~閑話 死の嵐~
今回は、規定にひっかからないかどうかものすごく怖くてビクビクしてる回です……こういうのって、アウトですかねぇ……うぅ、怖い(´;д;`)
問題ありと言われたら、すぐ修正します。
ナギたちが訪れた街から、北方に存在する荒野。
石灰質土壌であるため農耕に適さず、その場所は広い土地として存在しながらも人々の手から放置されている。
そこで手に入るような資源も特にはなく、特にこれといった街にも繋がることはないため誰も通りがかることのない場所。
野生の動物すら寄りつかないむき出しの大地が広がる場所。そんなところであるにも関わらず……数名の人々が、そこに洞穴を作り住み着いていた。
いや……住み着いているというのは多少語弊がある。数人は人間らしい暮らしているが、その他の者達は皆『収容』されていた。
「ふあっ……」
中は深く暗闇で覆われ、奥で灯るいくつかの松明の炎だけが唯一の光源となっている。
その中にひっそりと住まう人間の一人は拙い木製の椅子に座って欠伸をし、眠たげに洞穴の奥……鉄格子によって外界と遮断されたその空間を見つめた。
いくつもの部屋に分割して設置されたその場所には、女やまだ年端もいかない子供たちが収められている。そこにいる全員が首を鎖で繋がれ、脱走はおろか部屋の中で自由に動くことすら制限されていた。
皆みすぼらしい服装に身を包み、食事もろくに与えられていないため痩せこけているうえに、何日も水浴びが出来ないでいるため不潔さが目立つ。だが何よりも目を引いてしまうのは、彼らのその双眼だ。
その目には、一切の希望が消え失せていた。自分たちの未来に何もかも絶望し、全てを諦めてしまっている者の目……度重なる苦痛と屈辱に魂を摩耗し、人生に疲れ果ててしまった彼らの目は人間としての誇りすらない。ただ目の前に映る暗闇を茫然と見つめるだけのガラス玉と化している。
もうそこで鎖に繋がれている者達は、人間ですらない。ただ『生きている』だけ、それだけでしかない『人形』だった。
「はっ、ふっ、ふっ……!」
「……あっ……ぐっ……」
牢獄の一室で、声と音が響く。
一人は、野太い男の声。もう一人は、女性の声。
肉と肉がぶつかる音が規則的に鳴り、その度に女性の苦しむような声があがっては虚しく洞穴内に響き、消えていく。
欠伸をかいたその男は他にすることなど何もないため退屈なのか、松明の灯りすら届かぬ闇の向こう側で行われる『行為』をただ見つめていた。
どれだけ続いたのか、これからどれだけ続くかもわからぬ男と『人形』の『行為』。
そして。
「ぐっ…………!!」
たまらず男から漏れ出たその声とともに、不意に肉の打音が鳴りやむ。
しばしの静寂、そして直後に『人形』が地面に崩れ落ちる音が響いた。
『行為』を終わらせた男が牢獄から出て隣に座ると、傍観していた男は気だるげにそいつに声をかける。
「おーい。あいつって売り手着いた商品だろ、下手に手ぇ出したら価値下がるだろうが」
「あぁ? どうせこっちに来た時から使用済みだっただろうが。別にこれ以上下がるわけでもねぇ、なら楽しませてもらったっていいだろ」
商品にこれ以上余計な傷ついたら価値がもっと下がるし、病気でも移ったらその時点でアウトなんだよ。
呆れ顔の裏でそんなことを思う男だったが、喧噪の元となるため口にはしない。無駄に体力と気力を消耗するようなことはしない主義なので、やれやれというようにため息を吐きながら首を振るだけに済ませる。
「おめぇも手ぇ出して、少しは楽しんだ方がゼッテー得だぜ? 俺らの商売なんてのは金儲け半分、こっち半分ってとこだ」
「あんな捨て鉢相手にして何が楽しいのか知りたいね。それよか良い声で鳴いてくれる娼婦たちと遊んだ方がまだマシだ」
「何言ってんだ、無駄に口答えするような女どもより無口な方がいいに決まってる。お前の方こそおかしいんじゃねぇの?」
「ああそうかい。じゃあ勝手にやってろ」
もはや会話する気すら失せたのか、傍観していた男は後半投げやりな返答をする。
ここまで頭も回らず価値観すら共有できないというのなら話をするだけ時間の無駄だ。おまけに下半身に脳ミソがあるのかとすら思える言動や行動も加わってはもはや何も言えない。早々に切り上げるに限る。
すると相手はつまらなさそうに
「……そういや聞いたか? 最近俺らの仲間がダークエルフのガキ捕まえたって話」
「あー、なんだか知らねぇが外から街に来たヤツ捕まえたんだってな。ちょいと痛めつけて聞いてみりゃ、どうも母親と一緒に龍の祠に隠れ住んでたらしいぜ」
「おっ! つーことはダークエルフの母親も一緒に捕まえたってことか!? いいねぇ、願ってもねぇ上玉にありつけるってわけだ!!」
「それがその母親、どうも天然痘に罹ってるから商品価値ないんだとさ。さすがに病気を移されたくなんかねぇし、痘痕のせいで顔ひでぇ有様になってるだろ」
「……チッ! 病だか何だか知らねぇが、そうじゃなけりゃお楽しみが増えたってのによ。面白くねぇっ」
心底つまらなさそうに毒つくのを見て、もう一人は相手に聞こえぬよう小さく舌打ちする。
この馬鹿はどこまで『つまみ食い』をすれば気が済むのか。
例え健康体のままダークエルフの母親が連れてこられたとしても、こんなヤツが管理していたのではすぐに最悪の不良品に早変わりだ。
こいつらの相手をするというのは分別を弁えていれば構わない。主従関係を教えてやるというのは重要な作業の一つだし、『本番』を買主とする際に上手いこと出来なければ文句も言われる。
が、こいつは少々……というかかなりやり過ぎだ。やたらめったら、自分が溜まればそれだけですぐに商品をはけ口にする。もしその中に病気持ちでもいれば商品は全部台無し、そうでなくても扱いが躾けにしても乱暴すぎて、変に傷が付けばそれだけ価値がどんどん下がっていく。
そんなことが続けば商売あがったりだ。
商売相手の機嫌を損ねれば自分たちなど一瞬で消し飛ぶゴミ同然であることすら理解していない。
そのうちこっちで始末をした方がいいかもしれない。そんなことを一瞬思考し、ふと気になった疑問を口にしてみる。
「そういやそのガキ、今どこにいんだ? ダークエルフなんてこのご時世にそうそうお目にかかれねぇし、他のヤツらと違う高級品だろ?」
「わかんねぇ。ま、こいつらと違ってもっといい待遇受けてんじゃねぇのか? どこぞの変態に買われた後はどうなるか知らねぇがな」
「だな。ちげぇねえ」
互いに呵々と哄笑する男二人。
下衆な思考に染まり切り、人を人と思わぬ鬼畜の所業に身を沈めた二人の笑い声が洞穴内に響き渡る。
やがて一通り笑いきり、お互いの声が納まり辺りが静まったそのとき。
フワリ、と。そよ風が二人の頬を撫でた。
「……あ?」
それは、本当に微かな大気の流動。
乗り気でない会話であっても、それをしていたなら互いに気づくことはなかったであろう僅かなものだったが、それを感じた片方は違和感を覚えた。
風が吹くこと自体は特におかしなことではない。それくらい外から流れ込んでくることもある。
だが……今吹いた風は、何かが違った。
おや? と疑問を感じて首をかしげたその瞬間。
傍で立っていた男の首が取れた。
「―――――――――――――――――――――――――――――は?」
素っ頓狂な声が、思わず男から零れた。
落ちた首は重力に従って落ちるとコロコロと転がりながら、その中に僅かに詰まっていた鮮血を垂れ流して通路に赤い線を引く。
椅子に座ったままだった胴体は噴水のように赤い水を噴出するのみで微動だにしなかった。太い首の切断面からは絶え間なく赤黒い血が飛び散り、壁、天井、鉄格子、そして隣に座っている男にかかる。
四肢のあちこちに生温かくどろりとした液体がこびりつく感触を覚えながら、男は麻痺してしまったかのように、赤い噴水を凝視したまま動かなかった。
少し時間を置いて、胴体が力なく地面に倒れ込む。いったいどれほど詰まっていたのかと言いたくなるほどに血があふれ出て、辺り一面が赤黒く染色される。
「…………あ…………ぅ…………?」
眼前で起こっている出来事に思考がついていかない。
何かを考えようとしても、ただ疑問の言葉がいくつも羅列するだけで終わり、最後には白く弾け飛ぶ。
思考が思考として形を成さぬまま、時間だけが過ぎていく中。
コツリ、コツリ……と。洞穴の奥から響いてくる音を、男は耳にした。
足音。直感でそう感じた男は、その音が聞こえてきた方へと振り向く。
そこには、こちらに背を向けて奥へと進もうとしている一人の人間がいた。
そいつは、白かった。髪も。身を包むそのコートも。左手に握る倭刀の黒だけが一際大きく目立っている。
純白。表現するならば、そんな言葉でしか彼を言い表すが出来ない。
しかし彼はどんな白よりも透き通るように透明で、白金よりも煌めく輝きを放っていた。
前に立とうものなら、思わずひれ伏してしまいそうなほどに神々しい。
だが、それと同時に。吐き気を催すほどにどす黒く、邪悪で罪深い。
聖人と罪人。神と悪魔。相反するはずの二つを混合してしまったならば、きっと彼のようになるのだろう。
存在そのものが矛盾であるかのようなその人間に、男は声をかけようとして……不意に、視界が降下した。
「?」
きちんと地に足がついているというのに、まるで落下するように地面へと引っ張られていく。
ゴトッ、と音を立てて側頭部と地面がぶつかり、走る痛みに僅かに顔を顰める。
何が起こったのか全く理解できないまま、視界はさらに回転して、自分が座っていた椅子のところへと移る。
そのとき視界に映った『ある物』を見て、男は奇妙だと思った。
首が取れた男の隣……自分が座っていたであろう場所に、首がなくなった胴体が座り込んでいる。
鋭利なもので斬り裂かれたように綺麗に切断された場所からは、さっき見たものと同じ赤い噴水が立ち上っていた。
(……あ、れって……)
それが何なのか。それを理解するよりも早く。
男は、二度と覚めることのない眠りについた。
「んー、いねぇな。ここも外れか」
男性にしては高く、女性にしては少し低いと感じる声音。
牢屋の中にいる女や子供たちを一人一人確認すると、淡々とした調子で『そいつ』は独り言ちる。
「こりゃ殺すヤツ稼げるだけマシだけど、早くしなきゃ手遅れになるかもしれねぇなぁ……せっかくの手がかりなのに、みすみす機会を逃すわけにもいかねぇし……どうしたもんかね?」
うーん、と首をひねってこれからのことを独り言でつぶやく『そいつ』は、少しの間思案するように腕を組んで瞑想するものの、良案が浮かばなかったのか眉をひそめる。
その様は、まるで無邪気な子供のよう。悪戯好きでやんちゃな子が、失敗してふてくされたように頬を膨らませていた。
実際にこの男が行った所業は、そんなものなどよりもずっと邪悪でどす黒いものであるというのに、そんなこととは無縁と思えるほど、『そいつ』は幼かった。
「……まぁ、つってもダークエルフの子供だもんな。こいつら話してたみたいに、こんな奴らに管理任せるよか自分の懐で大事に大事に調教するに決まってるか。んー、だとしてもどこに閉じ込めてるのやら」
チラ、と自分が首を吹っ飛ばした二人の男を見てうんざりした様子でため息をつく。
血と肉で彩られた無残な光景。鉄くさい匂いがツンと鼻をつくそれを見ても、『そいつ』は一切顔色を変えることがなかった。
嫌悪も、憎悪も抱かない。だが、快楽も感じない。
『死』という現象を目の当たりにしても、その心は微塵も正にも負にも揺れ動くことなくその出来事を淡々と眺めている。
おぞましい。端的に言葉にするならば、まさにその一言に尽きる。
普通の人間ならば万人が持つであろう死生観。それが、『そいつ』からはすっぽりと抜け落ちてしまっているかのようだった。
「どーしよっかなー……またこの荒野を探し回るか、それとも街に行ってみたりするか……」
鞘に納めたその刀を立てて寄りかかり、子供のように忙しなく前後に揺れながら今後の予定をつぶやいていく。
そんなとき。ふと、『そいつ』の視線が牢屋の奥へと移る。
「……どしたー。別に出てもいいぞー」
『そいつ』が声をかけると、闇の奥で何かが二つ、ビクリと震える。
『そいつ』の声に反応した何かは怯えた様子でゆっくりと動き、松明の灯りに照らされるところへと徐々に入ってきた。
それは、小さな男の子と、女の子。
兄妹であろうか、男の子は女の子の手を掴んで庇うように前に立っている。散々あの男どもに乱暴に扱われてきたためかボロボロの服を纏い、手足に擦り傷や打撲の痕が目立つ。ろくな食事が与えられなかったせいで手足は痩せこけ、その双眼は恐れで淀んでいた。
「……う……」
牢屋の出口を眼前にしても、二人はそこからなかなか出ようとしなかった。
この場所で何度も行われた、服従を強要する暴力。
幾度となく繰り返された行為によって、彼らの精神は疲弊しきっていた。
思考の奥深くまで刻み込まれた恐怖という感情は、自由を掴める機会を得た二人の足を留めようとする。
加えて外から流れてくる、おびただしい死の臭い。そして血で縁取られた壮絶な光景。
その子が外へ出ようとすることを躊躇ったとしても、無理はなかった。
そんな様子を見ていた『そいつ』は、呆れたように首を振ると、子供たちが立ち尽くしている牢屋の目の前にまで歩み寄る。
屈んで姿勢を低くして子供たちと目線を合わせると、外へ繋がる……死体が転がる通路を指さして口を開く。
「お外あっち。お前らを殴ったり犯したりしてたバカ共は死んでます。今ならここから逃げられるよ。あー、あとここから南に行ったら街あるから。じゃあ、バイバイ」
気怠そうにそう告げると、『そいつ』はそのまま立ち上がって洞穴の外へと向かおうとする。
そのとき。
「ま、待って……!」
男の子が、『そいつ』を呼び止めた。
その声を耳にした『そいつ』は立ち止まると、振り返って不機嫌そうに片眉を吊り上げる。
「なに? 俺もう行くんだけど」
声をかけられた本人は、返事の声音に不愉快さを隠そうともしない。
一瞬怯えたように身を竦ませる男の子だったが、恐る恐る口を開く。
「……どうして……僕たち……生きてるの?」
幼い子供が、震える口でたどたどしく紡ぐ問いかけ。
それを耳にした『そいつ』は、視線を子供から洞穴の奥へと向ける。
そこにあったのは……まさに、阿鼻叫喚という言葉でしか表現することのできぬ場景。
閉じ込められていた『人形』たち全員が腹を、足を、腕を、首を、ありとあらゆる箇所を鋭利な刃物でズタズタに斬り裂かれ、物言わぬ『肉塊』へと変貌する、地獄があった。
壁や天井は殴りつけるように描かれた赤一色で染まり、鉄格子の向こうには鮮血滴る肉や臓器であふれている。一文字に斬り捨てられた者は上半身と下半身が泣き別れ、脳天から股下まで真っ二つにされた者は頭蓋や肋骨がむき出しになり……刃という風が吹き荒れる嵐に晒されたかのように、皆が無残な死に様を露呈していた。
『そいつ』は地獄から目を離し、再び視線を子供たちに戻すと、
「気分」
どうでもよさそうに、いい加減としか思えないような一言だけを放つ。
それを聞いた子供二人は目を点にして、まじまじと『そいつ』を見つめた。
「もしかして、俺がお前らを助けたとでも思っちゃいねぇよな? ここにいるヤツらを殺すのも、生かすのも、全部俺の気まぐれで決まるんだぜ? 別段俺は殺す相手をえり好みするわけじゃない。テキトーに殺すし、気分じゃないと感じたら殺さない。そんだけ」
『殺した』。その一言を、『そいつ』は何気なく放った。
それは、まるで日常の出来事を誰かと語るときのような、重みも何も存在しない言葉だった。
命を、その者の未来を奪い去る行為。常人であるならば、『殺す』ということの重みを理解して然るべきだというのに、『そいつ』はあっさりと言ってのけた。
『そいつ』にとって『死』とは、『そいつ』自身にとってありふれたことでしかないのだ。
その事実を本能的に感じ取った二人は、すでに青白くなった顔をさらに青ざめさせる。
「とっとと行くなら行けば? 所詮俺の気まぐれでお前ら生きてるだけだしさぁ……さっさとしなきゃ、気分変わっちゃうよ」
「――ッ!!」
嗜虐的な微笑みを浮かべて、『そいつ』は兄妹に警告する。
一見慈愛に満ちた優しげなものであるのに、言動のせいでそれは恐ろしく暴力的なものへと変貌している。
その一言と表情で戦慄した男の子は、女の子の手を引いて『そいつ』の横を通り過ぎ……洞穴の外へと向かって走る。
自分たちが進む先に死骸が転がっていても、足が止まることはない。それ以上に、背後に佇む『そいつ』が恐ろしかった。
自身の気まぐれで人を殺し、死をまき散らす『そいつ』は……自分たちに横暴をはたらいた男たちなんかよりも、ずっと恐ろしかった。
『そいつ』を言い表すならば――それは、そう。まさに――
「……やっぱ殺しときゃよかったかなーあいつら……いやいいか、別にもう。追いかけるのもめんどくさいし……そろそろ俺もどっか行くとするかね」
――『死神』は、歩き出す。
本人でしかわからぬ目的のために。
訪れたその先で、殺戮の嵐を吹き荒らしながら。
感想、批評などをお待ちしております。




