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霧深き国の姫  作者: yaasan
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揺れる茂み

「見つからなければ大丈夫。薬草を見つけてすぐに帰ってくればいいんだよ」

「で、でも……」


 (げん)は尚も言い淀む。そんな様子の玄を見ながら、いつだってぐずぐずしてばかりで、何事にも煮え切らない態度なのだからと華仙(かせん)は思う。


「玄は美麗(びれい)様に治ってほしいのでしょう? 美麗様、薬草を飲まないで死んでしまったらどうするの?」


 母親が死んでしまうかもしれない。まるで脅しのような言葉が玄を突き動かしたようだった。玄は決意を込めた顔で大きく頷くと華仙に濃い茶色の瞳を向けた。


「華仙、行こう!」


 玄の言葉に華仙は大きく頷いたのだった。





 (きり)の国は民たちが裏山と呼んでいる大鎮岳(だいちんだけ)を背にして住居が立ち並んでいる。更にその住居の周囲をさして高くもない城壁が取り囲んでいる小さな国だった。

 霧の国の民たちは裏山と呼んでいるものの、そもそも霧の国自体が大鎮岳の中腹にあるといってよかった。


 危険だからと子供だけで行くことを禁じられている裏山。道が整備されている箇所は僅かで、他は獣道しかないと言ってよかった。


 そんな獣道を六歳と八歳の子供二人だけで進んでいくことは、言い出した華仙にしても恐怖を覚える行為だった。


 実際、華仙は既に少しだけ後悔をしていた。昼間だというのに裏山は背の高い木々に囲まれて想像以上に薄暗い。山の勾配は思っていた以上に急だし、恐怖心からか近くの薮から得体の知れない何かが飛び出してくるような気さえした。


 図らずも気弱になった華仙は隣で歩く玄に黒色の瞳を向けた。ところが、八歳になっても何かと泣き虫だったはずの玄が泣き言も言わずに、しっかりと前を見て歩いている。


 それだけ母親の体を慮っているということなのだろうか。そんな玄の横顔を見てしまうと、今更のように怖いから帰ろうかなどとは言い出せない雰囲気だった。


 そもそも、薬草なんて簡単に見つかるのだろうか。玄が言っていたように、あのようにもこもこした葉っぱなんて見たことがない。自分が言い出したのにも関わらず、気弱になってくると、否定的な考えが次々と頭の中に浮かんでくる。


 周囲の薄暗さからくる恐怖もあって頭の中には最早、後悔の言葉しかないような状態の華仙だった。


 もうどれくらいを歩いただろうか。周囲を注意深く見ながら歩いてきたが、以前に父親の威候(いこう)から見せてもらったもこもこした葉っぱなどはどこにもなかった。


 そもそも、どこにあるかも分からない葉っぱを探すこと自体に無理があるのかもしれない。すっかり弱気になっている華仙がそんなことを考え始めていた時だった。


 玄が短い声を発して指差した。華仙も玄が指差す方へと視線を送る。


 ……あった!

 正面右手にある大木の根元にもこもことした葉が生い茂っている。


「あった。玄、あったよ!」


 歓喜の声を上げながら、華仙と玄はそれに駆け寄ると二人とも地面に両膝をつける。


「よかった。これで母上もきっとよくなるんだね!」


 玄の嬉しそうな顔を見て華仙も単純に嬉しくなってくる。

 それまでの不安な思いとは打って変わって、何だ簡単だったじゃないとの思いも華仙の中で生まれてきた。


「早く摘んで持って帰ろう!」


 喜びが満ち溢れている玄の言葉と共に、二人とも夢中で薬草を摘み始める。そして、瞬く間に玄が持ってきた籠の中を薬草で二人は一杯にする。


「これだけあれば大丈夫だね!」


 籠いっぱいになった薬草を見て華仙は玄に笑顔を向けた。華仙の笑顔に玄も笑顔を返して口を開いた。


「うん。じゃあ、帰ろう!」


 玄の言葉と共に二人が立ち上がった時だった。華仙の左手にあった茂みが大きく揺れた。


 途端に華仙と玄の動きが止まる。


 ……いる。

 ……何かが茂みの中に。

 途端に玄が泣き顔となる。華仙も顔を引き攣らせて揺れる茂みを凝視していた。


 まさか大人たちが言っていた鬼やお化けの類いなのだろうか。そう考えると瞬く間に華仙の心は恐怖で満たされて、胸が早鐘を打ち始めるのを感じる。


 やがて、長く伸びた爪を持ち茶色の毛に覆われた長く太い腕が、音を立てて茂みの中から突き出された。

 それとほぼ同時に、その太い腕の持ち主が姿全体を現した。

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