第35話 ママとしてではなく女として
散った花びらも地面には既になく、すっかり葉桜となった近所の公園。
平日の日中なのに公園に子供連れはほとんどいない。
──ああ、そうか。この世界の女の人は、基本はシングル家庭だから、ほとんどの人は育児休業はせずに産後にすぐに働きに出るんだな。
そんな事を考えつつ、俺は砂場のふちに座り込む靴も履いていないで座り込んでいる綾乃を見て思った。
他の公園利用者がいたら、ちょっとした騒ぎになっていただろう。
「綾乃……」
「……なに? 清彦」
体育座りで顔を膝に埋めて顔を見せない綾乃に声をかける。
「お前は、もう俺の事はいいのか?」
「っ⁉ だって、こうするしかないじゃない! あの家に、メスとして負けた私の居場所なんて無いんだし!」
「負けた? そもそもこれは勝負ですらない。だって、仮に俺と理恵さんが結婚したとしても、別に俺と綾乃との関係がなくなる訳じゃない」
「ずっと好きだった男の子と自分の母親がイチャイチャしてる様を私に見せつけたいわけ……」
「そうじゃない。別に俺が理恵さんと結婚しようが、綾乃がノーチャンスな訳じゃないだろ」
「あ……」
綾乃も気づいたのか顔を上げる。
これこそが、この世界で俺が好き勝手にママ達に手を出そうと決意させた、最大要因だ。
この世界は一夫多妻制が可能。
そして、婚姻して義理の娘や母と結婚してはならないという規定もない。
ただ、俺にとって、綾乃はストライクゾーンの埒外だ。
今はまだ。
だが、今回の場合は、どう考えても今、理恵さんと綾乃が離れてしまうのは双方が不幸に陥る。
さきほど慶喜が言っていた、綾乃が男性殲滅テロ組織の首領になる未来は埒外に置くとして、この距離の取り方はダメだ。
ママに手を出す事が出来る奴は、ママの宝物である子供も背負える覚悟がある奴だけだ。
「それって……私も清彦のお嫁さんにしてくれるって事?」
一筋の希望を見た綾乃が、期待を込めた顔で俺を見つめる。
ここで、俺が首肯すれば上手く着地出来るのかもしれない。
だが、ここで俺の本心を伝えないのはフェアじゃない。
「正直、今は俺にとって綾乃はただの幼馴染だ。でも、未来は分からない。俺にも綾乃にとっても」
今の綾乃には希望が必要なんだ。
前に進むにせよ、諦めるにせよだ。
そのために、今俺が言える最大限のウソではない事実。
それをどう判断するかは綾乃次第だ。
自分にはウソをつきたくないとか言いながら、やっている事は我ながら本当にクソ野郎だ。
な~に。
ママに手を出しまくろうと思った時から、とうに俺は地獄行き確定なのだから。
一度死んだ俺には、閻魔様の有罪判決なんて怖くねぇんだよ。
「そう……やっぱり、そうなんだ。本当にママが大事なんだね清彦は……。ママのために娘の私にも希望を持たせるような事を言って」
「そうだ」
「そこはウソでも否定しときなさいよ!」
「俺はクソ野郎だけど、大事な人は大事だと言う」
「ママは、清彦とは一回り以上に歳が離れてるんだよ。きっと清彦より先に死ぬし」
「だからこそ、理恵さんと今生の別れが来た時に、綾乃と一緒に泣いて、一緒に理恵さんのことを懐かしみたいんだよ!」
「勝手だよそんなの……」
「ああ、これは俺のワガママだよ! 文句あるか!」
俺と綾乃の本音のぶつけ合いが、そろそろ、また公園のご近所さんから通報されかねない位のヒートアップをし始めた時。
「綾乃ちゃん……」
「ママ……」
「理恵さん……」
公園に、泣いて目を赤く腫らした理恵さんが立っていた。
後ろにいる、同行したであろう慶喜と目が合うと、肩をすくめて見せる。
どうやら、『自分の役目はここまでだぞ』と言いたいようだ。
「さっきはゴメンって謝ってゴメンね」
作家の癖に、理恵さんが日本語として微妙に意味をなしているか怪しい言葉を紡ぎ出した。
「何それママ。謝った事を謝るって……。ママはいっつも、そう! 私が他の女の子とケンカした時もペコペコ謝って」
「……そうだね。綾乃ちゃんの言う通りだね。私は謝るべきじゃなかった。貴女に言うべき言葉はこっちだった」
そう言って、理恵さんは覚悟を決めるようにス~ッと息を吸い込むと、娘を正面から見据える。
「私は一人の女として清彦君が好き」
それは、ママとしてではなく女としての宣言だった。
「……それ、私が清彦の事をずっと好きな事を分かった上での結論なんだよねママ?」
「うん。この気持ちにだけはウソをつきたくないの」
真っすぐに見つめ合う母と娘。
その目は、やはり親子だからか、とてもよく似ていた。
「……分かった。でも私も清彦の事を諦められない。だって、小さな頃からずっと好きだったんだもん」
「うん、それでイイよ。私が清彦君から捨てられて綾乃と一緒になったとしても、私は変わらず貴女のママだから……ね……」
「もう、ママ……。最後まで泣いちゃダメだよ」
娘が、泣くママを抱きしめる。
うむ、美しい光景だな。
っていうか。
「いや、勝手に俺が捨てる前提の話しないでよ理恵さん。俺はちゃんと責任は取るつもりで理恵さんに手を出したんだから」
人を、女をとっかえひっかえするクズ男みたいに言わないで欲しいな。
仮にも貴方の彼氏ですよ。
「そういえば、ママと清彦ってその……彼氏カノジョなんだよね?」
「ああ、そうだな」
「私も清彦のカノジョになりたい」
「え?」
ようやく親子の絆が戻ったと思ったら、何やら綾乃から要求が。
「ダメ? 私、学校では清彦の正妻気取りだから、もし自分のママに幼馴染をNTRたなんてバレたら学校に行けないもん。だからせめて、私もママと同格の立場でいたいの」
そ、それは……。
いや、でも母と娘ともどもカノジョにしてるって、この男女比1:99の貞操逆転世界でもどうなんだろうか?
そもそも、カノジョである理恵さんが。
「清彦君、私からもお願い、綾乃ちゃんもカノジョにしてあげて」
「えぇ……」
カノジョから、自分の娘も彼女にしてくれって懇願される会話って、この世に存在するんだぁ……。
今までママとはしゃいでたけど、この世界の歪さに触れて、悪寒が走った。
「ありがとうママ、大好き!」
「いいのよ綾乃」
いや、あの……。
俺、オーケーなんて言ってないんですけど……。
けど、抱き合って涙を流し合う母と娘という情景を前にして、ノーとは言えない空気であった。
「とりあえず良かったな大将」
今まで気配を消して壁になっていた慶喜が、ポンッと肩を叩いてきた。
これ、良かったのかな?




