もこもこの葉っぱ
母親の美麗が死んでしまうことが怖いのか、一人になるのが怖いのか。それとも、その両方なのか。どちらにせよ玄は、めそめそと華仙の前で泣き続けていた。
それを見ていた華仙は次第に苛々してくる。六歳の自分より二つも歳上で八歳にもなるというのに、玄は何をめそめそしているのだろうか。
ましてや玄は君主様なのだ。もっとも、君主というものがどういうものなのか。当時の華仙は今ひとつ理解していなかった。だけれども、霧の国で一番偉い人だということぐらいは分かっていた。
華仙は両頬を膨らませて小さな握り拳を作ると、それを頭上に掲げた。そして、それを一気に振り下ろす。
「玄は華仙よりも大きいのに、いつまでも泣いていて、うるさいっ!」
大して力を込めたつもりはなかった華仙だったが、玄は幼馴染みに叩かれた頭を押さえて、さらに大きな声で泣き始めた。
「華仙がまた僕のことを叩いたー」
また……。
いま思うと、自分は君主に何てことをしていたのかと感じなくもない。でも、当時の玄は本当に泣き虫で、何かある度にぴーぴーと泣いていたのだ。
「玄は偉い君主様なのだから、泣かないの!」
偉い君主様だと分かっているのであれば、それなりの対応をしなければいけないのでは。今の華仙ならばそう思う。だが、その時の華仙は両腰に両手を当てて、泣いている玄の前で仁王立ちになっていた。
「だ、だって……」
華仙の剣幕に玄の涙も引っ込んでしまったようだった。
「華仙はね、いいことを知ってるの。玄が泣き止んだら教えてあげる」
「ほ、ほんと?」
玄の言葉に華仙は大きく頷いた。それを見て玄は頬に残る涙を慌てて拭う。
「ほ、ほら華仙、もう僕は泣いてないよ!」
華仙はもう一度、大きく頷いて口を開いた。
「父上に聞いたことがあるの。病気に凄く効く薬草があるんだって。それを飲めば、美麗様も絶対によくなるんだから!」
「凄く効く薬草?」
華仙は玄に向かって頷くと、地面にあった小枝を拾った。そして手にした小枝で、以前に父親から見せてもらった薬草を地面に描いてみせた。
「えっとね、こんな葉っぱなんだよ」
「何だか……もこもこしていてこれじゃあ分からないよ」
華仙が地面に描いた絵を見た玄は、何だか不満そうだった。そんな玄の言葉を聞いて、再びその頭を叩こうかと思った華仙だったが、辛うじてそれを我慢する。
君主の頭を叩いてはいけないことぐらいは、六歳の華仙にも分かっている。だから、そう何度も叩けないというものだ。
「でも、こんなもこもこの葉っぱ、どこにあるのかな。今まで見たこともないよ?」
「裏山の奥に生えているって。父上が言ってた」
「裏山の奥……」
玄が言い淀む。玄が言い淀む理由は訊くまでもなく、華仙にも想像がついた。なぜならば、裏山には絶対に行くなと、日頃から周囲の大人にきつく言われているのだ。
鬼が出るとも、お化けが出るとも言われている裏山だ。華仙だって正直に言えば、裏山に行くのは少しだけ怖い。
でも、玄の母親である美麗のことは、華仙だって心配だった。そして華仙の気持ちとしては、何よりも玄が泣いている姿を見たくなかった。時には苛ついて玄の頭を叩いたとしても。まだ幼いとはいえ、女心は複雑なのだ。
「玄、二人で薬草を採りに行こうよ!」
「え?」
そう言って玄は絶句してしまう。息をのむ気配とともに、玄の目もまん丸になっている。
そんな玄の顔を見て、何なのよと華仙は思う。美麗のことが心配で玄は泣いていたのではないか。ならば薬草を採りに行こうと言われて、躊躇するのはおかしいのではないのか。
「で、でも、裏山には行ってはいけないって。威侯将軍がいつも言ってるよ」
玄は華仙の父親である威侯の名を出した。そうすれば華仙も思い止まると玄は思ったのかもしれない。
父親の威侯は体も大きければ声も大きい。おまけに鬼瓦のような顔をしていて、実の娘である華仙自身も威侯のことが怖かったりする。
しかし、華仙は父親の名前が出たところで、怖気づいて考えを変えたりはしなかった。




