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霧深き国の姫  作者: yaasan


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和やかな笑顔

 「やれやれだね。困ったことになったものだ」


 (よう)の国に関する協議を終えて威候(いこう)たちが退出したあと、一人だけその場に残った華仙(かせん)に向かって(げん)が口を開く。深刻なものではなくて口調そのものは軽かったものの、玄の表情は先程と変わることはなく暗く沈んでいる。


(きり)の国はなくなってしまうのかな」


「そんな顔をしないでくれ、華仙(かせん)。僕まで悲しくなってくる。大丈夫だよ。国がなくなったからといって、同じように人がいなくなってしまう。そんなことはないのだからね」


「それはそうだけど……」


 華仙は言い淀んだ。


「ねえ、玄、やっぱり戦うの?」


「そうだね。でも、できれば戦いたくはないかな。陽の国が僕たちの安全を保障してくれるなら、戦う必要などはないのだろうね」


 さっきと言っていることが違うようだと華仙は思った。先程は威候(いこう)たちを前にして、国の矜持がどうのとか言っていたはずだった。


「父上、威侯将軍と言っていた矜持とかはいいの?」


 その言葉に玄は首を左右に振った。


「これでも僕は君主だ。僕の代で霧の国を終わらせるのは、やはり申し訳ないといった思いがある。父上や母上だけではなくて、代々の君主に対してもね。僕にも君主として、それなりの誇りがあるつもりだよ。でも、そんなことよりも大事なことがある。霧の国の皆の安全だ。それを守ることが、一番大事な役目だと僕は思っている」


 玄はそこまで言うと、華仙に向かって微笑んだ。


「皆、本当はそれが一番大事だって分かっているんだ。華仙だってそうだろう?」


「そうね……」


 華仙は頷いたものの、自分にとって一番大事なのは、玄なのかもしれないと考えていた。


「でも、理性では分かっていても、感情で納得できない人もいる。特に命を賭して国を守ってきた人たちは、特にそうだろうね」


「父上が、威侯将軍がそうだと言うの?」


「さあ、どうだろうね。それは分からない。でも、将兵の中には納得できない者も必ずいる。僕でさえも何もせずにこのまま陽の国に降ることは、一部の感情が納得していないのだからね」


 自分たちの国が滅びるという時に、戦わずして降伏すること。それに納得しない者がいても、不思議ではないのかもしれなかった。死を賭して戦うなどと言うつもりはないのだが、華仙自身にも納得できない部分は確かにあった。


「それに、それはこちら側だけの話ではないのかもね」


「陽の国にもそう思う人がいるってこと?」


「そうだね。武人には己にも、そして相手にも誇りを重んじる人が少なからずいるからね。その誇りに意味があるものなのかは置いておいて、戦わずして降伏する。それを潔いと思わない人もいる」


 それは確かにそうなのかもしれない。だけれども、そのためだけに霧の国の皆が戦いで傷つく必要はあるのだろうか。


「僕たちは陽の国に飲み込まれたあとのことを考える必要がある。陽の国の民として、元霧の国の民がどう生きていくのか。これからの霧の国の皆が、陽の国という枠の中で、後ろ指を指されてしまうような選択は決してできないと思うんだ」


「うん……」


 華仙は納得したかのように頷きながらも、別の考えを頭の中で泳がせていた。


そうなのだ。霧の国のことは玄や父親の威侯が考えればいい。どうすれば霧の国の皆に安寧が訪れるのか。


 そして、やはり自分は玄の安全だけを考えればいいのではないだろうか。霧の国のために玄が犠牲になる必要などは決してないのだから。

 

 一方で、それにしてもと華仙は思った。小さな頃は体も弱くて泣いてばかりだった玄。その玄が霧の国を思い、そこに住む皆の安寧を第一に考えようとしている。


 華仙にはそれが嬉しかったし、誇らしかったりもした。


 ……誇らしい? これは母親のような心境なのかしら。

 華仙は自分のそんな感情に少しだけ戸惑いながら改めて玄の顔を見た。玄も華仙の視線に気がついて、今度は和やかな笑顔を浮かべる。


「大丈夫だよ、華仙。誰も傷つかないようにというのは難しいのかもしれない。でも、なるべくそうはならないように、僕はするつもりだからね」


 玄は華仙を安心させるつもりなのか、和やかな笑顔を浮かべるのだった。

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