召喚した魔王が自分は人間だと言い張って聞かない(前篇)
現代ファンタジー。
コメディ寄り。
いじめ描写あり。前向きな結末。
悪魔を召喚しようと思ったのは、火曜日の夜だった。
頬の痣を鏡で見たからだ。
学校ではクラスメイトに陰口を叩かれた。
家では母に「あなたが暗いからみんな嫌うのよ」と言われ、父には「成績も悪いし役立たずだな」とため息をつかれた。
弟はそれを見て笑う。
理由なんて誰も説明してくれなかった。
気が付けばそうなっていた。
反抗すれば面倒だから黙る。
黙るから弱いと思われる。
弱いから虐められる。
そんな輪が完成してしまっていた。
私は机の引き出しから古本を取り出した。
半年前、古書店の百円コーナーで買った妙な本だ。
黒い表紙。
読めない文字。
それでもなぜか内容だけは理解できた。
悪魔召喚術。
魂を代価に願いを叶える異界の契約。
普通なら笑い飛ばすところだ。
でも私は笑えなかった。
神様は助けてくれない。
先生も助けてくれない。
警察も知らない。
友達もいない。
なら悪魔でもいい。
私は床にチョークで魔法陣を描いた。
ろうそくを立てた。
儀式の文言を唱えた。
冷たい風が吹いた。
部屋の空気が重くなる。
ろうそくの炎が青白く変わる。
そして。
魔法陣の中央に巨大な影が現れた。
赤銅色の皮膚。
二本の角。
蝙蝠のような巨大な翼。
身長は二メートルを超えている。
どう見ても悪魔だった。
というかラスボスだった。
「……あー」
影は開口一番、うんざりした声を出した。
「またか」
私は震えた。
「ま、魔王……」
「人間だ」
「え?」
「だから人間だ」
私は瞬きを繰り返した。
「でも羽が」
「人間だ」
「角が」
「人間だ」
「肌が赤いです」
「人間だと言ってるだろう!」
怒鳴られた。
悪魔みたいな顔で。
「そもそも何なんだよお前ら異世界人! 角があったら魔王! 羽があったら魔王! 強い魔法を使えたら魔王! 雑すぎるだろ!」
彼は本格的に愚痴り始めた。
「俺の世界じゃこの程度そこら辺にいるんだよ! 通学路歩けば三人はいる! なのに召喚された先では毎回魔王扱いだ!」
「は、はあ」
「百二十三回目だぞ!」
「そんなに?」
「前回なんて『世界征服してください』だぞ! 知らんがな!」
魔王っぽい人間は頭を抱えた。
「俺の夢は平穏な人生だったんだ……」
心底疲れ切った声だった。
私は少しだけ笑った。
ここ数か月で初めて自然に笑った気がした。
彼はその笑い声に気づいたらしい。
「……お?」
「い、いえ」
「今笑ったな」
「少しだけ」
「よし。召喚直後に笑った奴は久しぶりだ」
彼は翼をたたみながら座り込んだ。
「で、願いは何だ」
私は黙った。
言葉にするのが怖かった。
でもここまで来たのだ。
震える声で話す。
「みんなに……優しくなってほしいんです」
「ほう」
「私を虐める人たちを苦しめたいんじゃありません」
自分でも不思議だった。
本当なら復讐したいはずなのに。
「その人たちが、虐めたいって思わなくなればいいんです」
魔王は目を丸くした。
「魂を差し出してまで?」
「はい」
しばらく沈黙が落ちた。
「お前、馬鹿だな」
優しい声だった。
だから泣きそうになった。
「虐められてる奴は大抵、相手の不幸を願う」
「……」
「でもお前は相手が良い人になることを願うのか」
「だって、そうなれば誰も傷つきませんから」
「自分も含めてか」
「はい」
彼は大きく息を吐いた。
「魂はいらん」
「え?」
「そんなもん貰っても困る」
「契約は」
「知らん」
「悪魔ですよね?」
「人間だ」
即答だった。
「それにだ」
彼は立ち上がった。
「その願い、実は結構面倒なんだよ」
「そうなんですか」
「虐めたい気持ちだけを消す。記憶も人格も壊さない。かなり繊細な魔法になる」
彼は顎に手を当てた。
「まあ、できるけどな」
私は息を呑んだ。
奇跡が起きる。
本当に。
「やってください」
「いいだろう」
赤い光が部屋を覆った。
そして運命の歯車が回り始めた。
誰も予想しない方向へ。
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