同じ病
「申し訳ありません。国を守る立場の将軍家である姫様の前で。私は何てことを……」
自分が発言した内容の重さに、梅果が慌てて頭を下げている。華仙はゆっくりと頭を左右に振った。
「大丈夫よ。国を守ることは父上、威侯将軍の役目だもの。私は梅果と一緒よ」
「姫様、一緒とは……」
「私は玄様、玄を守るのよ。」
華仙の言葉を聞くと、再び梅果は深く頭を下げた。その両手が細かく震えている。
「ありがとうございます。姫様は幼い頃より、それこそ兄弟のように玄様とお育ちになられました。そのような姫様から。このように申していただいてどんなに嬉しいか……」
「止めてよ、梅果。頭なんて下げないで」
華仙は慌てて頭を何度も下げる梅果の両手を握った。
「ほら、もう頭を上げて。玄のことは大丈夫。私が必ず守るのだから。だから梅果、そんな顔はしないで。玄が起きた時にあなたがそんな顔をしていたら、きっと玄が悲しむわ」
その言葉に梅果は二度、三度と頷いて顔を上げた。
「でも姫様、玄……様でございますよ。また、威侯将軍にお叱りを受けます」
「はい……」
それまでとは変わった厳しい口調で梅果から指摘され、華仙は素直に頷くのだった。
謁見の間では梅果が言ったように甲冑を着込んだままの威侯が待っていた。やはり、玄を心配してのことなのだろう。
姿を見せた華仙に気がついて、威候が口を開いた。
「玄様のご様子は?」
「熱が少し高いようですが、いつもの発熱だと思います。ひと晩も眠れば、熱は下がるかと」
華仙の言葉に威侯は少し考える素振りを見せた。
「戦続きで心労が重なったのであろう。もともとが丈夫なお体ではないからな。だが、ここのところ熱を出す頻度が、多くなってきている気がする」
そのことは華仙も気になっていた。心労が重なっているとはいえ、以前よりも明らかに発熱する間隔が短くなっているようなのだ。
それに、たまに妙な咳をしている。咳の症状といえば、玄の母親の美麗にもあったものだった。
「美麗様も同じであった。熱を出す頻度が徐々に多くなっていった」
玄の母親である美麗は原因不明の発熱を繰り返していた。そして、いつからか寝たきりとなって、そのまま他界してしまったのだった。
ならば、その息子である玄も同じ病になってもおかしくはないのかもしれない。
何となくは気がついていたことだったが正直、考えないようにしていたことでもあった。改めてそう考えると、華仙は今さらながら不安で押し潰されそうになってくる。
「華仙、そのような顔をするな。まだ、同じ病であると決まったわけではない」
威侯の言葉に華仙は不安を押し殺して頷く。
「いずれにしても、玄様が床に伏しているとなれば、国全体の士気にかかわる。この状況下だ。玄様には申し訳ないが、無理を押してでも陣頭に立っていただく他にない」
威侯の言うことは分かるが、華仙としては体調のことも心配だった。ただそれを玄に言ったところで、無理を押して陣頭に立つことも分かっていた。
根っこの部分で玄が頑固なことは、子供の頃から変わらないのだ。
「父上、戦いはどうなるのでしょうか」
華仙の問いかけに威侯は一層、厳しい顔つきとなった。元来が鬼瓦のような顔なのだ。それがそのような顔をするのだから、とんでもないことになる。子供ならば、まず間違いなく泣き出してしまう。
「今日の策が成らなかったこと。これが響くかもしれぬ」
今ひとつ威侯の言っていることが分からない。そんな華仙の表情に気がついたのだろう。威候が言葉を続けた。
「これで陽の国も、我々が全くの無策で籠っているとは考えなくなるであろう。陽の国が何をしようとしているかは分からぬが、その成そうとしていることを早めるであろうな」
成そうとしていることを早める。
やる気が見られない陽の国の攻め方と退却。あれを見せられれば、何かの策があってのことだろうと推察することは難しくない。では、その策とは何なのかということになるのだが。




