第14話 傷口
「大丈夫? 夏元さん?」
お昼になって、僕と冬野の前で机に上半身を投げ出して「ううっ」と呻く夏元を見つめて、尋ねる。
「定期、考査ぁ……!」
そう。
夏元がこんな状態になったのは定期考査が迫っているからだ。
「二人は大丈夫なの?」
顔だけあげて聞いてきた。
「僕は……どうだろ」
「絶対大丈夫じゃん!」
「いやいや僕平均だって」
そこまで優秀じゃないんだよ、僕って。運動がちょっとできるくらいなんだぜ? これで転生者なんだよ? ねえちょっと、神様。アドバンテージなさすぎだと思うんだけど。
「ボクは平均以下だもんっ」
夏元が「助けてよー!」と縋ってくる。僕もどうにかしてあげたいけど……残念な事に、僕には夏元を救ってあげられるような力はないんだ。
「ねえ、美月さんは?」
僕も夏元とほぼ同時に冬野の方を見た。
「…………あ、うん」
冬野の顔は真っ青だった。
「わたしは……全然。ちゃんと、ちゃんとしなきゃ……」
「美月さん?」
震える声での返答に不安になったのか夏元は冬野の顔を見上げる。冬野の目にはしっかりと映ってないのか、返事がない。
「ちゃんと……ちゃんと」
譫言のように、繰り返し呟いてる。
「冬野さん」
「……あ、ごめ、ごめんなさい」
「冬野さん」
「……燿?」
「ほら、ご飯にしよ」
冬野はぎこちないながらもお昼の準備を始める。
「あ」
女子グループの盛り上がりからくる大きな声に過敏に反応したりだとか、それで箸を落としてしまったりだとか。
「……ごめっ、なさい」
「美月さん、大丈夫?」
「陽毬……うん。大丈夫。大丈夫だから」
「……なんかさ、悩んでることあったら言ってよ。ボクにでも、燿くんにでも」
夏元に同調して首を縦に振る。
「……うん」
冬野は立ち上がり。
「ごめん……ちょっと」
教室を出ていってしまう。
「美月さん……」
結局、昼休み終了のギリギリまで彼女は戻ってこなかった。
* * *
僕らはいつも通りに三人で下校する。
冬野と、夏元と、僕で。
ただ、僕らの間にしばらく会話はなくて。ただ、三人が一緒に歩いてるだけ。
「…………」
いつもなら。
誰が一番最初に会話を始めるかは思い出せないけど、少なくともこんな事はなかった。もっと和気あいあいとしてたから。
夏元はずっと心配そうな顔で冬野を見つめている。
「あの……さ。美月さん、大丈夫? 来週のお弁当、ボクが作ってこようか?」
夏元がそう提案すると。
「わたし、が……作る」
冬野は俯いたままで震える声で言う。
「料理、なら……できるから。できること、見つけたから」
「美月さん……?」
「わたしにも、できる事あるんだっ。あるんだよ。見つけたんだよ。料理できるから……だから、だからっ」
それが自分の全てだって言うように、冬野は必死に主張する。
「わたしがっ……やら、ない……と。できる、から。でき、る……ん、だよっ」
僕は「冬野さん」と名前を呼ぶ。
冬野が顔を上げる。
「よ、う……?」
僕は、冬野の認識を訂正するべきだと思った。
「僕は料理ができるからで冬野さんと一緒に居るんじゃないよ」
料理だけを冬野に求めてるんじゃない。
「…………じゃ、じゃっ、ぁ。なん、で。それ、以外……わたし……何も、できない、のにっ」
テストを前にして、冬野の感情はぐちゃぐちゃに掻き乱されてる。
「僕は」
ただ。
「冬野さんと一緒に居たいんだよ。お弁当とかなくてもね。いや……まあ、お弁当は貰えて嬉しいよ。なんだけどさ」
そう言う単純な話なんだ。
「わた、し……と?」
「そう。僕は冬野さんと一緒に学校行って、ご飯食べて。それで下校する。それでいいんだよ」
だから言い方は悪い気がするけど、僕は冬野に特別何かができる事を求めてない。
「ボクも燿くんと同じ!」
「陽毬……」
「だいたい、美月さん。友達に何かがあること求めちゃったら、ボクは誰とも友達になれなくなっちゃうんだよ?」
「でも、陽毬は、足が……早くて」
「足早くてもね、部活はやめちゃったからさ。ボクの足が早くても意味ないよ。大会だけは出させてもらうってわけにもいかないし」
僕がやめていいんだって言ったんだけど、今更夏元ってとんでもない状況だと思い知ったよ。
「でもさ、ボク後悔してないから。部活もやめちゃって。それで勉強もそんなにできない。うん、当たり前なんだけどね……全っ然やってこなかったからさ。でも二人は一緒にいてくれて、今すっごい充実してるんだよ?」
歯を見せて、夏元は満面の笑みを浮かべる。
「こんな何もないボクと二人は一緒にいてくれる。だからボクも二人と友達でいる。友達でいたいんだよ」
「勉強、できな……く、ても?」
「ボクもできないから!」
「運動、できなくて、も……?」
「そんなの関係ないよ」
「……失望、しない?」
「当たり前だよ。ね、燿くん!」
胸を張れるような内容じゃなくても、それでも冬野の心には届いたらしい。
「うん。当たり前だね」
冬野が声を絞り出した。
「あり……が、とう……燿、陽毬っ」




