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顔合わせの日が来た。
昨夜はなかなか眠れず、何度も寝返りを打って、気付けば朝になっていた。
緊張、しているのだろうか。
──もう逢うことのないと思っていたひとと、思いもよらなかった形で再会することに。
場所は、北のガゼボにした。わたしの目的を遂行するには、室内より都合がよかったから。
マテウスは既に到着しているという。
薔薇が咲き誇る南でもなく、噴水などの人工物を効果的に見せている東でもなく、広く見渡せる庭に建てられている、北のガゼボ。
侍女たちには、控えめに南の方がいいのではと言われたが、これでいいのだ。
婚約者との初顔合わせという、本来なら心浮き立つ状況なのかもしれないが、そんな情緒は必要ない。
ないはずだったのに。
「お初にお目にかかります。リンドロート侯爵家が嫡子、マテウスと申します。王女殿下に拝謁叶いましたこと、光栄に存じます」
記憶にある、アッシュブロンドと深い青の目。
当たり前だが、最後に見たときより幼い姿。
落ち着いた、如才ない挨拶。
「…王女殿下?」
訝し気に見られるが、言葉が出てこない。
挨拶を返さなくてはいけないと、分かっているのに。
様々な感情が渦巻いて、込み上げてきた涙を堪えるのに必死で。場を取り繕うことさえできなくて。
モニカが機転を利かせて席まで誘導してくれなかったら、きっとわたしはこの場で泣き崩れていた。
「失礼いたしました。改めて、第一王女、ヨセフィーナ=ハーグルンドです」
席に着き、非礼を詫びる。
マテウスから見れば、挨拶も返さず惚けていた無礼な王女と映っただろう。彼の秀麗な容貌に見惚れる者は多かったから、戸惑うことはないかもしれないが。
「いいえ。体調がお悪いなどでしたら、日を改めます」
「そういうわけではないのです。その…」
「何でしょうか?」
「とても素敵な方が婚約者なのだな、とつい見惚れてしまって…」
はにかむように頬を染めると、ありがとうございます、と事務的な返事が返ってきた。
そういう反応になることは予想していたので、苦笑する。
侍女たちの微笑ましそうに見る視線を感じるので、うまく話は運びそうだ。
「ごめんなさい、そういうことだから、令息と2人きりで話したいの。あなたたちは、少し離れた位置まで下がってくれるかしら?」
「ですが、王女殿下…」
「話を聞かれると恥ずかしいし…駄目?」
付いてきていた、モニカを始めとした数名の侍女と護衛に願うと、仕方なさそうに頷いて従ってくれた。
心配なのは王家の影がわたしについていたら、ということくらいだが、このガゼボでは身を隠す場所はおそらくない。
加えて、対策も考えてはある。
「それでは、何かありましたらお声がけください」
そう言って、皆が下がる。とはいえ、こちらの様子が窺えるくらい位置だ。
十分に距離を取ったと思われるところで、最小限の範囲で魔法を展開した。
「! これは、防音魔法ですか?」
マテウスが驚きの声を上げる。
そう、この1年、いくつかの魔法の腕を磨いてきた。
防音魔法もそのひとつ。
発動させたのは、ガゼボに設置してあるテーブル中心に数メートル程度だが、実は相当広範囲でも可能になっている。
「しかも、無詠唱でしたよね。何か、私に…いえ、誰かに聞かれると不都合なお話でもあるのでしょうか?」
さすが察しがいい。神童と謳われただけはある。
「リンドロート侯爵令息」
わたしの声音に、先ほどまでの恋に浮かれるような響きはない。
単純な、婚約者同士の交流だとかそういうものではないことを、マテウスも理解したのだろう。
話を聞く姿勢が目に見えて変わった。
「率直に申し上げましょう。わたしは、協力者がほしいのです」
「協力者、ですか」
「ええ。…令息は、この国の現状をどうお考えですか?」
「……」
その沈黙と反応で、やはりこの婚約が宰相の指示であったことを確信した。
元は王家からの打診であったかもしれないが、引く手数多で、他に婚約の話が出ていた彼が受ける理由などないのだから。
「わたしは、この国を救いたい」
この国を。この国の民を。…ひいては、あなたを。
何の因果でもう一度機会を与えられたかは、分からない。
けれど。
あの襲撃は、わたしの家族の死と無関係ではなかった。
あなたは、好んで自分の手を汚したわけではなかったのに。
「力を、貸していただけませんか?」
真剣に考えこむのを見るに、意味は伝わったはずだ。
どちらにせよ、いつからなのかは測りかねるが、計画はあったのだろうと思う。
「…持ち帰ってのお返事でも、よろしいでしょうか」
「もちろん」
「次の交流の時でも?」
「ええ。前向きに検討してくださると嬉しいわ」
そうは言うが、勝率は高いと思っている。
彼らにとっても、協力者は1人でも多い方がいいはずだ。わたしが、足を引っ張るような人間でないと判断されればの話だが。
「婚約も、大体7年くらいを目途として、」
「お待ちください」
解消前提で話を進めようとすると、何故か遮られた。
疑問符を浮かべながら、彼の言葉を促すと、何やら言い淀んでいる。
「…王女殿下に、婚約継続の意思はないということですか? 私に何か不服が?」
「いえ、あなたに何か不満があるわけではないのだけれど」
「それでは、何故でしょう」
こちらが何故と問いたい。
むしろ望まぬ相手と添い遂げなくて済むのだから、願ったり叶ったりでは?
ああ、後の国政の心配だろうか。
「令息には、婚約予定の方がいらっしゃったのでしょう? それを王家が割り込んだと聞いています」
「………確かに、そのようなお話はありました」
「ですので、国が安定したら、お好きな相手と結ばれるのがよろしいかと」
「……」
? それほど複雑な顔をされることなのだろうか?
「王女殿下は……それでよろしいのですか」
もしかして、誰かに何か言われたのだろうか。
わたしが、令息に想いを寄せて婚約をねだったとか?
過去では実際、学園時代には陰で言われていたようだし。
なるほど。わたしを気遣ってくれたのか。
そういうことであれば。
「大丈夫です。わたしにも……想う相手がおりますので」
「っ」
もうずっと、忘れられないひと。
戻ってきても尚、想いを消すことはできなかったひと。
目の前の彼であって、彼ではないひと。
「この婚約は、契約と思っていただき、時期がくれば解消するということで、ご了承いただけますね?」
「……かしこまりました」
あなたを今でも、愛している。
あなたの幸せを願っている。
──だから、あなたは愛せない。
BGM:No way to say(浜崎あ●み)




