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霧深き国の姫  作者: yaasan


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危ない真似

華仙(かせん)、危ない真似はしなかっただろうね」


 華仙たちを出迎えた(げん)は、華仙の顔を見ると最初にそう言った。

 

 危険な真似も何も敵陣に斬り込みをかけてきたのだ。それ自体が危ないでしょうにと華仙は思う。だけどもそれを言うこともできず、どこか的外れな玄の言葉に華仙は不明瞭な頷きを返した。


「玄様、申し訳ありませんでした。邪魔が入り、(よう)の国との交渉に値するような者を捕らえることは叶いませんでした」


 威候(いこう)はそう言って頭を下げた。


「いや、深追いしていれば、囲まれていたかもしれないからね。無事に皆で帰ってこられたのだ。それだけで上出来だよ。陽の国の将兵も肝を冷やしたことだろうしね」


「これでもうこの策は使えないでしょうな。陽の国も撤退時には今後、慎重を期するようになるでしょう」


 威候の言葉に玄は軽く頷いた。


「そうだね。ならば、別の策を考えるとしよう。いずれにしても、皆が帰って来て安心した。威候、僕は少し休むとするよ。皆の心配をしていて、少し疲れたようだ」


 玄はそう言って華仙に視線を向けた。


「華仙、見てきた敵の様子を聞かせてほしい。ついてきてくれ」


 頷く華仙に玄は少しだけ笑みを浮かべて踵を返したのだった。





 「華仙、危ない真似はしなかっただろうね」


 王宮にある玄の部屋で、玄は椅子に座るなり華仙にもう一度、先刻と同じことを聞いてきた。


「何が危ないかはよく分からないけど、別に無茶はしていないわよ」


 その言葉に玄は少しだけ息を吐き出した。


「やはり、華仙を僕の目が届かない戦場に向かわせるのは心配だ。威候たちが近くにいるとはいえ、さっきも気が気ではなかったからね」


「あら、何か随分な言葉ね。私は玄が思っている以上に強いのよ」


 それは知っているよといった感じで玄は頭を左右に振った。


「でも、戦場は一対一ではないからね。いくら華仙が強くても、稽古とは違うと思うよ」


 知ったような口を利いて。そう思わないわけでもなかったが、玄が自分の心配をしていることは間違いないので、華仙はその言葉を飲み込んだ。


「それよりも、玄は大丈夫なの?」


 玄の顔を覗き込むようにして華仙は訊いた。玄は少しだけ溜息を吐く。


「華仙には隠せないね。少し熱があるみたいだ」


 玄の潤んだ濃い茶色の瞳を見る限り、少しではないだろうと華仙は思う。だけども、玄がそれを隠そうと言うのであれば、多少は自分もそれを尊重しなければとも思う。

 

 そう。少しだけね。

 華仙は心の中で呟いた。


「ここ暫く陣頭で指揮していたから、きっと少し疲れたのね」


「情けないね。皆、命懸けで陽の国と戦っているのに……君主の僕がこんな状態だなんて」


 玄は少しだけ溜息のようなものを吐き出していた。


「玄の体が丈夫ではないのは、今に始まった話ではないのよ。だから大丈夫。戦いの方は私や父上に任せて、玄は少し横になりなさい」


 華仙がそう言うと玄は少し不満そうな顔をする。


「華仙、僕はもう子供ではないからね。横になりたければ、自分でそうする。それに華仙、さっきも言ったけど、僕が近くにいないからといって、危ない真似はしてはいけないよ」


 はいはいといった感じで頷きながら、華仙は玄を寝台へ向かわせる。口ではそんな強がりを言っていたものの、実際は体調がかなり悪いのだろう。玄は素直にそのまま寝台に横たわった。


 寝台に横たわった玄は天井を見つめながら口を開いた。


「国としての矜持を守りながら、この戦いを終わらせる術を早く見つけなけないといけないね」


「そうね。あの時、敵将を捕らえることができていれば、それをもって有利な交渉ができたのかもしれないのだけれど……」


 玄にそう言われると、華仙の中で後悔の念が持ち上がってくる。

 

 あの時、父親の威候が捕らえようとした者。間違いなく女性だった。

 どういう理由で、女性の身でありながらも彼女が戦場に身を置いているのかは知る由もない。だが、そうであるからこそ、彼女がそれなりの身分にいる者だということも示しているのだと華仙は思っていた。

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