第75話 次期魔王さんはご満悦
前回までのあらすじ!
ヒトはそれをデートと呼ぶ。
俺は小舟に二本の竿を投げ込んでから、浅瀬に入って揺れないように手で縁をつかむ。
「ほい、乗って」
「うん」
ルナが旅用の魔物革ブーツで浅瀬の水を蹴散らして小舟に乗り込んだ。そいつを見届けてから、続いて俺も乗り込む。
「う、わっ! ゆ、揺れる!」
「座って座って。重心は低くな」
「う、うん」
ルナが舟の前側に座った。
「あ、収まってきた」
「小舟は初めてかい?」
「うん。大きい客船は何度か乗ったけど、小さいのは初めてだ。こんなに揺れるんだな。ハハ、水が近いや」
「触ってみ。冷たくて気持ちいいぞー」
ルナが水面に手を伸ばす。指先をつけて、すぐに戻した。
「冷たっ!! こんなに暑いところなのに!」
「川がないだろ。どっから続いてんのかは知らねえけど、地下水が流入してんだ」
「へぇ!」
水面に手を伸ばしていたルナが、もぞもぞと動く。
「ちょっと窮屈だな」
「尻がでけえからなァ」
叱られるかと思いきや、ルナは少し恥じ入るように頬を染めて声を潜めた。
「ぅ……。ご、ごめん」
「何謝ってんの? とても良キことだが? なんだったら撫でくり回したいが?」
「そ、そっか。いいことか。あなたがそう言うなら、いいか。でも、触られるのは遠慮しとくよ。その、姉様に悪いからな」
ルナがクスクスとおかしそうに笑った。
どうやら少しは気晴らしになっているみたいだ。
「目の保養で我慢しとくぜ」
「まったく、ライリーは。あの阿婆擦れイフリータの言った通りだな。このえっちおじさん」
「そうだが?」
浜辺では犬と炎竜が、ワチャワチャ右往左往している。
「ヘッヘッヘッヘ! 犬ハ!? 犬モ!? 乗ルル? ル?」
「これ二人乗りだから――」
「ガァ~ン! ゴッスズィィ~~~~~~~~ン!」
あ、犬が転けた。四足で走ってても転けることがあるんだな。
いやしかし、すげえ顔してんな。犬顔なのに悲壮感が色濃く出ててウケる。
犬は地面に伏せて、右前脚をテシテシ振り下ろしている。犬界の床ドンというやつだろうか。
「ムタ、ムタタ、ゴ無体タタイ! 犬ヲ? 犬……っ!? 犬……ガ……!?」
「二人乗りだが小型犬くらいは乗れるぞ。ひっくり返ったり沈んだりするかもしれねえから、あんま暴れんなよって言おうとしただけだ」
ガバッと犬が顔を上げた。目がキラキラしてる。
「ワッホゥ! サスガ! サスガノゴスジン! サスジン!」
「略すな」
犬が大喜びで浅瀬に飛び込む。
犬かきで近づいてくる。だがその頭の上に炎竜が着地して、犬がどぷりと沈んだ。
「こら、炎竜。横着せずにちゃんと飛べ。犬が死ぬだろ」
――ケェ~? ケケ? コケココ?
「おう」
レンがいなければ意味はさっぱりわからんが、とりあえず返事をしてみた。そしたらだ、次の瞬間、俺の想像を上回る出来事が起こった。
炎竜が翼を広げて犬の頭部から飛び立つ。それも、両脚で獲物のように犬をつかみながらだ。
――ケァァァァァァッ!!
「うおっ!? マジか! おまえ、もう犬を運べるようになったのか!?」
こ、こいつ、性懲りもなく成長してやがる。
どうせアホすぎてどっかの段階で自滅するくせに。
――ケッッケェェェェ……ッ!! ケッキャァァァ!
「わぉん!? イ、イ犬、犬、飛ンデル!?」
犬は大興奮だ。まるで空を走るかのように、四本の足をワチャワチャ動かして。
炎竜はものすげえ形相で羽ばたいてる。相当キツいらしい。そりゃそうだ。炎竜と犬の体重は、まだそれほど変わらないのだから。
それでも炎竜は健気に、そして懸命に、犬をぶら下げたまま、俺とルナの待つ小舟に近づき。
――ケァァ~ァ……。
途中であきらめて犬を水面に捨てた。派手な水飛沫を上げて犬が沈む。
「ギャッフンだぼぼぶぶぶ……」
「犬ゥゥゥ!」
俺は手を伸ばして犬を小舟に引き上げてやった。
毛皮をぶるんぶるんと振って水を飛ばし、それでも犬は楽しそうに尾を揺らす。その頭部に炎竜がすかさず着地した。
この二匹の謎の関係よ……。
ルナが腹を抱えて笑った。
「あっははははは! おもしろいな、ライリーのペットはっ。イカれ具合が飼い主そっくりだっ」
「………………どっちが……?」
聞いといてなんだけど、どっちに似てても嫌だなぁ~。
「さ~て、んじゃ沖に漕ぎ出しますかィ」
「うん!」
俺はオールを持って水を掻く。
小舟が水面をするりと走った。ルナは手を水面に浸して、水の形状変化を楽しんでいる。その横顔はルランゼそっくりで、俺は少し見惚れてしまう。
風に揺れる横髪を手で押さえて、ルナが笑顔を向けてきた。
「案外速いんだなっ」
「俺が漕ぎ慣れてるからかねェ。初心者はまっすぐ走らせるのも難しいんだぜ」
「へえ~。あとでやってみていい?」
「もちろんだ。――と、犬、あんま水を覗き込むな。頭の上の炎竜が落ちそうになってしがみついてるぞ」
あんなに爪を立ててしがみついたら、犬がハゲないか心配だ。
湖畔からやや離れたところで、俺はオールを引き上げて釣り竿を手に取った。一本をルナに手渡して、もう一本を自分で構える。
しかけの作成は済んでいる。疑似餌だから楽チンだ。
「それにここらにはやたらめったらでけえ魚もいるからなァ。犬や炎竜みてえな小せえのが落ちたら、案外パクっと食われるかもしんねえ」
「そんなにでかいの?」
「ああ。以前にルランゼと一緒に釣ったやつぁ、丸々太ってて体長も俺の身長くらいはあったな。釣ったっつっても竿じゃ上げらんねえから、二人して素潜りで挑んだんだが、水底まで引きずり回されたあげく、苦し紛れにぶん殴って昏倒させて引き上げたんだ。くかか、もはや釣りじゃねえな」
ルナが半笑いで竿を振って、糸を垂らした。
「またまたぁ。ライリー、わたしを担ごうとしてるだろ? 冗談だろ?」
「んや。実話だ。ルランゼに聞いてみな。ま、せっかく引き上げたその巨大魚も、さらにどでけえ竜に食われちまったがね」
「……ええ? 竜って。あなたの炎竜だけでも驚きなのに、さすがに伝説の存在がそんな何体もいるわけないだろ」
「ああ、そりゃそうだ。一体だけだぜ」
俺も竿を振って糸を垂らし、炎竜を親指でさす。
――ケェ?
「そこの小せえ炎竜の前世、いや、前々世だ。あンときの竜ったらもう、いまの俺ん家くらいの大きさでよォ。勇者と魔王が二人がかりでも殺されかけてなァ。くっくっく、ありゃあヤバかった。ミリアスの野郎と同じくらいキツかったぜ」
ルナの顔が引き攣った。
「全部ほんとなの?」
「魔力付与してんのに俺の聖剣はへし折られるし、ルランゼの貫通魔法もまるで効きゃしねえ。ま、当時は火竜でも炎竜でもなく、ただの竜だったことが救いだったな。あれで火まで噴かれてたら、もう完全にお手上げだった。とどめ刺してもあっさり転生しやがるし」
たしかに嘘みてえな話だ。
思い出したら笑えてくるね。
「あっはははははは! それで転生して、こんなおチビちゃんになったんだっ」
「そゆこと。――と、引いてるぜ」
ルナのしかけの浮きが、大きく沈んでいる。
「わっ! ど、ど、どうするんだ!? 竿上げてもいいのか!?」
「お、ちょっと待って」
俺は小舟を揺らさねえように態勢を低く保ちながらルナに近づき、背中から腕を回してルナの両手を自らの手で包み込んだ。細い背中が俺の胸と密着する。
びくん、とルナの身体が震えた。
「ひ……」
スンスン、い~い匂いだ。花みてえ。そういや、ルランゼは果物みてえな甘い匂いだったなあ。
と、堪能してる場合じゃねえ。別のサオが上が――いや、やめとこう。
「なかなか強ェ引きだな。しっかり針も食ってるみてえだ」
俺は竿を上げようとするが、なぜか上がらない。魚がでけえわけじゃねえ。ルナがカチコチに固まっちまってんだ。
俺はルナの耳元で声を出す。
「お~い、ルナちゃん? 竿上げねえとお魚逃げちゃうぞ~。ほれ、腕を上げて。ルナ、聞こえてる? ル~ナ~?」
「あ、ああぅ、あい……」
やたら可愛い返事をして、ルナがぐいと竿を上げた。肘がまったく曲がっておらず、まるでブリキの人形のようにぐんと持ち上げる様が、どこかおもしろい。
だが、水面から魚が上がると。
「わっ、ほ、ほんとに釣れた……! うそ、やった! 初めてなのに! こ、これ、わたしが釣ったんだよな……!?」
笑顔の花が咲いた。嬉しいときにはにんまり笑うルランゼとは少し違う、小さな子供が向けてくる無邪気な笑顔だ。
うんうん。可愛いねえ。
どうやら少しは俺に気を許してくれたようだ。
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