【第7話】初登校はホウキに乗って
8時半。約束の時間だ。セリアルは玄関のドアを開けた。
「改めまして、おはよーございます!」
元気よくエイチェルが声をかけてくる。右手にはホウキを持って、仁王立ちしていた。
ホウキの柄は艶のあるワイン色で、黄緑色の彫り模様が入っている。穂の部分は淡いピンクのグラデーションだ。
「おはよう! あれ、ホウキ乗ってくの?」
周りを見渡すと、ホウキや絨毯に乗っている学生と、徒歩の学生、半々といったところか。
しかし、セリアルとエイチェルの家は学校に近い。のんびり歩いても10分かからない距離だ。
「あっ、歩いてももちろん間に合うし、歩きでもいいよ。
ただ、ホウキ通学の人たち見てたら、なんとなく… 上から眺めてみたくて。」
歩きのつもりだったセリアルに合わせようと、エイチェルがそわそわとホウキを縮めている。
「あ、なるほどね! 言われてみれば初登校、私も上から眺めてみたいな」
「ほんとに?!」
ホウキを縮める手を止めて、エイチェルが顔を上げる。セリアルは、腰から下げた圧縮ポシェットから、手のひらサイズの携帯フォルムになっているホウキを取り出した。
セリアルのホウキは、紺色の柄に白い穂だ。柄の先端と、柄と穂との繋ぎ目部分には、金色の飾り金具が付いている。
「よし、行きますか!」
「ほい! しゅっぱーつ!」
ホウキに乗って、二人は地面を蹴った。
*
「あぁ~ 良い気候だな今日は!」
風を受けながらセリアルが言う。まだ朝だから肌寒さはあるが、今日は「三寒四温」の「温」の日だ。もう少し日が昇ればぽかぽかの陽気になるだろう。
早朝に見えていた上空の筋雲とは別に、ぽつらぽつらとちぎれた雲がいくつか流れている。
「正直、徒歩はちょっと心配だったんだよね。ほら、私、すぐ気が散るから、辿り着けなくなりそうで」
エイチェルがそう話すのを聞いて、家選びをした時に、早々に道端のシリカアリに気を取られて、脱線していたことをセリアルは思い返していた。
「確かに、言えてる」
「でしょ?」
笑うエイチェルの長い髪が、風にたなびく。
二人はそのまま、通学の学生達が多くいる高さよりも上まで上った。
「おぉ~ 上から見てもカラフルだね!」
「ね! 虹が学校を囲んでるみたい!」
学校の敷地を中央にして、それを取り囲むように学生の家が立ち並ぶ。
家選びでステラ校長が見せた地図は、赤、青、黄、緑の4色に塗りわけられていて、それもカラフルだったが、実物の方が更に彩り豊かである。ところどころ、緑地や公園もあるようだ。
学校都市の外にもいくらか集落や店があり、学校の演習林等も用意されている。
南側に見えるのは、転送駅の「北半球上級魔法学校前駅」である。かつて「鉄道」が利用されていた頃の名残の線路が駅の近くに見えるが、それ以外は豊かな森に覆われていて、まだ芽吹ききっていない落葉広葉樹たちの色は淡い。
西から北にかけては、山頂にまだ雪の残るメルメリア山脈が続いているのが見える。多数の鍾乳洞が地下で繋がり、大洞窟になっていることで有名な山脈だ。
「ねぇセリアル、一緒に写真撮ろうよ!」
「いいね、よろしく!」
エイチェルが自分のモビリンを飛ばして、撮影を指示する。
「ハイハイ笑って~!」
プゥワン!
シャッター音を聞くなり、セリアルが吹き出す。
「…なんか気の抜けたシャッター音だねソレ」
「いいでしょホンワカして!」
プゥワン!
エイチェルのモビリンが気を利かせて、自然な笑顔の二人に向かってもう一度シャッターを切った。
空と、山と、学校と。
これが、わたしたちの母校の景色。
二人はしばし目に焼き付けると、正門へと降りて行った。
*
目の前で、一瞬にして起こった突然の惨状に、セリアルは頭をかかえていた。
悪気が無いのは分かるのだが、どうして、こんなに気が散りやすい子が、ギリギリとはいえ成績上位者に入れていたのか。なんというか、純粋に疑問である。
時はほんのちょっと前に遡る。
正門に降り立つと、1頭の蝶が飛んでいた。
「あ! ツマキチョウですよセリアルど…っ」
セリアルの名前に殿を付けかけてから、ぐっとこらえているのを見て、セリアルはちょっと笑ってしまった。
「ツマキチョウはね、科学界にも同じ種類がいるらしいんだよ。模様はちょっと違うらしいのだけど、科学界でも春に発生するんだって!」
いやぁ、春ですなぁ… なんて言いながら、ホウキをしまうのも忘れてフラフラしてしまう。
「あっ ちょっとエイチェル、あぶないよ!」
目の前の小さな段差にセリアルが気づいたが、もう遅かった。
エイチェルは思い切り蹴躓いた。
しかも、前を歩いていた男子学生の左の脇腹に、よろけたエイチェルの肘がクリーンヒットした。
「イ゛ッ!!!」
「びゃっ ごめんなさい!!」
慌ててエイチェルが男子学生に謝ったが、まだ追い討ちの攻撃が待っていた。
こけた時に無意識に放り投げたエイチェルのホウキが逆さまに落ちてきて、男子学生の右肩に直撃したのだ。
「うグッッ!!!!」
うめき声を上げて、男子学生は倒れ込んでしまった。
呆然とするセリアルとエイチェル。
少しの間のあと、ヤバい! って顔をしながらエイチェルが青ざめていたのは一瞬で、次の瞬間、しゃがみこんで男子学生の手首をつかんだ。
「うん、脈はある…」
「いやそこは大丈夫か声かけるのが先じゃないの?!」
全く同じ突っ込みをセリアルがしそうになっていたが、先にそのセリフを言ったのは、ガバッと起き上がった男子学生の方だった。
「めっっっちゃ痛かったんだけど、何?! 俺今何されたの?!」
状況が飲み込めないのも無理はない。右手で左の脇腹を、左手で右肩をさすりながら、エイチェルとセリアルに苛立ちをぶつけてくる。
正直セリアルは、何も悪いことはしていない。ただ、男子学生は何が起きたのかよく分からないものだから、とりあえず自分の方を見ている2人に対して、といった感じだ。
かくかくしかじか。エイチェルが説明し始めると、最初はとにかく怪訝な顔をしていた。しかし、エイチェルが正直に素直に、一所懸命謝るので、怒り続けてもいられなくなったようだ。
「まぁ・・・ うん・・・ もうちょっと周り見て歩いてくださいよ・・・」
「はい、気をつけます・・・ できるだけ・・・」
できるだけ、ね・・・。苦笑いでエイチェルをたしなめながら、男子学生は、その青色に偏光する金髪、いや、金色に偏光する青髪にも見えるが、その頭をぽりぽりと掻いた。
その髪の色に、セリアルは見覚えがあった。
「あれ、もしかして、合格発表の時、ホールAにいた・・・?」
「ん? あ、あ! あのときの二人組? じゃあ俺たち同級生か!」
「ひぇ~ あのとき気さくに声かけていただいたのに、ごめんねほんとに~」
合格発表の日、Bホールで校長の話を聞いた後、隣のAホールでぼけっとしていた2人(主にエイチェル)に、受付はあっちだと親切に声をかけてくれた、あの彼だった。
同級生と分かると、妙な親近感がわくもので、軽く自己紹介をする。男子学生の名前は、ラスター・アステルパルクと言った。
「ま、とりあえず、もう行こうぜ」
「あっ 今何時?」
エイチェルのそのセリフは、この1時間の間に既に2回目である。
「8時45分。まだ間に合う間に合う」
エイチェル、セリアル、ラスターの3人の目的地は「アンバー・ハニカム大講堂」。
これから、入学のオリエンテーションが待っている。




