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霧深き国の姫  作者: yaasan


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35/66

天然

「ねえ、華仙(かせん)(げん)様をお護りすることは、将軍家の者として分かるのだけれど、女性のあなたが戦場に出る必要はないと思うのよね」


「しかし、母上、今は(きり)の国がなくなってしまうのかもしれない状況なのです。民たちも、男女問わず戦いに参加してくれておりますゆえ」


「それはそうかもしれないけど。国がなくなるのは大変なのだけれど」


 冬香(とうか)の膨らんだ頬が小さくなる気配はないようだった。


 国がなくなるのは大変。

 大変の言葉ひとつで片付けようとしてしまう母親の方が、大変なのではと思わないでもない。


「いずれにしても母上、先程も言いましたように、私が危険になることはありませぬゆえ……」


「もお、華仙ったら、父上と同じで、いつも危険はないばかりで。戦場なのだから、全然そうではないことを母だって知っているのですよ」


 いうもの如く、話は平行線を辿るだけのようだった。


「母上、国がなくなってしまうかもしれない時なのです。将軍家に生まれた娘としての義務が私にはあります」


「ですから、それは分かってるのよ。でも、華仙が危ないことをする必要はないと母は言っているのです」


 分かっていないではないですか。

 華仙は心の中で呟くと、溜息を吐き出した。


「母上、今日はここに泊まります。ですが、明日はまた玄様を傍でお護りに行きますゆえ」


 正に、えーっといった顔を冬香はしている。まったく、四十も近くなるというのに、本当にいつまで娘気分なのだと華仙は思う。


 それもこれも父親の威侯(いこう)が、いつまでも母親の冬香を甘やかしているからなのだ。

 華仙は改めてそう確信する。


「もう、玄様、玄様って、いつも華仙はそればかり。玄様の何がそんなに好きなのかしら」


 冬香はそんなことを言って考える素振りを見せた。華仙の頬が一気に上気する。


「は、母上? わ、私はそのようなことは言っておりませぬ」


「あら、だってそうでしょう。こんな小さな時から、玄様、玄様って、後をついて歩いて。大きくなったらなったで、護衛だ何だで後をつけまわして。まるで、すとーかーではないですか。本当にどれだけ好きなのかしら」


「は、母上? す、すとーかー? すとーかーって何ですか? どういう意味ですか!」


「そんな意味は母も知りません」


「は? し、しかも、あ、後をつけまわして?」


 より一層、頬を上気させて華仙は非難の声を上げる。


「あら、あら、顔を真っ赤にしてしまって。華仙はいつまでたっても子供なのだから。困ったものねえ」


 結局、言い負かされてしまった。

 天然とは恐ろしい。

 そう思う華仙だった。





 さて、ぼちぼちかねえ。

 夏徳(かとく)は心の中で呟いた。


 霧の国の右手には切り立った崖がある。その崖沿いにも城壁はあるのだが、城壁を越えたすぐ下は崖なのだ。その事実からくる安心感なのだろう。崖沿いの城壁は手薄を通り越して、霧の国の見張りは皆無だった。


 夏徳はその崖を登り、城壁を越えて霧の国内に侵入しようとしていた。


 崖を登る。

 言葉にすると大層に聞こえるが、何も崖の一番下からよじ登る必要はない。崖と繋がる横手の山から崖に取りつき、右斜め、右斜めと登っていけば、城壁に辿りつくのだ。半日も登れば城壁を乗り越えられる算段だった。


 崖をよじ登り霧の国内部に侵入する兵は八名。いずれも挙手した者たちで、誰もが同じ地方の山間部で育った者たちらしい。


 説明をされても夏徳に理屈は分からなかった。ただその者たちが言うには、崖を登る要領というものがあるらしい。わずかな引っかかりさえあれば登れるはずと、その誰もが豪語していた。


 その者たちの言を信じるのであれば、崖を登ることよりも霧の国内部に侵入してからの方が危険だろうと夏徳は思っていた。霧の国ではない民、(よう)の国の民が歩いていれば、不自然に目立ってしまう可能性がある。

 

 もっとも、霧の国の民が数千人だけだとはいえ、そのすべてが互いに知り合いのはずもない。見知らぬ民が歩いていたところで、それほどの不自然さはないのかもしれない。


 霧の国の内部に侵入し、城門を内側から開けて彼らは脱出する。彼らの脱出と呼応して、陽の国の将兵が霧の国内部に雪崩れ込めば、勝敗は決するはず。


 それが夏徳の描いた絵であった。

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