んだ大気の残像のみ。
そして、次にオルフェルが観測される場所は、もはやヴォイスにとって手遅れの距離でしかなかった。




