41. チビヨルクとヌンの子
朝だ。
ヌンは光に向かって背伸びをする。
そして大きな葉を広げ、ふるふるっと震わせた。
「まぶしいな」
突然、声がした。
ヌンは、慌てて広げていた葉を、有機系宇宙艇の天窓にかぶせる。
葉がピタッと天窓に付くと平らになり、窓は消えた。
ところが左右の窓はうまく覆えない。
ヌンは焦った。
「ヌン、お前は何をやってるんだ?」
「ひやっ」
ヌンの前に、十四歳の少年が立っていた。
「えーと、あのー…」
ヌンは自分が何をしようとしていたのか分からない。
そして、
「ご主人様は外にいらしたんですか」と言った。
「今、格納庫のドアを開けたばかりだ。
これから外に出るんじゃないか」
「え?」
「お前、大丈夫か? 僕が誰だか分かるか?」
「はい」
とヌンは、自信満々に答える。
「あなたは、私の主人のヨルク様です」
ここはバラン研究所。
惑星ラーウスで最も大きな研究所だ。
未来の子供たちのため、若者の育成にも力を入れており、少人数のグループに別れて研究している。
宇宙中で注目されており、遠くから留学生もやって来る。
ラーウスに人が住み始めて今年で五百年。
今年は三年に一度の研究グループの再編成がある年だ。
そして今日は、ヌンにとって重要な日だった。
「頭は良くないって聞いたけど…」
と少年の後ろから、少女が携帯機器を操作しながら現れる。
「ティア様?」
少女は顔を上げてヌンを見た。
「私のことが分かるの?」
「あなたはティア様。ダン様の妹です」
「ダンの妹?」
「急にドアを開けたから、強い光で混乱したのかもしれない」
と少年は言いながら、少女の持っている携帯機器のデータを見る。
「過去の記憶が混ざってるみたいだけど、大丈夫だ」
「データ収集に問題はないわね」
「ダンは昨日、ヌンを格納庫に移すのを手伝ってくれたんだ。だから間違ったのかもしれない」
そしてヨルクはヌンに言った。
「ティアは僕の妹だよ」
ヌンは「えええ〜!」と驚くが、
すぐに「そうなのなのかも」と思ったりする。
「私はティア、ヨルクの妹よ。よろしくね」
とその少女は挨拶する。
「兄は、チビヨルクと呼ばれたりするのよ」
「チビヨルク様?」
この少年少女の親族は仲が良く、名前も再利用することが多い。
特にヨルクの名前は人気があり、祖父や曽祖父、叔父たち、従兄弟たち等、総勢十人いる。
さすがに十人は多いということで、しばらくの間打ち止めになり、最後のヨルクは、親しみを込めてチビヨルクと呼ばれた。
とはいえ十四歳となったヨルクは、もうチビではない。
今は「チビ」と呼ぶのは親族だけだ。
因みにティアの名は、大叔母と、又従姉妹の三人しかいない。
近々親戚に女の子が生まれる予定で、ティアの名前を付けたいと言っている。
そうなれば、ティアの名は四人になる。
さて今日は、ヌンのテスト飛行の日だ。
グループ編成の審査に必要なテストで、その飛行データは、普通は第三者によって記録される。
それなのに妹のティアがやるので、公正さに欠けると文句を言われそうだが、ティアの場合は問題なかった。
ティアは十二歳にも関わらず、実直で優秀な生徒として知られている。
しかも最年少で、特別な研究メンバーに選ばれていた。
その研究は、「ゼイラの瞳」と呼ばれる初期アクトロイドのクリスタルについてだった。
人類発祥の惑星のもので、門外不出だったのに、今回初めて貸し出され、展示されることになっている。
ティアは、映えある「ゼイラの瞳」研究メンバーの一人だ。
兄の研究に甘いどころか、より厳しくなると言った方が良い。
さてヨルクも、初めは妹に頼むつもりはなかった。
審査が厳しくなるからではない。
マイペースの兄は、妹が優秀でも気にしないので、嫉妬心もない。
実は、可愛い女の子とデート飛行、いやテスト飛行を考えていた。
ところが、この日、歌姫のアニカ・サンドラが、バランの音響研究に協力することになってしまった。
アニカが歌うので、可愛い女の子たちを含め、多くの生徒たちはそっちの方へ行く。
ヨルクは迷った。
この日のテスト(デート)飛行を延期すると、次はかなり遅れる。
そもそもヨルクが今日の飛行許可を貰えたのは、アニカのせいでキャンセルがあったからだ。
ヨルクは決断する。
ヌンを早く飛ばせたい。
というのは口実で、早く書類を提出すれば、グループ編成で優先してもらえるからだった。
ヨルクは、ウォータープラネットからの初の留学生と同じグループになりたいと思っている。
その惑星は、まだあまり知られてないが、謎が多く、ヨルクは以前から注目していた。
この留学生と友達になれば、ウォータープラネットについて教えてもらえるかもしれない。(できれば招待もされたい)
ティアは、今日はアニカを見に行かないことにしていた。
バラン研究所の隣にあるイザイ・コンサートホールで見れるし、今は研究準備に集中したかった。
…のだけれど、兄に泣きつかれ、しぶしぶ協力することにした。
テスト飛行のルートは、バラン研究所とサライ国際空港の往復だ。
宇宙にも行けるヌンにとって朝飯前の飛行だ。
ところで有機系飛行艇の研究は、もはや珍しくない。
ではなぜヨルクが、この研究にしたのかと言うと、初代ヌンについてだったからだ。
今やヌンの子供たちは増え、道端でも見かけるようになっていた。
ごく稀に有機系飛行艇になるのがいて、研究が盛んになったのだけれど、どうも初代ヌンと違って愛嬌がない。
そうして「初代のヌンの子探し」と化した研究は、干し草の中から針を探すほど難しくなっていった。
研究をすればするほどヌンは優等生になり、「優秀だから良いじゃないか」と研究は打ち切られる。
ところが偶然に、チビヨルクが見つけてしまった。
たまたまチビヨルクが裏庭で見つけた苗を持ち帰って調べてみたら、初代ヌンらしいということだった。
チビヨルクはその苗を育て、有機系飛行艇に成長させるのに成功する。
なお、その研究の題名は「ヌンの子の育て方」だ。
流線型の美しい飛行艇のヌンは、ポンッと自分のドアを開けた。
先にヨルクが入り、ティアが後に続く。
「わぁ」とティアが声を上げた。
何とも言いようのないフワッとした感じがティアを包む。
「マイナスイオンが濃いな」
操縦席に座ったヨルクが計器を見ながら言った。
「プラスイオンとの比率もいいわ。
でもこの心地良さはそれだけじゃない。波動もあるかも」
と言うティアを、ヨルクは見てギョッとする。
ティアの座る助手席は、背もたれがハート型の多肉植物のような豪華なもので、しかもピンク色だ。
「ピンクは、女性ホルモンを活発化する色よ。
男性にとっても緊張を和らげる色だから、テスト飛行するヨルクにもいいんじゃない」
ヨルクは無愛想に「知ってる」と言おうとしたが、余計なことは言うまいと口をつぐむ。
これからテストを記録するのはティアなのだ。
ところがヌンが慌てた。
「ご主人様! 申し訳ございません! すぐにお席を変えます!」
そして、ボンッと膨れるような音と共にヨルクの椅子もピンクになった。
後ろから見たら、ふっくらしたピンクのハートが二つ、寄り添っているように見えるだろう。
「まあっ」とティアが喜ぶ。
ヨルクは口を開けるが、言葉は出ない。
ヌンがティアを気に入っているのは明らかだった。
「テストに良い影響を及ぼしても悪くならないだろう」と、ヨルクは諦める。
そしてヨルクは、ニコニコしているティアを見て優しい気分になった。(ピンク効果かもしれない)
「こんな顔もするんだな」と思う。
「さあ、時間だ」
とヨルクは気合を入れる。
「ヌン、サライ国際空港に行くぞ」
「はい…」
ヌンの返事は元気がない。
「どうした?」
「あのー、そこは安全な所でしょうか?」
「え?」
一瞬、ヨルクは驚くが、すぐに笑顔になる。
「安全な所だよ」
そしてティアも言った。
「惑星ラーウスは、どこも安全よ」
「はい!」
ヌンは元気よく答える。
「出発だ!」
「はーい」
いつもの間の抜けたヌンの返事と共に、機体はふわりと浮かんだ。
ゆっくりと船首が格納庫の出口に向けられると、ひゅっと外へ飛び出す。
そしてヌンは、青い空へ、高く高く上がっていった。
おしまい




