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「はぁ……」
エレーンは思わず大きな溜息を漏らした。
そっと正面の兄を見ると、相変わらず小難しい本を読み続けている。
気付かれなかった、とエレーンはほっと息をついた。
王太子ジルフォードが去った後、ライアスがエレーンを見つけに来て、今は帰りの馬車の中である。
予定では園遊会後の夜会に出席する予定だったが、王太子とのやり取りですっかり頭が混乱したエレーンにそんな余裕はなかった。
ライアスは妹の様子がおかしいのは分かったようで、突然の欠席を渋々許した。
それでも兄は妹に長々と小言を繰り返していた。
というのもライアスは妹同様、夜会やら舞踏会は好きではないのだが、今年18になる妹の良縁の為に、夜会に同行しようと気を張っていたのだ。
一方エレーンは今夜の夜会に参加しなくて済んだ事に安堵しながら兄の小言を聞き流していた。
彼女は貴族の娘でありながら夜会や舞踏会に出るのが好きではない。周りの女性は皆煌びやかで才女な美女ばかり見え、自分には場違いな場に思えた。
それに宮廷用のドレスは動きづらく、コルセットはきつい、髪はきつく結わねばならない、と着飾るのはとても煩わしい。
彼女には着心地の悪い綺麗なドレスより、無造作に簡単服をまとって自邸にいる方がよっぽどよかった。
しかも宮廷での話題といえば、人の噂話と相場が決まってる。誰と誰が踊ったとか、結婚しそうだとか、エレーンはまるで興味がない。
社交界に出たからといって、誰かに見初められることはないだろうと思うだけだった。
そんな彼女故、王太子から愛の告白をされるとは想像もしていなかった。
エレーンはあれから何度も記憶を辿っていたが、王太子とは無邪気に話をした事があっただけで、自分だけが特別仲がよかったとは思わない。
それに王太子は13歳の時には他国の姫と婚約しており、その後全く関わることはなかったのだ。
エレーンは兄に相談しようかと思ったが、絶対信じてもらえないと思い、すぐに考え直した。
ジルフォードが後で話をしたいと言っていたのを思い出しが、突然夜会をキャンセルしてよかったのだろうか…。
だが、既にジルフォードは自分の事を忘れて、高貴で綺麗な令嬢達と踊っているに違いないとエレーンは思った。
馬車が早く屋敷に着いて、この混乱を眠りで追い払いたい、とエレーンは周りが真っ暗にも関わらず窓から外を覗き込んだ。