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だからあなたは愛せない  作者: 篠月珪霞


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5

顔合わせの日が来た。

昨夜はなかなか眠れず、何度も寝返りを打って、気付けば朝になっていた。

緊張、しているのだろうか。

──もう逢うことのないと思っていたひとと、思いもよらなかった形で再会することに。



場所は、北のガゼボにした。わたしの目的を遂行するには、室内より都合がよかったから。

マテウスは既に到着しているという。

薔薇が咲き誇る南でもなく、噴水などの人工物を効果的に見せている東でもなく、広く見渡せる庭に建てられている、北のガゼボ。

侍女たちには、控えめに南の方がいいのではと言われたが、これでいいのだ。

婚約者との初顔合わせという、本来なら心浮き立つ状況なのかもしれないが、そんな情緒は必要ない。

ないはずだったのに。


「お初にお目にかかります。リンドロート侯爵家が嫡子、マテウスと申します。王女殿下に拝謁叶いましたこと、光栄に存じます」


記憶にある、アッシュブロンドと深い青の目。

当たり前だが、最後に見たときより幼い姿。

落ち着いた、如才ない挨拶。


「…王女殿下?」


訝し気に見られるが、言葉が出てこない。

挨拶を返さなくてはいけないと、分かっているのに。

様々な感情が渦巻いて、込み上げてきた涙を堪えるのに必死で。場を取り繕うことさえできなくて。

モニカが機転を利かせて席まで誘導してくれなかったら、きっとわたしはこの場で泣き崩れていた。




「失礼いたしました。改めて、第一王女、ヨセフィーナ=ハーグルンドです」


席に着き、非礼を詫びる。

マテウスから見れば、挨拶も返さず惚けていた無礼な王女と映っただろう。彼の秀麗な容貌に見惚れる者は多かったから、戸惑うことはないかもしれないが。


「いいえ。体調がお悪いなどでしたら、日を改めます」

「そういうわけではないのです。その…」

「何でしょうか?」

「とても素敵な方が婚約者なのだな、とつい見惚れてしまって…」


はにかむように頬を染めると、ありがとうございます、と事務的な返事が返ってきた。

そういう反応になることは予想していたので、苦笑する。

侍女たちの微笑ましそうに見る視線を感じるので、うまく話は運びそうだ。


「ごめんなさい、そういうことだから、令息と2人きりで話したいの。あなたたちは、少し離れた位置まで下がってくれるかしら?」

「ですが、王女殿下…」

「話を聞かれると恥ずかしいし…駄目?」


付いてきていた、モニカを始めとした数名の侍女と護衛に願うと、仕方なさそうに頷いて従ってくれた。

心配なのは王家の影がわたしについていたら、ということくらいだが、このガゼボでは身を隠す場所はおそらくない。

加えて、対策も考えてはある。


「それでは、何かありましたらお声がけください」


そう言って、皆が下がる。とはいえ、こちらの様子が窺えるくらい位置だ。

十分に距離を取ったと思われるところで、最小限の範囲で魔法を展開した。


「! これは、防音魔法ですか?」


マテウスが驚きの声を上げる。

そう、この1年、いくつかの魔法の腕を磨いてきた。

防音魔法もそのひとつ。

発動させたのは、ガゼボに設置してあるテーブル中心に数メートル程度だが、実は相当広範囲でも可能になっている。


「しかも、無詠唱でしたよね。何か、私に…いえ、誰かに聞かれると不都合なお話でもあるのでしょうか?」


さすが察しがいい。神童と謳われただけはある。


「リンドロート侯爵令息」


わたしの声音に、先ほどまでの恋に浮かれるような響きはない。

単純な、婚約者同士の交流だとかそういうものではないことを、マテウスも理解したのだろう。

話を聞く姿勢が目に見えて変わった。


「率直に申し上げましょう。わたしは、協力者がほしいのです」

「協力者、ですか」

「ええ。…令息は、この国の現状をどうお考えですか?」

「……」


その沈黙と反応で、やはりこの婚約が宰相の指示であったことを確信した。

元は王家からの打診であったかもしれないが、引く手数多で、他に婚約の話が出ていた彼が受ける理由などないのだから。


「わたしは、この国を救いたい」


この国を。この国の民を。…ひいては、あなたを。

何の因果でもう一度機会を与えられたかは、分からない。

けれど。

あの襲撃は、わたしの家族の死と無関係ではなかった。

あなたは、好んで自分の手を汚したわけではなかったのに。


「力を、貸していただけませんか?」


真剣に考えこむのを見るに、意味は伝わったはずだ。

どちらにせよ、いつからなのかは測りかねるが、計画はあったのだろうと思う。


「…持ち帰ってのお返事でも、よろしいでしょうか」

「もちろん」

「次の交流の時でも?」

「ええ。前向きに検討してくださると嬉しいわ」


そうは言うが、勝率は高いと思っている。

彼らにとっても、協力者は1人でも多い方がいいはずだ。わたしが、足を引っ張るような人間でないと判断されればの話だが。


「婚約も、大体7年くらいを目途として、」

「お待ちください」


解消前提で話を進めようとすると、何故か遮られた。

疑問符を浮かべながら、彼の言葉を促すと、何やら言い淀んでいる。


「…王女殿下に、婚約継続の意思はないということですか? 私に何か不服が?」

「いえ、あなたに何か不満があるわけではないのだけれど」

「それでは、何故でしょう」


こちらが何故と問いたい。

むしろ望まぬ相手と添い遂げなくて済むのだから、願ったり叶ったりでは?

ああ、後の国政の心配だろうか。


「令息には、婚約予定の方がいらっしゃったのでしょう? それを王家が割り込んだと聞いています」

「………確かに、そのようなお話はありました」

「ですので、国が安定したら、お好きな相手と結ばれるのがよろしいかと」

「……」


? それほど複雑な顔をされることなのだろうか?


「王女殿下は……それでよろしいのですか」


もしかして、誰かに何か言われたのだろうか。

わたしが、令息に想いを寄せて婚約をねだったとか?

過去では実際、学園時代には陰で言われていたようだし。

なるほど。わたしを気遣ってくれたのか。

そういうことであれば。


「大丈夫です。わたしにも……想う相手がおりますので」

「っ」


もうずっと、忘れられないひと。

戻ってきても尚、想いを消すことはできなかったひと。

目の前の彼であって、彼ではないひと。


「この婚約は、契約と思っていただき、時期がくれば解消するということで、ご了承いただけますね?」

「……かしこまりました」


あなたを今でも、愛している。

あなたの幸せを願っている。



──だから、あなたは愛せない。





BGM:No way to say(浜崎あ●み)

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― 新着の感想 ―
泣き喚く前に、続きが始まりました。 ありがとうございます(笑) マテウスがヨセルフィーナを信用してくれますように…
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