20. 吹雪の日(その2)
「ティア、それでは怪我をしますよ!」
レンキが声を上げた。
ティアは、ちらっとレンキを見て頷く。
その時、ヨルクは「あっ」と思った。
ティアは、ヨルクが行っていた学校の生徒たちとは違った。
生徒たちは間違いを指摘されるのを嫌い、恥だと思っていた。
恥をかかされたと先生に食ってかかったりする者もいる。
ところがここの子供たちは、失敗を指摘されても苦にせず、他人のせいにしたり咎めたりもしない。
子供たちは、出来なければ出来ない、やりたくなければやらないと言う。
カリキュラムのガイドラインもないので、いついつまでに、これこれをするという圧力がない。
出来なくて責められる、というストレスもない。
子供たちは、自然に笑い、自由に振る舞う。
勉強は、自分が知りたいことを学ぶ。
むしろ知らないことをどんどん探して知ろうとする。
字を学ぼうとしなかったニケでさえ、今は同じ子どもと思えないほど真剣に学んでいる。
しかも驚くべきスピードで字を覚えているのだ。
元々子供は自分で考えることができる。
それを邪魔しないように育てる。
それは簡単なようで難しい。
ヨルクは、
学ぶということが、
自分が思っていたのと違うと思い始めていた。
カッンと音がして、ティアが相手の男の子の木刀を抑えた。
ティアの勝ちだ。
男の子は悔しそうに「もう一回だ!」と叫ぶ。
ティアはニカッと笑う。
その様子にヨルクが、
「ティアは立派な女戦士になれそうですね」と言うと、
レンキは首を振った。
「ティアは戦士になりたいのではありませんよ」
「え、あんなに上手なのに?」
ユーリスも付け加える。
「ティアは絵を描くのが好きなんだ」
レンキは、ふっと笑った。
「ティアは、私の娘に似ているかもしれません」
「あなたの娘さんも絵を?」
「いいえ。娘は、笛を吹くのが好きでしたが、もう死んでしまいました」
「彼女は強い女戦士で、父娘共に恐れられていたんだよ」と、ユーリス。
「私が『笛では戦えない』などと娘に言ってしまったんです」
「そんな時代だったと、僕の父は言っていました。
レンキの娘と戦ったら自分は生きていなかったともね」
ヨルクは、レンキが「娘に笛を学ばせれば」と後悔しているのではと思った。
そうしたら生き残れたかもしれない、と。
「ティアは、その内、戦闘に興味はなくなるでしょう」
「今は遊びで、年下の子たちの相手をしているだけですしね」
ティアはまだ十二歳。
戦闘能力は高いのに、威圧感がなく、風と言うより空気のようだ。
「あの身軽さは武器ですね」とレンキが言った。
ティアは自分の動きをあたりに溶け込ませ、相手の動きの一瞬前をいく。
ヨルクはティアの動きを見ながら、自分がに攻撃されたのを思い出した。
その時のティアは「激しくて熱く、恐ろしい子」だった。
ところがティアの熱は、あっという間に冷めてしまい、どこにでもいる普通の女の子になった。
次にティアから感じたのは、ティアが戦闘の型を教えてもらいたかった時だ。
今は、一生懸命に練習する元気な女の子という感じで、その表情はコロコロと変わる。
「私の娘は、ティアと違って相手を威圧しましたね。
ところが笛を吹くと、その音は流れるようで、全く別人だったんです。
ですが娘は、戦う方を選びました。
本当に笛が好きなら、誰が何と言おうと諦めるべきではなかったでしょう」
レンキは、娘を失い、妻も失い、片腕を失い、歳を取り、全てを失った。
それなのに、笑顔が爽やかだ。
「私は、ティアに戦闘への興味を失って欲しいと思っています。
その内、こんな遊びも無くなるでしょう」
「戦いが無くなる?」
驚くヨルクを見て、レンキは頷く。
「戦いを学ぶことが無くなるのです」
ヨルクは、この戦闘好きの民が、戦いを学ばなくなるとは信じられなかった。
そもそもヨルクがこんな所にいるのは、住んでいた宇宙ステーションが攻撃されたからだ。
攻撃は突然に始まり、初めは「事故だ」と思ったほどだ。
もし自分が、当時の世の中のことを考えていたら、
社会が戦争に向かっていると気付けたのでは、と思ったりする。
いずれ戦争になる、という兆しはあった。
人々は不満の声を上げ、あちこちでいざこざが起きていた。
子どもたちは戦争ゲームに熱狂し、
平和や自由や安全を唱える唱える人々でさえ過激になっていた。
ではなぜ自分は気付けなかったのか。
それは、知りたいと思わなかったからだ。
人は、知りたいことを聞き、知りたくないことは聞かない。
そうして、突然、命の危険にさらされ、ここへやって来た。
ヨルクがレンキと話をしていた時、
一人の子供の木刀が手からすり抜け、レンキの後ろへ飛んだ。
レンキは振り返りもせず義手をすっと後ろに上げ、木刀はパンッと義手に当たると宙を飛んだ。
そして落ちてきた木刀を掴む。
それはアッと言う間の事だった。
その動きは鮮やかで鋭い。
ところがレンキは終始穏やかだった。
彼が振り返ると、子供はビクッとしたが、木太刀の握り方を直され嬉しそうに顔を緩める。
ヨルクは、
「レンキはすごい人なのだ」と思った。
そして横にいるユーリスを見る。
ユーリスも、何事もなかったかのように立っている。
驚いている様子はない。
後ろからの攻撃をかわすことなど、戦士なら当たり前で、
ヨルクの学校でも、ちょっと上手い生徒でもできる。
ヨルクが驚いたのは、
そこにある空気に乱れがないことだった。
戦闘に興味のないヨルクをさえ惹きつける何かがある。
ヨルクは、自分より少し年上のユーリスが、
レンキと同じ様に悠然としているのにも戸惑っていた。
今のラーウスは平和だ。
争いもない。
穏やかなのに、彼らの戦闘能力は高い。
ティアもダンも、ワルトもそうだ。
彼らはヨルクが知っていた子供たちとは違う。
この日、ナタリは吹雪いていて、風の音は激しく、雪は生き物のように巻き上げられ吹き散らされる。
それなのに建物の中は暖かく、織り機の音、紙すきの音、子供たちの声が聞こえて穏やかだ。
そのコントラストが、妙にラーウスの人々に合致する。
ヨルクは、
「この惑星は、どうなってるんだ」と思った。




