【第8話】アンバー・ハニカム大講堂
入学セレモニーが行われる、アンバー・ハニカム大講堂は、北半球上級魔法学校のシンボル的な建造物の一つである。
その名のとおり、アンバー(琥珀色)のハニカム(蜂の巣)をモチーフにしており、入学案内パンフレットにも必ず大きな写真が載っている。人がすっぽり入れるほどの、大きな蜂の巣の写真を、エイチェルは思い出していた。
学生都市のどこからでも、高いとんがり屋根の琥珀色の塔が見えるので、学校の方角がすぐ分かる。あれが目的地だ。
会場に着いて、金色の飾り模様が沢山付いた黒い扉を開けると、深緑のゆったりした服を着たおじいちゃん先生が、新入生の受付をしていた。大講堂には、こっくりと甘い、しかし爽やかなスパイスを感じる香りが漂っている。壁面は六角形に並ぶ琥珀色の蜂の巣構造だ。
見慣れない形状の座席の群れがある。
大講堂の床面には、楕円形の円盤の上に、2人がけないし、3人がけのベンチが付いたようなものが沢山並んでいる。どのベンチも空っぽ。誰も座っていない。
少し視線を上に上げると、それが浮かんだものがいくつもある。下からなのでわかりにくいが、そこには学生が座っているようだ。席に着くと円盤が浮上し、ステージを見下ろせる位置まで行く、ということらしい。
観察していると、前のグループが円盤のベンチに座り、おじいちゃん先生の操作で浮上していった。ほとんど揺れないようだし、円盤の大きさには多少の余裕がある。しかし特に手すりが無いので、強ばった表情の人もいた。数人前に並んでいた真っ白な髪の女の子なんか、みるみるうちに青ざめていた。高いところが苦手な人にはちょっと可哀想だ。
ステージも円盤も、そこそこの高さのところにあるが、天井はもっと、遥か高く。まるで巨大な蜂の巣の中に迷い込んだみたいである。ちなみにエイチェルは、幼い頃から木登り大好き。高いところもへっちゃらだ。むしろこのホールを一番上から見下ろしてみたい。
天井は、家選びの時に行ったホールBとどちらが高いだろう。幸い、この大講堂に鳥は飛んでいないようだ。
「よかった、今日はきっと鳥のフン落ちてこないな」
見上げながらセリアルが言った。
「入学セレモニーで落ちてきたら、大惨事だね」
エイチェルも笑った。
エイチェル達の順番がやってきた。
「はぁい、出席確認をするからね~、お名前は~?」
ほんのりと光る紙と、葉がついたままの小さな木の枝を持って、おじいちゃん先生が問いかける。
「セリアル・フロストルイスです」
「セリアルさんね ね ね~・・・」
眉毛が伸び放題で目にかかっているせいか、かなり読みにくそうである。目をしぱしぱさせながら、紙に浮き出てくる文字をチェックし、木の枝で何やら記録している。
「お、セリアルさんはね~、やってもらいたいことがあるから、こちらへどうぞね~」
「えっ」
淡いブルーの長い髪をした男の先生が誘導にやってきて、あれよあれよと言う間に、セリアルは連れて行かれてしまった。
「はぁい、お次の方ね~」
エイチェルは、セリアルと一緒にいる気満々だったのだが、問答無用ではぐれてしまった。おじいちゃん先生の問いかけに答えながらも、心配でそわそわする。
「はぁい、エイチェルさんと、ラスターくんね~、一緒に来たから一緒に行くかい?」
「あ、はい、あとさっきいたセリアルも一緒だったのですが」
にっこりと笑うと、おじいちゃん先生の目は眉毛に完全に隠れて見えなくなった。
「お~け~!」
そう言って、茶目っ気たっぷりに人差し指と親指で輪を作った。
「じゃあそちらに座ってね~、セリアルさんが戻るまで待っててね~」
3人がけのベンチの付いた円盤へ誘導された。
円盤の床面は、半透明の蜂の巣模様で、まるで蜜が詰まったようにつややかである。
エイチェル達が乗った円盤は柔らかなクリーム色だが、見渡してみると、もう少し白っぽいものから、濃い琥珀色までバリエーションがある。蜂蜜屋さんの商品棚を見ているような、そんな気分になった。
*
「セリアルは何で呼ばれてったのかな?」
とりあえずベンチに座って、ラスターがつぶやく。
「うーん、多分だけど、入試で成績良かったからかな」
「うわー、成績上位者なのかよ! スゲーな」
「でも何のために呼ばれたのかはわかんないな。表彰とかあるのかな」
待っている間にも、新入生達が大講堂にやってくる。おじいちゃん先生はのんびりした口調と動きだが、よく見ると慣れた感じで、てきぱきと学生をさばいている。エイチェルは、あの長~い眉毛と妙におちゃめで可愛らしい挙動が気になって、なんとなく眺めていた。
そうこうしているうちに、セリアルが戻ってきた。
エイチェルが手を振って呼びかける。
「こっちこっち~!」
「待っててくれたんだ、ありがとう」
「はぁい、揃ったね~。じゃあ、上げるからね~」
相変わらずの口調で、おじいちゃん先生が小枝を振ると、ふんわりと円盤が上昇した。
床面から5メートルはあるだろうか。そんな位置にステージがあり、学生達が乗った円盤はそれを取り囲むように半円形に、さらに前の学生で見えなくならないように、階段状にずれて配列されている。
高い位置に来ると、甘い香りが少し強まったような気がした。
「ねぇねぇ、さっきセリアルは何で呼ばれてったの?」
早速エイチェルが聞く。
「事前に軽く伝えられてはいたんだけど、新入生代表の宣誓で、壇上に上がる段取りの話だったよ」
「わ、すごい。1人で壇上まで行くの?」
「いや、もう1人いるみたい。1人じゃ緊張しすぎるから良かった~」
「宣誓か。ならやっぱり、優秀だから選ばれたんだろ。聞いたよ、スゲーな!」
「あっ! もう言いふらしてる! もう、エイチェル~~」
「いやん、ごめん~ つい誇らしくて~」
「ちなみにこの子も成績上位者に入ってたからね!」
セリアルがエイチェルを指差しながら、ラスターに言った。
「うわ、なんだよ、オレだけかよ普通なのは!」
「私はギリギリのギリギリだったから! まぐれだよ、ラスターと変わらないよ~」
「はいはい」
はっ として、エイチェルが急に壇上を見た。
さっきは誰もいなかったと思う。白い椅子に腰かけ、微笑みながら新入生を眺めている。
ステラ校長だ。
エイチェルが急に黙ったので、セリアルとラスターも、視線の先に気がつく。
「あれ・・・」
「この間とちょっと違うね」
「あ、校長だ。オレは初めて見たけど、この間って合格発表の時?」
「うん」
「何ていうか、年齢設定が違うね?」
エイチェルがそう言った瞬間、校長と目が合って、微笑まれた気がした。
「年齢設定??」
合格発表日に、家選びの案内をパフォーマンスしてくれた時の校長は、10歳そこそこの幼い少女のようだった。
今、目の前にいる校長は、エイチェル達と同じか、少しお姉さんくらい。10代後半に見える。
「テレビとかポスターとかで、幼かったりお姉さんぽかったり、変幻自在な雰囲気だとは思ってたけど、実際に変幻自在なんだね!」
そういう魔法技術は存在するが、それを日常的に、しかも全身に使える魔力を持つ者は少ない。しかも、自在に「若さ」を変えられるというのも、一般的ではない。
ステラ校長が、北半球上級魔法学校の名物校長である一因である。
席もだいぶ埋まってきた。エイチェルたちのいる円盤は、だんだん押されて、どちらかというと後ろ寄りだ。
「セリアル、壇上まで行かなきゃいけないのに、こんな後ろの方で大丈夫なのかな?」
「うまく想像できないけど、さっきの先生は、道ができるからそこを歩けばOKって言ってたな・・・」
「そうなんだ、なんか結構距離あるけど、頑張って!」
ふっ
と急に部屋が明るくなった。
「新入生の皆さん、お集まりですね。
おはようございます。校長のステラ・モリスです」
校長が腰かけていた椅子から立ち上がり、話し始める。
先日と同じ、蜂を感じるデザインの服を着ているので、この巨大な蜂の巣を模した大講堂の壇上に立っていると、さながら女王のようである。
「まずは皆さん、入学おめでとう」
そう言って空中に手を上げると、もう手には金色の杖を持っている。
杖を振った次の瞬間、各学生の手元に、りんごくらいの大きさの、丸っこいボトルが現れた。中身は琥珀色の液体。
蜂蜜だ。
「まずは私からの入学祝いです。
初めて一人暮らしする人も多いでしょう。朝食のパンに塗ってもいいし、炭酸水に溶いて飲んでも美味しい。風邪気味の時にもありがたい。
まぁ、一番の理由は、私の好物が蜂蜜だからなんだけどね。私が育てた蜂の、特別な蜂蜜です」
ニコニコしながら誇らしげに話す校長。
ボトルのラベルにはSTELLA HONEYと書かれており、六芒星と六角形の蜂の巣が組み合わせてデザインされている。
中央にはもちろん、ミツバチの絵。魔法界の北半球に生息する、ミツボシミツバチだ。
「これからの学校生活において、私から伝えたいことはとても沢山あるのだけれど、今日は最初ですから、要点をしぼってお話します。
まず科学。科学はとても大切です」
校長がそう話し始めると、エイチェル達の後ろから、ため息が聞こえてきた。
「俺達は魔法を習いに入学したんだぜ、科学みたいにダセー科目は科学界のやつらにやらせておけばいいのにさ、なぁ? そう思うだろ?」
息を潜めた小さな声だったが、すぐ前の円盤にいたエイチェルにははっきりと聞こえた。
北半球上級魔法学校が、魔法だけでなく科学を重んじていることは有名なはずだ。難関入試を突破して入学しておいて、何を言っているんだ。むっとして振り返ったエイチェルは、今度は驚いて椅子から落ちそうになった。
「マーティン・ニルズ君、愚かな発言には気をつけなさい」
そう言いながら、そこには校長が立っていた。
いつの間に。
隣のラスターは完全に椅子から転げ落ちている。
聞こえていたのか、あの距離で。
ということは、先ほどエイチェルが「年齢設定が違う」と言ったあと、目が合って微笑まれた気がしたのは、きっと気のせいではなかったのだ。
「す・・・ すんません」
マーティンと呼ばれたその男子学生も突然のことに驚いた様子で、すぐに謝った。しかし、心の中では納得していないような、何とも言えない顔をしているようにエイチェルには見えた。
「マーティン君、君は、魔法歴史学を特によく学びなさい。この世界の生い立ちから、順番に、ね。」
校長の声色はあくまでも穏やか。幼さを感じる顔つきに微笑みさえも浮かべているが、「この人には、世界の理がひっくり返っても敵わない」と、そう思えてしまう凄味があった。例えば捕食者と対峙してしまった獲物は、こんな気持ちなのだろうか。
「さて」
壇上の方から校長の声がした、と思ったら、もうその瞬間、校長は壇上にいるのである。
翻弄された学生達が、キョロキョロしながらざわめいているのを、ちょっと嬉しそうに見ている。
「ほっほっほっ。やっとるやっとる」
下の方で、おじいちゃん先生が笑っていた。
「科学の話に戻りましょう。科学界に住む人間と、私達、魔法界に住む人間は、同種です」
ステラ校長は、再び話しはじめる。
「科学界にいる人間に、加えて新たに魔力というエネルギーを操る力を持っているのが、私達魔法使いであり、全くの別物ではないのです。ですから、ヒトという生物として基本となる部分、つまり、科学に基づいた法則や性質を無視していては、真の意味での魔法の上達はありえません」
ここで校長は、一瞬こちらを見た。
「確かに、魔力という私達だけに与えられた能力に誇りを持つことは悪いことではないし、それを特に極めたいと思う気持ちは分かります。だけれども、魔法にばかり気を取られていると、魔法がなくてもできるはずのことに気がつかなかったり、根本的で愚かなミスを犯しやすいものです。
多くの中級学校では、あまり熱心に科学を教えることはないようですから、戸惑う方もいるでしょう。でも私は、科学と魔法の関係は凄く大切なことだと思っているのです」
たぶん校長は、エイチェル達ではなく、すぐ後ろにいるマーティンを見たのだと思う。軽くため息が聞こえたが、もう文句は聞こえて来なかった。
瞬間的に移動するというのは、転送駅に利用される魔法技術であり、魔法界の人間であれば、日常の移動手段として恩恵を受けているものである。ただ、これを個人でやる者はほとんどいない。というより、できないのだ。それを目の前で簡単にやってのける。魔法を極めたそんな人に言われたならば、科学は大切なのだと認めざるを得ないのが普通だ。
「もし魔法が無かったらどうなるんだろう。時々はそうやって一歩引いて考えてみることをおすすめします。きっと、優秀なあなたたちの研究生活に、素敵なひらめきを与えてくれるでしょう。
あともう1点だけ、お話させてください」
ステラ校長は、壇上をゆっくりと歩きながら、学生一人一人を見つめながら話す。
「きっと、学生生活の過程では、いくつもの魅力的な研究テーマに出会うと思います。それに違法性が無いかどうか、振り返る時間を持って欲しいのです。
世の中はまだまだ分からないことだらけ。違法なものに手を出さなくとも、魅力的な研究テーマというものは無限に転がっているし、あなたたちに解明されるのを待っています。
私達教員は、全力でサポートするつもりでここにいますから、共に! 世界の謎に挑んでいきましょう!!」
スカートの裾を持ち、ぺこりとお辞儀をするステラ校長。
パチ、パチ、パチ、
誰かが手を叩き始めると、それが波のように広がり、割れるような拍手になった。
「ありがとう。では、新入生の宣誓にうつります。セリアル・フロストルイスさん」
「は、はい!」
慌ててセリアルが返事をして立ち上がる。
「そしてスペリオルネス・アルヴァンズさん」
「はい」
少し離れた席から、男子学生の返事が聞こえた。
「どうぞ、壇上へ」
校長がまた、いつの間にか手にした金色の杖を振ると、ハチミツが2列になって吹き出し、1本はセリアル達のいる円盤まで伸びてきた。トロトロと液状に揺らいで見えるが、乗っても大丈夫なのだろうか。大丈夫じゃなくちゃ、困るのだけど。
甘いにおいが鼻先をくすぐる。
ハチミツの橋に足をかけたセリアルに、エイチェルは小さく「行ってらっしゃい」と声をかけた。
新入生全員が、今はセリアルともう一人の背中を見ている。こういう時は、普段は気にしていない自分の歩き方が、妙に気になってくるものだ。セリアルはとにかく、おどおど見えないように背筋を伸ばして歩いた。
ハチミツのランウェイは、足を置くとほんのりと沈むが、不思議と安定感があり、怖さはなかった。
セリアル達が壇上へ向かう間に、壇上には、ステージ裾から現れた先生達でいっぱいになっていた。
注がれる視線が益々増える。
壇上に着いた。
役目を終えたハチミツのランウェイは、するするととろけて消えていった。
先にセリフを言うことになっているのはセリアルだ。
「新入生、起立!」
皆が立ち上がる気配を、背中で感じる。
「私達新入生は、様々な地域から、縁あってこの北半球上級魔法学校にやってきました。
北半球上級魔法学校の学生として、大きな期待と責任がかかっていることを忘れず、友と支え合い、最高の指導をしてくださる先生たちの教えを最大限に活かし、ここで過ごす5年間が、私達の人生の、そして社会の宝となるように、成長し続けることをここに誓います」
セリアルが目配せすると、次はスペリオルネスと呼ばれた男子学生の番。
背はセリアルと同じくらい。長めの黒髪をゆるくまとめていて、穏やかそうな顔をした、エルフ耳の男の子だ。
「私達新入生は、北半球上級魔法学校の学生として恥じることのないよう、矜持と自覚を持ち、勉学に一切の努力を惜しまず、先生方、そして先輩方が築いてこられた伝統を守ります。目指す自分になるために、目標を定め、魔法界を更に発展させていくことを、ここに誓います」
「新入生代表、セリアル・フロストルイス」
「スペリオルネス・アルヴァンズ」
2人の宣誓が終わると、ステラ校長が先陣を切って拍手をしてくれた。
「ありがとう!! 新入生のみなさん、今の気持ちを忘れずに、最高に輝く学生生活を過ごしてください!」
他の先生達も、にこやかに拍手で答えてくれる。
戻るタイミングをうかがって、というか、どう戻ればいいのか分からず、セリアルがキョロキョロしていると、ステラ校長が引き留めた。
「まだ戻らないでね。集合写真を撮りますから。フィービー先生、よろしくお願いします」
「まっかせて! はい、じゃあ先生達は、円盤に乗って乗って~!! 」
褐色の肌に淡いブロンドのフィービー先生は、確か魔法動物学教室の先生だ。まだ30代と若い女性だが、面白い研究をバリバリやっていると、エイチェルは雑誌で読んだことがある。思わず身を乗り出すと、ラスターに肩を掴まれた。
「落ちるって!」
「あ、ありがとう」
校長と目が合った気がした。
後でわかったことなのだが、実は、この円盤には安全装置が付いていて落ちないようになっている。でも新入生はそんなこと知らないので、みんな妙に恐る恐る席についているのだった。そんな初々しい様子を見るのも、ステラ校長の密かな楽しみだったりする。
フィービー先生がカメラを覗きながら、被ってしまう人がいないかチェックし、必要に応じておじいちゃん先生が円盤の位置を動かしている。
壇上の中央にはステラ校長、その両隣にセリアルとスペリオルネスが立ち、背景目一杯に新入生と教員が並ぶ構図だ。
「ヨシヨシ・・・ ヨーシヨシ・・・」
いい感じに決まったらしく、フィービー先生はおじいちゃん先生と一緒に円盤に乗り、空けてあった位置に収まった。
フィービー先生が、バッ と手を挙げて叫ぶ。
「はいはい皆さん! 1枚目は真面目なやつね。3、2、1!!!」
カシッ
フィービー先生が手元のモビリンで確認している。早速画像データが転送されているのだ。
「あ~ ダメ!! ダメね、もう、もう、3人も目を瞑った人がいるっ!!」
クスクスと笑いが起こる。
もう一度、フィービー先生の掛け声のあと、「真面目なやつ」を撮った。
「じゃあ次は弾けたやつ、行きますよ! 笑って笑って! 弾けて弾けて!!」
ステラ校長が、突然セリアルとスペリオルネスの首に腕を回し、肩を組んだ。かなりびっくりしたが、校長がすごく嬉しそうな笑顔なのを見て、自然とセリアルの顔もほころぶ。校長はセリアルよりも、頭1つぶんくらい背が低い。ウキウキしたその姿は、本当に、まるで少女なのだった。照明が当たって、校長の六角形のメガネがキラリと光った。
「は、弾けてって、何すればいいの?!」
「わからん! どうしよう!」
オロオロするエイチェルとラスターに、無情のカウントダウンが始まる。
「3、2、1!!!」
カシッ
*
セレモニーが終わり、プレートが床まで降りていく。壇上にいる2人のために、校長がハチミツの階段を作ってくれた。
礼を言って階段を降りる途中、せっかくの機会だから、黒髪でエルフ耳の彼にセリアルから話しかけてみる。
「えっと、スペリオ・・・る・・・ 」
「長いから、スペルでいいですよ」
「あ、うん、スペル君、これからよろしくね」
「・・・ええ、よろしくお願いします。あなたには負けませんから」
穏やかな声だが、そっけない感じでそう言うと、スペルはさっさと階段を降りて行ってしまった。
「ええぇ・・・」
入試の順位は、おそらく彼が2番。いきなりライバル視されているみたい。一気に気が重くなってしまったセリアルだった。
*
出口ではフィービー先生がカメラに次々に紙をぶちこんでいた。学生がカメラの前に来ると、自動的にその学生が写っているものを紙に転写して、カメラが吐き出して渡してくれる。いつの間に撮っていたのか気がつかなかったが、セレモニー中の写真も結構あるようで、集合写真と合わせて1人あたり5枚くらい渡されている。
「ぷっ、ちょっと、何でこのタイミング、うはは」
渡された写真を見て、エイチェルが笑い出す。
写っていたのは、背後に突然ステラ校長が現れて、びっくりしているエイチェルと、椅子から転げ落ちたラスターだった。ちなみにセリアルは、普通に冷静な顔をして写っている。
「撮られてたのかよそれ! いやだって本当にびっくりしたんだよ、その時はさ・・・」
恥ずかしそうにラスターがうなだれる。
「あっ セリアル! お疲れ様~!」
壇上に出たぶん、他の学生より少し多い写真を受け取っているセリアルに、エイチェルが駆け寄った。
「あ、エイチェル~! めちゃくちゃ緊張したよぉ~」
屈託の無いエイチェルの笑顔を見て、急に安堵感が押し寄せ、思わずセリアルは弱音を吐く。
「そうなの?! ハチミツの橋を歩く姿も、しゃんとして綺麗だったし、宣誓もはっきりしっかり、とっても良かったよ!!」
「あ・・・相変わらず褒めすぎ! 本当は噛みそうで危なかったんだから!!」
「でも噛まなかったんでしょ? すごいぞ! えらいぞ!!」
「へへ・・・ ありがと・・・」
アンバー・ハニカム大講堂を出ると、もう太陽がずいぶん昇っていた。
「おい、ラスター!」
「あ、ようチャーリー! どこ座ってたんだよ!」
入学手続きの時に知り合った同級生が、ラスターに声をかけてきた。お昼ご飯に誘われている。
「じゃあ、エイチェル、セリアル、またな!」
「うん、また授業とかで、よろしくね!」
手を振って別れる。
ぽかぽかと日差しは暑いくらいだが、風が吹くと、柔らかく涼しい。
「エイチェル、お昼一緒に食べようよ」
「もちろん! いい天気だし、お外で食べたいな」
「いいね、確か学食にテラス席があったはずだよ」
「はぁい、いいですね~ そこにしようね~ ね~」
エイチェルが、おじいちゃん先生の口調を真似た。セリアルが吹き出し、笑い合いながら歩き出した。