危ない物
「父上は最近、預言者めいてきましたね」
仙華は苦笑する。熊の国との一件。そして、陽の国とのこと。威侯が口にすると、ほぼその通りになってきたような気がする。
「やはり、陽の国は城門を開けようとしているのでしょうか?」
華仙は以前、玄が口にしていたことを言った。
「どのように、ということは分からぬがな。我らとは違って、大きな戰に慣れている国だ。自国の被害を最小限に抑えようとするであろう」
そういうものなのだろうか。考え込んだ様子の華仙に威侯が言葉をかけた。
「華仙、一度、家に戻れ。冬香に顔を見せてやってほしい。あれが心配しているのだ」
「母上が……」
急に話が変わった上に、母親の名を持ち出されて渋い顔をしている華仙に向けて、威侯も同じように渋い顔を返した。
「華仙、そのような顔をするな。母親として、娘の心配をするのは当然だ」
「それは分かりますが、母上と会いますと、すぐにお説教が始まりますゆえ」
華仙の頬が膨らみ始める。
「お説教ではないぞ。娘を心配しての言葉だ」
威侯は苦い顔をするが、声は小さくなる。
それを世間ではお説教と言うのではないだろうか。
「そもそも、父上が母上を甘やかすからです。私に武芸を幼い頃から学ばせて、戦場も含めて私を連れ回しているのは、父上ではないですか」
「それは将軍家の娘としてだな……」
「ならば、母上にもしっかりと父上から言って下さい。女だてらに剣を持つなんてなどなど、いつも小言を言われるのは私なのです」
「いや、それは娘を心配してだな……」
さらに威侯の声が小さくなっていく。
「それは先程、聞きました」
華仙がぴしゃりと言うと、とうとう威侯は黙りこんでしまった。
どうも父親の威侯は母親の冬香に甘い。甘いというか、弱いのだ。
「あまり怒るな。お前が怒ると冬香に似てきて、何も言えなくなってくるのだ」
威侯が消え入りそうな声で、ぼそりと言う。母親の冬香のことになると威侯はいつも、このようになってしまう。
全く……いつもの無駄に馬鹿でかい声は、どこにいってしまったのやら。
「分かりました。ここは父上の顔を立てましょう。今日は家に戻るとします」
溜息を吐き出しながら華仙が言うと、威侯はそれまでと変わって、嬉しそうな顔をするのだった。
「母上、ただ今、戻りました」
家に戻ってきた華仙の姿を見ると、母親の冬香は安堵した表情を浮かべる。
「心配したのよ、華仙。父上は何もおっしゃってくれなくて。自分と黄帯が傍にいるから、華仙は大丈夫との一点張りで。それだけでは何が大丈夫なのか、母には一向に分かりません」
冬香はそう言いながら頬を膨らませる。我が母親ながら相変わらず少女のようだと思いながら、華仙は口を開いた。
「母上、ご心配かけて申し訳ありません。私は玄 様の近くでお護りしているだけですので、戦場に出るようなことはありません。ゆえに安全なのです」
冬香に余計な心配を与える必要はないので、これぐらいの嘘はいいだろうと華仙は思う。口が裂けても今日、敵陣へ斬り込みをかけたなどとは言えない。
そんなことを言ったら最後、冬香によって家に軟禁されてしまうかもしれない。
「そうはいっても、戦場にいることは変わらないでしょう? 急に矢とかの危ない物が、飛んでくるかもしれないじゃない。急に飛んできたら、父上たちでも防げないかもしれないじゃない」
危ない物……。
まあ、危ない物には違いない。
「母上、私の近くには、常に父上も黄帯もおります。ですので、無用な心配かと」
「無用な心配? あら、母親が娘の心配をしてはいけないの? 華仙は母にそのような酷いことを言うの?」
酷いこと……。
華仙としては苦笑する思いだったが、それに反して冬香の頬が益々膨らんでいく。そんな母親の様子を見ながら華仙はしまったと思う。いらないことを言ってしまったようだ。
「いえ、そういうことではなくて……」
華仙は慌てて否定をする。だが、ではどういうことだと自分で言いたくなる言い訳だ。




