エラリー・クイーンの事恋簿
九院偉理衣…百合ヶ丘高校三年、生徒会長
エラリー…九院偉理衣のニックネーム
エラリー・クイーン(九院偉理衣)…後に”探”を司る格として世界的探偵となる。ただ本作では登場しないので深く考えなくて良い。
エラリー・クイーン(作家)…実在するかの有名な探偵小説家エラリー・クイーン
エラリー・クイーン(探偵)…エラリー・クイーン(作家)の書く作品に登場する探偵
今日こそ、今日こそは九院先輩に声をかけたい。
九院先輩を思い続けて、一ヶ月。九院先輩の入学式での新入生への挨拶を聞いてから一目惚れ。百合ヶ丘高校、生徒会長の九院偉理衣、頭脳明晰でスタイルも良くてあんなに完璧なお姉さまは他にいない。
明日からゴールデンウィーク。十日間も九院先輩を見かけることができなくなってしまうのは耐えられない。せめてわたしの気持ちをしっかりと伝えてすっきりとさせたい。たとえ、受け入れてもらえなくても……。
それにしてもさっきの全校朝礼の九院先輩も素敵だった!
九院先輩の挨拶は必ず「さて、皆さん」から始まる。その発声と同時にわたしは骨抜きにされたように体が全く動けなくなってしまう。九院先輩にただただ釘付けされるばかり。
でも私は九院先輩のことをほとんど知らない。いつも見ているだけでお話したことは一度もない。唯一知っていることは九院先輩は探偵小説が大好きだということだけ。だから図書室にある探偵小説は全て読んだ。九院先輩と語り合いたい。
「ねぇ、あなた。そこで何をしているの?」
え? いきなり後ろから声をかけられて私はキョトンとしてしまう。
え? し、しかも、九院先輩!? なんで九院先輩がここにいるの?
わたしは今廊下の隅に隠れている。九院先輩がさっき生徒会室に入ったのを見かけて、出てきたところを話しかけようと思っていたんだ。
「あはは。目をぐるぐるさせて可愛らしいわね」
九院先輩はニコっと笑う。あぁ、お姉さま、たまらなく素敵です!
「あ、あの九院先輩! わたし一年の愛内といいます」
「知っているわ、一年一組出席番号一番の愛内利理衣さん。私は生徒会長。全生徒のことは知っている。私はえらりぃ、あなたはりりぃ、りぃりぃコンビね」
九院先輩がわたしのことを知っていたなんて! 幸せすぎて死にそう……。
「ねぇ、リリーって呼んでもいい? わたしのことはエラリーと呼んでちょうだい」
「はい!」
九院先輩を名前で呼べるなんて! エラリー先輩!
「ところでここで一つ問題。生徒会室に入った私がなぜ、リリーの背後に現れたのか? この謎は解ける?」
そういえば、それが謎だった。エラリー先輩が生徒会室に入ってから、わたしはずっと見張っていた。出てきた様子はなかったのに、いきなり後ろから声をかけられたんだ。
実は見間違えて、生徒会室に入ったのは別の人?
いや、わたしはエラリー先輩を見間違えるなんてヘマはしない。
実はエラリー先輩は双子? 容姿は似ているため、双子のもうひとりの方はまだ生徒会室にいる?
いや、そんな話は聞いたことがない。エラリー先輩ほどの有名人が双子だったら学校中の誰でも知っている。
実は生徒会室から出てくるのをわたしが見逃していた?
これはありえるかもしれない。でもエラリー先輩が生徒会室に入ったのはわずか十分前。この間、わたしが惚けていて、エラリー先輩が出てきたのを見逃してしまったなんてあるだろうか。
……あ!
「エラリー先輩、わかりました。『チベット迷宮の謎』ですね?」
「ご明察。リリーが図書室の探偵小説を読んでいるのは知っているわ。チベット迷宮もついこの間借りていたわね。リリーがさっきから私の後を付けているのは知っていた。そこでちょっと驚かせてあげようと思ったのよ。チベット迷宮のトリックを使ってね」
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『チベット迷宮の謎』
エラリー・クイーン(作家)の国名シリーズの作品。
チベットの岩窟を舞台に殺人が繰り広げられる。怪しい旅行者X、チベット僧、大金持ちのイギリス人、そしてエラリー・クイーン(探偵)。
この作品の中でまさに今起こったシチュエーションがあった。チベット僧が岩窟内の修行部屋に入った所を、怪しい旅行者Xが目撃するのだが、その直後に背後からチベット僧に声をかけられるというシーン。まさに今のわたしとエラリー先輩と同じ状況。
ちなみにこの時、怪しい旅行者Xはここの岩窟にあるというお宝を探していた。
肝心のトリックはここでは内緒にしておきます。『チベット迷宮の謎』をぜひお手にとって読んでいただきたい。
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「あのトリックを実践できるなんてさすがエラリー先輩です! わたし図書室にある探偵小説はもう全部読んじゃたんです」
「へぇ、もう全部読んだのね。百冊くらいはあったと思うけど」
「授業中も読んでいたんで毎日何冊も読んじゃいました」
エラリー先輩とお話がしたくて、頑張って読んだんです。
「ちゃんと授業は聞きなさい、と生徒会長らしく注意しておきたいけど、私も授業中は本ばかり読んでいるわ」
エラリー先輩はいたずらっぽく笑う。
「そういえば今日、図書委員が平成最後の読書会を開くけど、リリーも一緒に参加する?」
「え、いいんですか?」
エラリー先輩と今日初めてお話できただけでもう嬉しいのに、読書会も誘ってもらえるなんてわたしはどれだけ幸せ者なの!
「うん、それじゃあ図書室へ行きましょう」
☆
「まだ誰もいませんね。図書委員の方はまだ来ていないんでしょうか。って、あれ?」
後ろを振り向くと見知らぬ女性がいた。
いや、正確には知っている。図書委員の人だ。いつも受付で本の貸し出しをしてくれている。
「あ、図書委員の方ですよね? エラリー先輩がわたしの後ろにいたと思うんですけど……」
「私がエラリーよ、ふふ」
「え?」
エラリー先輩はポニーテールだが、今目の前にいるこの人は髪を下ろしていて、そしてメガネもかけている。でも声は確かにエラリー先輩だし、なんとなく雰囲気も似ている。
「変装は探偵の基本。私は生徒会長兼、図書委員でもあるわ」
そんなまさか。あのいつも本の貸し出しをしてくれている人がエラリー先輩! わたしは毎日のようにエラリー先輩と接していたんだ。
「びっくりです。なんでわたしが探偵小説を読んでいるのを知っているのか気になっていましたが、エラリー先輩からいつも借りていたんですね」
「リリーが借りている本は全部把握しているわ。もちろん私も全部読んでいる。それでは読書会をしましょうか」
「他には誰もいないんですか?」
「私とリリーの二人だけよ」
なんでエラリー先輩はわたしのことをこんなに気にかけてくれているんだろう。生徒会長だからわたしだけ特別ではなくて、他の人たちにもこんな風に気をかけているのだろうか? でも今はそんなことどうでもいいや。エラリー先輩と二人だけの読書会。
☆
読書会ではたくさん本のお話をした。エラリー先輩が一番好きな本は『そして伝説へ』という本みたい。なんでも子供のときに最初に参加した読書会の課題本で思い入れが強いようだ。学校の図書室にはなかったので、今度貸してもらえることになった。
ゴールデンウィーク中にエラリー先輩がよく通っている文学サロンにも連れていってもらえることにもなった。本好きの人たちがよく集まっており、いつも色々なことをやっていてとても楽しそうな雰囲気! エラリー先輩は文学サロンに持ち込まれる“謎”を解決する探偵もやっているみたい。
図書室の窓から外を見ると夕日が沈みかけている。
「もうこんな時間ね。まだまだ話足りないから、文学サロンでも他の人たちと『メキシコ香辛料の謎』のあれについても話そうね」
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『メキシコ香辛料の謎』
エラリー・クイーン(作家)の国名シリーズの作品。
メキシカン料理に毒が仕込まれており、その場の全員が死亡。犯人だと思われるAの遺書が見つかり、諸々の証拠からAが犯人であると断定。
Aが全員を巻き込む集団心中という形で事件は収束……に思えたのだが、エラリー・クイーン(探偵)がメキシカン料理に使われていた香辛料を怪しみ、真相は意外な展開へ。
この香辛料については読者たちの間でも議論があり、作中で真犯人が指摘されるが、本当の真犯人は別人であるという可能性も浮上している。作中の「炎の温度」が超重要。そこに注目して読んでいただきたい。書かれてから数十年経っているが、未だに議論の耐えない作品である。
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「そういえばわたし、エラリー先輩にお伝えしたいことがあったんです」
「なに?」
「――好きです」
「最初から知っているわ、だって私は探偵よ」
エラリー先輩はニコっと微笑み返してくれた。
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読者への挑戦
なぜエラリーはリリーが自分のことを好きだと知っていたのか?
これを読者にはご推理していただきたい。
答えがわかった方は作者まで、そのご推察をぜひご披露ください。
その前にまず作者を当てる必要がありますがね。
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