主文、被告人を禁固一週間の刑に処する(前篇)
現代ファンタジー。コメディ調。
日常×不条理。
主文、被告人を禁固一週間の刑に処する。
その判決を聞いたとき、俺は思った。
何の罪だよ、と。
大学生の俺は、これまで法に触れるようなことをした覚えがない。
せいぜい大学の講義に遅刻したり、姉のプリンを勝手に食べたり、コンビニで立ち読みしたりした程度である。
最後のやつは店によっては怒られる。
だが、それにしたって禁固一週間は重すぎる。
そもそも俺が何をしたのか、裁判中に一度も明確に説明されなかった。
検察側は俺が「極めて悪質な行為」をしたと言い、弁護側は「本人に悪意はなかった」と主張し、裁判官は難しい顔をして判決を下した。
そして判決文の罪状には、こう書かれていた。
「自由を持て余した罪」
意味が分からない。
自由を持て余すことが罪なら、休日の昼まで寝ている大学生は全員逮捕されているはずだ。
「では、これより刑を執行します」
「ちょっと待ってください」
俺は手を挙げた。
「はい」
「俺、何をしたんですか?」
「判決文に記載されている通りです」
「その判決文の意味が分からないんですけど」
「自由を持て余したのです」
「だから、それが何なのかを聞いているんです!」
裁判官は困ったように眉を寄せた。
「詳しいことは服役先で分かるでしょう」
「裁判所が被告人に説明を丸投げするな!」
こうして俺は、わけの分からないまま連行された。
そして。
「ここがあなたの独房です」
「……は?」
俺の前に広がっていたのは、町だった。
いや、正確には「町だったもの」と言うべきなのかもしれない。
高い壁に囲まれた土地。
道路がある。
住宅がある。
商店街がある。
学校らしき建物がある。
公園もある。
役所まである。
ただし、人が一人もいない。
車も走っていない。
店の看板はあるのに店員はいない。
信号機は動いているのに、交差点を渡る人間はいない。
完全な無人都市だった。
俺は案内役の刑務官を振り返った。
「……独房は?」
「ここです」
「いや、ここ町ですよね?」
「はい」
「独房はどこですか?」
「この町全体です」
「町全体?」
「はい」
「……独房が?」
「はい」
俺は額を押さえた。
「独房って普通、一人で入る部屋ですよね?」
「ここにはあなた一人しかいません」
「規模の話をしてるんですよ!」
刑務官は淡々としていた。
「この町の外周は高い壁で封鎖されています。外には出られません」
「つまり?」
「この町があなたの独房です」
「独房の定義を広げすぎだろ!」
刑務官は俺に一枚の紙を渡した。
そこには服役中の注意事項が書かれていた。
一、期間は七日間。
二、外部との接触は禁止。
三、町からの脱出は禁止。
四、労役は課さない。
五、町内の設備は自由に使用してよい。
六、食事は一日三回、自動的に供給される。
七、その他、必要な物品については町役場に申請すること。
「……労役なし?」
「はい」
俺は少しだけ機嫌が直った。
「それは助かる」
刑務作業までやらされるのかと思っていたのだ。
大学生に労働を課すなら、せめて単位を寄越してほしい。
「じゃあ、俺はこの町で一週間過ごせばいいんですね?」
「その通りです」
「何をしてもいい?」
「法令と服役規則の範囲内であれば」
「ゲームとかも?」
「町役場にゲーム機が備え付けられています」
「マジで?」
「はい」
意外だった。
俺は少し期待した。
一週間。
労役なし。
食事付き。
ゲームあり。
外には出られないが、大学も休める。
案外、悪くないのではないか。
「それでは、私は戻ります」
刑務官が壁の外へ去っていく。
巨大な門が閉じた。
ガシャン、と重い音が響いた。
俺は一人になった。
「……さて」
俺は町を見回した。
静かだった。
あまりにも静かだった。
人のいない町というものは、思った以上に落ち着かない。
だが、一週間だけだ。
俺はまず役場へ向かった。
町役場の中には受付があり、その奥に巨大な端末が置かれていた。
画面には、
「服役者向け生活支援システム」
と表示されている。
俺は画面を操作した。
「ゲーム機貸出」
項目を選択すると、いくつかのゲーム機とソフトが表示された。
その中に、俺が知っている有名なゲームがあった。
広大な世界を自由に冒険できるタイプのゲームだ。
俺は少し考えた。
そういえば、姉がこういうゲームを大好きだった。
姉は自由度の高いゲームを見ると、目を輝かせる。
「今日は山に登る!」
「昨日始めたばっかりだろ」
「今日は山!」
「ストーリーは?」
「知らない!」
「目的は?」
「知らない!」
「じゃあ何で山に登るんだよ」
「山があるから!」
そんな人間だった。
俺には理解できなかった。
ゲームには普通、目的がある。
敵を倒す。
事件を解決する。
姫を助ける。
世界を救う。
そういう目的があるから、それに沿って遊ぶものだと思っている。
ところが姉は違った。
町の人に話しかける。
料理を作る。
魚を釣る。
山に登る。
馬に乗る。
洞窟に入る。
意味もなく服を着替える。
そして満足する。
「こういうゲーム、何をすればいいのか分からない人っているんだよ」
以前、姉がそう言っていた。
「自由に遊べるって言われても、自由すぎると困るんだよね」
俺はその言葉を聞いて笑った。
「そんな人いるのかよ」
「いるよ。むしろ結構いる」
「目的を自分で決めればいいじゃん」
「それができないんだって」
「ゲームなんだから適当に遊べばいいだろ」
「その『適当に』が分からない人もいるの」
当時の俺は、あまり真剣に考えていなかった。
だが今。
目の前には、自由しかなかった。
俺は町を見回した。
誰もいない。
何をしてもいい。
どこへ行ってもいい。
何もしなくてもいい。
一週間。
「……これ、結構きついな」
自由すぎる。
しかも俺は、だらだらするのが苦手だった。
何かをしていないと落ち着かない。
大学でも講義が休講になったら、図書館へ行くか、友人と喋るか、何か予定を作る。
休日もそうだ。
朝から昼まで寝て、午後から動画を見続ける。
そんな一日を過ごすと、夜になって猛烈に後悔する。
なのに今は、一週間まるごと何をしてもいい。
つまり、何をすればいいのか自分で決めなければならない。
俺は町を歩き始めた。
商店街を抜ける。
公園を通る。
学校へ入る。
教室を覗く。
誰もいない。
図書室には大量の本がある。
病院もある。
映画館まである。
スポーツ施設もある。
「何でもあるな……」
俺は呆れた。
そして思った。
この町は、俺に何をさせたいんだ?
答えは出なかった。
夜になると、役場の食堂で夕食が自動的に出てきた。
温かい料理だった。
味も普通に美味しい。
食後、俺は用意された部屋へ戻った。
ベッドがある。
テレビがある。
ゲーム機がある。
本棚がある。
机がある。
風呂もある。
生活に困ることは何もない。
なのに、落ち着かなかった。
俺はテレビをつけた。
ニュース番組が流れた。
「本日のニュースです」
しかし、ニュースの内容は俺が服役している町についてだった。
『本日、無人都市型独房への服役者が一名入りました』
「俺をニュースにするな!」
画面の中では、俺が町へ入るところを遠くから撮影した映像まで流れていた。
俺はテレビを消した。
「……寝よう」
まだ夜の八時だった。
「いや、早すぎる」
寝るには早い。
ゲームをする。
俺はゲーム機を起動した。
自由度の高いゲームだった。
キャラクターを作り、広大な世界へ放り出される。
画面には、
「さあ、自由に冒険しよう!」
と表示された。
「……」
俺はコントローラーを握った。
「何をすればいいんだ?」
皮肉なことに。
俺は今、姉が言っていた「自由すぎて何をしていいのか分からない人」になっていた。
俺はそのゲームを五分でやめた。
そしてベッドに倒れ込んだ。
「……一週間、長いな」
その夜。
俺はなかなか眠れなかった。
そして翌朝。
俺はさらに重大な問題に気づくことになる。
この町には。
俺以外に、誰もいない。
当然、話し相手もいなかった。




