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万象の魔女、子育て奮闘中!~娘は全員マザコン、4人目は召喚獣付き~  作者: 浅沼まど
第5章【 赤ん坊がいると、全員おかしくなります 】

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第26話『笑うと出ます(フェニックスが)』

 穏やかな朝だった。


 ローテーション表のおかげで、花籠の館には束の間の秩序が戻っていた。朝の担当はカミリア。学院に行く前のわずかな時間、赤ん坊を抱いて過ごす。

 カミリアが赤ん坊を抱いている。赤ん坊がカミリアの顔を見上げている。カミリアが微笑む。赤ん坊も微笑む。

 穏やかだった。平和だった。光の玉も出ていない。


 リリアーナは台所で朝食の支度をしながら、その光景を窓越しに見ていた。

 かわいい。二人とも、かわいい。カミリアの外面は完全に消えていて、十八歳の女の子がただ赤ん坊に微笑んでいる。赤ん坊もそれに応えている。

 このまま永遠に続いてほしいと思った。


 カミリアが赤ん坊の鼻先を、ちょんっと指で触った。


 赤ん坊が——声を上げて笑った。


 きゃっきゃっ、という、高くて透き通った笑い声。今までの微笑みとは違う。声を出しての、全力の笑い。

 それは、この家に来て初めての——


 居間の空気が、爆発した。


 床に巨大な魔法陣が展開した。泣いた時の比ではない光量。回転する紋様が部屋全体を覆い、天井に届くほどの光柱が立ち上がる。

 光の中から、何かが出てきた。


 鳥だった。

 全身が炎のように赤い羽毛に覆われた、鳥。鷹ほどの大きさ。目が金色に輝いている。翼を広げると、居間の端から端まで届きそうだった。

 フェニックスの幼体。伝説の不死鳥の子供。図鑑にしか載っていない、本来は上級召喚士でも呼び出せない存在が——居間の真ん中に、いた。


 全員の反応は、それぞれだった。


 ダリアは朝食のパンを口にくわえたまま、剣を抜いた。パンが宙に舞った。


「お母様、下がってください!」


 カミリアは赤ん坊を抱いたまま固まった。魔法の防壁を張ろうとしたが、両腕が赤ん坊で塞がっている。赤ん坊を降ろしたら泣く。泣いたらさらに召喚される。

 詰んでいた。


「ママ、どうしよう——」


 マギーが工房から飛び出してきた。フェニックスの幼体を見て、目を輝かせた。


「聖なる炎! 御母上様の御前にふさわしい伝説の——」

「「ふさわしくない!!」」


 ダリアとカミリアが同時に叫んだ。


 フェニックスの幼体が翼を羽ばたかせた。熱風が居間に吹き荒れた。テーブルの上の食器がカタカタと揺れる。朝食のスープがこぼれそうになる。ダリアが剣で風を切って熱気を逸らしたが、フェニックスは鎮まらない。不死鳥の幼体は好奇心旺盛で、知らない場所に出てきたことに興奮しているらしかった。


 リリアーナが台所から出てきた。

 エプロンをつけたまま。右手にはお玉を持っている。朝食のスープをかき混ぜている途中だった。


「あらあら。元気な子ねぇ」


 穏やかだった。声も、表情も。嵐のような居間の中で、リリアーナだけが凪いでいた。


 お玉を置いた。エプロンで手を拭いた。

 カミリアのそばに歩いていって、赤ん坊を左腕で受け取った。赤ん坊はリリアーナの腕に収まった瞬間、笑い声をやめた。泣いてもいない。きょとんとした顔で母を見上げている。

 魔法陣の光が薄れ始めた。しかしフェニックスはまだいる。一度召喚されたものは、自然に消えるまで時間がかかる。


 リリアーナが右手を上げた。

 左腕に赤ん坊。右手に万象の魔法。


「万象よ、鎮まりなさい」


 穏やかな声だった。母親が子供に「静かにしなさい」と言う時と、同じ声。

 光が収束した。リリアーナの右手の指先に、透明な球体が生まれた。万象の魔法。あらゆる魔法体系を統べる力の、ほんの一振り。

 球体がフェニックスに向かって、ふわりと飛んだ。フェニックスの幼体が球体に触れた瞬間——暴れていた翼が止まり、金色の目が穏やかになり、体が光に包まれて、すうっと消えた。


 静寂。


 居間に残ったのは、散らばった食器と、こぼれかけたスープと、パンをくわえ損ねたダリアと、固まったカミリアと、目を輝かせたままのマギーと、赤ん坊を片手で抱いたリリアーナだった。


「……リリィ」


 いつの間にか、カレンが廊下に立っていた。花籠の館の近所に住む魔術師で、リリアーナの古い知り合いだ。いつものように顔を出しに来たらしい。手には土産の果物が入った袋。袋を持ったまま固まっている。


「今の、フェニックスでしたよね」

「フェニックスの幼体ね。かわいかったわねぇ」

「かわいいの問題じゃないんですけど」


 リリアーナは赤ん坊を見た。赤ん坊はきょとんとしている。何が起きたのかわかっていない。


 泣くと、魔獣が出る。

 眠ると、光の玉が漏れる。

 笑うと——フェニックスが出る。


「……この子、いつなら何も出ないの?」


 リリアーナの問いに、誰も答えられなかった。


 三条件が揃った。泣いても出る。寝ても出る。笑っても出る。

 花籠の館の日常が、また一段階カオスに踏み込んだ。

 世界最強の魔導師の朝食が、また冷めた。

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