16 出発
朝早く、大学前で待ち合わせていると、将真くんがやってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
将真くんは顔を綻ばせる。
「朝会うの、なんかいいですね」
「アロハシャツだ」
「そう」
柄シャツは柄シャツなんだけど、いつもよりずいぶん爽やかに見える。
「大黒さんは?これから?」
「コンビニ寄ってる」
寧々ちゃんも合流して少し話していると、LIMEにメッセージが届いた。スマホを開こうとするより先に、コンコンと固いガラスを叩く音が、後ろでする。ガードレールの切れ目に止まっていたのは透の車だった。サークルの遠出で何回か乗せてもらったことがある。
「久米先輩ボンボンなんですか」
「中古だよ。あと買ったときここまで円安じゃなかった」
「自分で買ったんですか」
「いや親。入学祝いで。現役なら新車だったんだけど」
「やっぱ、いいとこの子じゃないですか」
将真くんは透に車のことをあれこれ聞いていた。将真くんも卒業したらすぐに免許を取りたいらしい。
その流れで意外にも将真くんが助手席に座り、私と寧々ちゃんが後ろに座った。透のはいい車らしいけど、私は車に詳しくなくて、車高が高いと乗り降りしやすいな?くらいの感想だった。
昨日緊張して眠れなかったのもあって、さして興味のない二人の車談議をぼんやり聞いていたら、だんだん眠くなってきた。車の揺れに誘われて目を閉じる。
……
…
「前から聞きたかったんですけど」
「なに」
「久米先輩ってまどかちゃんのこと好きなんですか」
眠気がおさまり、少し意識が戻ると、ちょうど二人がめちゃくちゃ気まずい話をしていた。薄目で横を見ると、寧々ちゃんは男同士の会話を聞きたくないのか、聞いてませんよのポーズなのか、二人の話には反応しないでスマホを見ている。
「好きは好きだけど、円ちゃんとは長く付き合いたいというか」
「好きは好きって、女として?」
「うん、円ちゃんが人妻になっても会いたい」
「会わせませんよ?」
「お前と結婚するわけじゃねーだろ」
透は笑った。
「大学の女友達なんて宝みたいなもんだよ。潰したらもったいないじゃん。今どき女の子なんてアプリでもSNSでも会えるのに」
「久米先輩アプリとかやってるんですか」
「えー」
透は適当な返事をした。
透のそういう話を聞くのは初めてだった。キモいことはよく言うけど、そういえば透はサークルの女の子にちょっかいを出したことは一度も無かった。彼女がいる様子もなく、いつも暇そうで、私と同じく異性に縁がない人なんだとずっと思っていた。
透が別世界の人のように感じる。
「もしかしてインストやってます?フットサルか何かのアイコンで」
透が咽込んだ。
「動揺させんな運転中に」
「ふつうにモテそうですもんね」
「急に褒めてきてこわいんだけど」
ガチャガチャと音がする。きっと透がホルダーからペットボトルを外して水を飲んでいる。
「けっこう遊んでるんですか」
「ううん、それぞれちゃんと付き合ってたよ」
「今はいないんですか」
「うん」
話が途切れて沈黙が続き、起きたフリするなら今だと思ったときに、透が切り出した。
「俺のことはいいよ」
あー……また始まっちゃたよ……。
「お前さぁ、なんで円ちゃんなの。それこそ女の子なんて周りにたくさんいそうじゃん」
あまりに直球な質問に心臓がばくばくした。目を閉じながら将真くんの言葉を待つ。将真くんは「うーん」と唸っている。
「なんでですかね?」
「知らねーよ!」
将真くんはまた「うーん」と言ってから「あ」と声が出る。何か思いついたようだ。
「話が合うから?」
「意外とふつうだった」
「意外といないですよ話合う人」
「お前頭いーから。年上がいいのかもね」
「あざます」
透が妙な援護射撃してくるのがかえって心配になる。年の差の話を引っ張らないでいて欲しい。
「でもそんなこと言ったら寧々ちゃんもけっこう対象じゃない?」
「透、私に振らないでよ」
ずっと静観していた寧々ちゃんが口を開いた。
「あー久米先輩にとって二人は同格なんだ」
「は?ショーマの話してんだけど」
「質問には常に自己が反映されるんですよ」
「なんかこの高校生こわいんだけど」
また少し静かになったので、透が音楽をかける。歌の入らないBGMが流れ始める。
「なんでまどかちゃんかって考えたんですけど」
将真くんはしばらく黙っていたけれど、おもむろに話し出した。
「まどかちゃんて俺のこと好きじゃないですか」
「自信満々なことさらっと言うよね」
「俺に一目惚れだと思うんです」
「お、おう……」
「その瞬間を見たからかも。人ってこうやって恋に落ちるんだ、みたいな。それに一目惚れ返ししたというか。ああいう熱って伝染すると思うんです。楽器鳴らしたときの共鳴みたいに」
「ショーマ急に語るじゃん」
「久米先輩が聞いてきたから、真面目に答えてるのに」
ごめんごめん、と透が笑う。
一人称俺の将真くんと、いつの間にかショーマと呼び始めた透のやりとりに、なんだかこのあいだ訪れたあの学校の中に戻ったような心地がした。
そして、将真くんの発した言葉のひとつひとつがまるで血が巡るように私の体の中を駆け抜けていく。
「あ、もうすぐ海見えるかも」
「見えました。意外と早かったですね」
「こっからいちばん近いとこは混んでるから、もう少し先まで行くよ。もうちょっとかかる」
「なんでここ飛ばすんですか」
「混んでるから」
「今見てる限りガラ空きですけど」
「……なんか行きたくないの、俺が」
「ここで振られたとかですか」
「似たような感じだね……」
透が失恋したっぽい海水浴場を通過する。さざなみの音がとても大きい海岸だった。将真くんの言葉をぐるぐると反芻しながら、その波の音を聞いているうちに、私はまた眠ってしまった。




