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翌朝、ジルフォードは側近で従兄弟でもあるマティアスにエレーンへの想いを打ち明けた。
マティアスは王太子より6歳年長で、従兄弟同士ということもあり、ジルフォードにとっては兄のような存在であった。彼は恋愛に長けたマティアスに、これからどうやってエレーンと会えばいいか相談したかったのである。
「つまりジル、君は昨日の園遊会でエレーン嬢に再会した後、こっそり庭の茂みに誘い込み、彼女に手をだそうとして――
「違う! 勝手に話を変えないでくれっ!! 茂みになんか連れこんでないし、普通に庭園で話していただけだ!」
「はは。そうだっけ? で、話しているうちに彼女に愛を告白した、と。君の告白を聞いた彼女の反応はイマイチで、途中レイアスの邪魔が入った。それで夜会で仕切り直そうしたけど彼女の姿はなかった。つまり振られたってことか」
「いや、振られたという表現は……。まぁ確かにそう思うかもしれないが……。君は私を愚かだと思うか?」
「何が? 男性が女性に愛を告白する事は素晴らしいことだよ。君が彼女にまだ伝えきれてないと言うなら、僕は全面的に協力する。まずは次の機会か……。一週間後の舞踏会に彼女は出席するのかな? 調べてくるよ」
「マティアス、感謝する」
「ジル、僕は嬉しいのさ。だって、君は王太子に生まれたばかりに、幼くして会ったこともない他国の姫と婚約させられた。しかし婚約は解消、君は自由に恋愛をできるようになった。でも浮いた噂はさっぱり聞かないから、僕はてっきり君は女性よりも、男性に興味があると思ーーって嘘!冗談だよ!」
どこまで真面目に言ってるんだ、とジルフォードはマティアスを思いきり睨みつけた。
有能だが軽くて一言多いのがこの側近の欠点だ。
「だけどそういうことだったのか。君が宮廷中の女性にそっぽを向いてたわけ。ずっと初恋の相手を想ってたなんてさ。エレーン嬢て僕の記憶に無いけど、そんなに魅力的な女性なのかい? 」
「……そうだな、彼女はあまり宮廷にはいないタイプかもしれない。初めて会った時、私を王子と知らずに話しかけてきたんだ。とても気さくな感じで……。それまでは同じ年頃の子でも、距離を置かれた感じだったから、すごく新鮮だった。彼女と会うのはとても楽しかったんだ。今でも気取らなくて、僕に媚びを売ってくるなんてことはしないんだ」
「ふーん、なるほど。君に擦り寄ってくる令嬢達とは違う所に惹かれたってわけか? で、ずっと彼女を忘れられないでいたのかい? 一途だなぁ。それなら何故、婚約が解消された時、すぐ彼女に会いに行かなかったんだ?」
「それは……彼女はなかなか宮廷には来なかったし、だからといって自分から突然手紙を出したり、会いに行ったりはできなかった……。まずは宮廷で彼女に声をかけることから始めようと思ってたんだ」
「なんだい、それ。随分奥手なんだな。その間に彼女が結婚したらどうするつもりだったんだ? 恋愛はスピードが命なのにさ」
「マティアス、私は王太子だ。だから、立場上、迂闊に行動してエレーンや周りに迷惑をかける訳にはいかないと思ったんだ。それに彼女には既に恋人がいるかもしれないし……」
「分かった分かった。その辺も調べとく。彼女はハルト伯爵の一人娘で、確か伯爵はジニア国大使の副官だっけ」
マティアスは王太子付の側近として、すべての貴族の肩書きを把握している。
「ジル、彼女の家柄だと王太子妃候補にはまず挙がらないよね。……まあ、いいや。まずは舞踏会の招待客を確認して、分かり次第知らせるよ」
そう言ってマティアスが退室した後、ジルフォードは彼がエレーンの事をどう思うかが気になりだした。マティアスは彼女の家柄をつぶさに調べ上げるだろう。彼は彼女が王太子の相手に相応しくないと思うだろうか?
「私はどう思われようと構わないが、彼女に迷惑はかけたくない……。しかし彼女への想いはどうしようもできない」
エレーンの事が気になりながらも、ジルフォードは公務に取り掛かる為、執務室へと向かった。