3
どんな経緯があったとしても、どんな力が働いたとしても、やり直す機会をもらったことには違いない。
ヨセフィーナは頭を軽く振って、回想を振り切った。
まずは状況確認である。
侍女が起こしに来るまで、あと2時間ほど。少し頭の中を整理しようと、机に向かう。紙とペンを取り出し、思いついた順に書き連ねていく。
政治から遠ざけられていたとはいえ、大きな災害や事故は覚えているはず。
「……」
今、自然に、政治から遠ざけられていたと浮かんだ。改めて思い返すと、わたしの前では災害対策や貴族の勢力図などの話になると、それとなく話題を変えられていたのは気のせいではない。
父も、母も、兄も。周囲の人間さえ、そんなことは考えなくていいとばかりに、あれは他の意図もあったのだろうか。
この国では、長子、男性優位とはいえ、女性が王位に就くことは可能だ。現王家の場合、兄が国を治めるのに著しく資質に欠けるなどの理由が必要ではあるが。
それにしても、王族教育もろくにされていなかった気がする。マナーと語学は厳しく教育されていたが、教養や知識面に関しては、深く掘り下げたものではなかった。
王位継承権はあるのに、埒外で、俎上に載せられる対象でもなかったということか。
知識も知恵も、教養も必要ないと、思われていたのだと。
本当に、お飾りの王女だったのだと今更ながらに気付いて、自嘲する。
しかしこのまま兄が国王となるのなら、確実に家族は殺されるだろう。前回と変わらず、民を、国を置き去りにするような政治をするのであればの話ではあるにしても。
わたしのように、前回の記憶があっても、変わることなど期待できるものではない。期待してはいけないのだ。過去の記憶という曖昧なもので、変わってくれるかもしれないなどと。そもそも、あるかどうかも分からない。
わたしは、家族に愛されてはいた。何も知らず、何も分からない、ただの愛玩動物のような役割を逸脱しなければ、これからもきっと。
だがそれでは駄目なのだ。
わたしも、家族を愛している。たとえ彼らが、意思のない人形としてのわたししか必要としていなくても。
確かに、愛されていたのだ。だから、どうすれば彼らを救うことができるのかを、考えなくては。
最も手っ取り早いのは、父の意識を変えることだ。政治自体を根本から変えること。民から搾取するばかりの政治を。
だがそれは、容易ではない。
貴族たちも手をこまねいていたわけではなく、たびたび諫言していた。それでも父は、変える必要性を感じていなかったからこそ、あの結末だったのだ。母も兄も同じく。
そして、今のわたしでは、意見を聞き入れられる以前に相手にすらしてもらえない。圧倒的に知識も経験も不足している。そんなわたしの言葉など、誰も耳を貸すはずがないだろう。身分が高いだけの小娘の戯言と片付けられるのが関の山だ。
一足飛びに何もかもは難しい。まず、わたしが知識と力を身につけなければ。
ただ、過去を鑑みるに、わたしが貴族社会や政治関係に立ち入ることは歓迎されていない。継承権の問題もあるかもしれないが、普段と違う動きをすれば、不審に思われ、却って行動を制限される可能性がある。口実は作れるが、うまくいくかは相手次第。
これから動くにあたって必要なのは、味方だ。できる限り、多くの。
理想は、王家にではなく、わたし個人、もしくはわたしの考えに同調、賛同してくれる味方。
まずは身近なところから、だろうか。
──わたしに付いている侍女は、現時点で常時5人。貴族が卒業を必須とされる学園は、15歳から17歳の2年間。その頃になると、7人になる。
侍女は年齢や家庭環境で入れ替わるものだが、モニカとラリサ、クララの3人は7年後もわたしに仕えていた侍女だ。
特にモニカとラリサは、革命軍に囲まれていたとき、自分の命も顧みず、わたしの助命嘆願をしていた。それだけではないが、最も信頼できる侍女たちと言っていいだろう。今はそこまでの信頼関係を築けていなくとも。彼女たちが付いたのは数年前だから、当然のことだ。
忠誠心はあるかもしれないが、信頼を築くには時間がかかる。信頼とは時間をかけて育てて、築くものだ。こちらは焦ってはいけない。
クララは仕事はできるが、信用できるかと言えば否と答える。彼女は、リンドロート侯爵家の手駒だと今では知っている。ある意味では、利用価値があるのでしばらく放置するつもりだ。
それよりも、かの侯爵家がどういった目的で、侍女を潜入させているかの方が問題である。
甘い考えかもしれないが、始めから王家を斃そうなどと計画していたとは思えない。代々、王家に宰相として仕えてきたのがリンドロート侯爵家だ。
王命が発令されたかどうかはともかく、婚約者として子息を送り込んできたのも、わたしを含めた様子見もあったのではないだろうか。
そうして、失望されたのだろう。この国を任せるに足る器ではないと判断されたのだろう。当時の惨状を実際に過去で見たわたしは、それを否定できるわけがない。自分たちの怠慢が招いた惨状を。
知らなかった、では済まない。
無知も罪なのだ。それを、実感した。せざるを得なかった。
…ふう、と息が漏れた。
自らの愚かさを振り返り、これから成すべきことを纏め、確認する。
今まで見ようとしていなかったことに目を向けるのは、視界が広がることなのだと。気付かせてくれたのは…。
「………」
脳裏をよぎった面影を、自分の意思で静かに消す。
覚書のような紙は、火魔法で燃やして暖炉へ抛った。とりとめもない内容だったが、痕跡は消しておいた方がいい。
時計を見ると、起床の時間にはまだ早い。
そろそろ寝台に戻って、いつも通りに振舞わねばならない。
異変を悟られず、誰にも気付かれず。
周囲を観察し、見極め、判断する。
最善を選び取るために。
──窓の外を見る。
うっすらと、明るくなってきた。カーテンを少し開けて外を眺める。ガラス越しに見えるのは、王都の街並み。
わたしは王族のひとりで、すべての国民の命を背負っている。そんな当たり前のことすら、気付きもしなかった過去の自分。
これから、変わらなければ。いや、変わるのだ。
権利ばかりを貪って、その自覚もなく、義務を怠っていたヨセフィーナは、あのとき死んだのだから。
この話で終わりにしたら、かの有名な「俺たちの戦いはこれからだ!」になるのでは…?!




