第34話 これだからゲーム素人は
「ハァハァ……」
最近はサイクリング部の活動のために室内漕ぎで鍛えている心肺が悲鳴を上げ、乳酸が溜まり足を重くなる。
それらの痛苦を意に介さず、俺は少しでも早く辿り着かんと走る。
──よし。理恵さんの家が見えて。
「あああぁぁぁああああああ!」
「やめて綾乃ちゃん!」
ガシャンッ! パリンッ! という音が昼下がりの住宅街に響き渡り血の気が引く。
「理恵さん!」
そのまま俺は、早見家の玄関のドアノブに飛びつくが施錠されていたため、庭から割れた1階リビング扉から土足のまま家に上がる。
目の前に飛び込んできたのは、リビングの床にへたりこんでいる理恵さんと。
「ああああぁぁぁあぁあああ!」
無数のグラスと皿がウソみたいに宙を舞い、床や家具に当たって色んなものが飛び散っているウソみたいな光景だった。
「綾乃! 落ち着け!」
破壊の中心地である綾乃に、俺は決死のタックルを敢行する。
幸い、綾乃の付近には皿やガラスの破片などは落ちておらず、綾乃を引き倒す際にケガをさせずに済んだ。
「う……ぐっ……うわぁぁぁぁああああああん!!」
まるで小さな子供のように、綾乃が声を上げて俺の胸の中で泣き出してしまう。
その涙は絶えることなく、俺の制服の上着を濡らし続けた。
◇◇◇◆◇◇◇
「はい。ちょっとした親子喧嘩で。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「家庭内での親子喧嘩という事ですが、程々にしてくださいね。近所から通報も入ってますので」
玄関先で、理恵さんが通報を受けて駆け付けた警察官に謝っている声が壁越しに聴こえる。
俺は、綾乃が出て行って話がややこしくならないように綾乃を抑え込みながら、事の顛末をヒヤヒヤしながら窺う。
幸い、今の綾乃は落ち着いていて俺の腕に包まっている。
「じゃあ、ケガも無いようですし今回はこれで帰りますけど、続くようなら児相案件になってもっと大事になりますからね。気を付けてくださいね」
「は、はい……。ご迷惑をおかけしました」
理恵さんの謝罪の声の後に、玄関が閉まる音がする。
「フーーッ……」
張りつめていた空気が弛緩するように、俺は大きく息を吐きだした。
「お疲れ様、理恵さん」
「ありがと清彦くん」
何気ない2人の会話。
だが、腕の中にいて落ち着いていた綾乃はそれに過剰に反応した。
「本当に、2人は付き合ってるんだ……」
そう言って、綾乃が俺の胸の中から、俺を突き放すように離れる。
「……うん。俺は理恵さんと付き合ってる」
「そうなんだ……」
事、ここに至っては、余計な誤魔化しは無意味だという事で、俺は素直に認める。
どう答えても、今は綾乃を傷つけるのだから、せめて誠意くらいは込めたいという、こちら側のエゴだ。
「綾乃ちゃんゴメンね……」
「なんでママが謝るの……」
涙ぐみ理恵さんに、綾乃は苛立った声を上げる。
「それは……」
「あーあ……私って本当に間抜け。エリート共学校の月詠学園に入って、男の幼馴染がいて、すっかり買った気でいたのに、まさか、こんな風に身内に裏切られるなんて」
「──っ……」
娘の言葉のナイフが理恵さんの胸に突き刺さる。
理恵さんは何も言えず、黙りこくってしまうしかない。
そんな母親を見下ろし、綾乃が大きくため息をつき、大きく息を吸い込む。
「私、この家を出ていくから。学校も辞める」
「綾乃ちゃん⁉ それは……」
「私がいたら邪魔でしょ」
自暴自棄になっている綾乃は、切って捨てるように吐き捨てると、止める間もなく走って玄関の方へ走って行ってしまった。
靴も履かず裸足で。
「私の……私のせいだ……ゴメン……ゴメンね……」
涙でグシャグシャの理恵さんは、譫言のように謝罪の言葉を繰り返す。
くっ……。
綾乃の事ももちろん心配だが、今の理恵さんをこのまま一人にさせるのも心配だ……。
「おい大将! 大将!」
俺が逡巡していると、声が聞こえてきたので慌てて玄関の方へ向かう。
「大将! さっき、早見が裸足で向こうの方へ駆けて行ったぞ!」
「慶喜!? なんで、この家を知って」
「んな事は、今はどうでもいいだろ! ここは俺が引き受けるから、大将は早く早見の所へ迎え!」
「って言っても、どこに行けば……」
「チッ! これだからゲーム素人は」
いや、この世界がゲームの世界って事をさっき知ったんだぞ俺は。
無茶言うなよ。
「2人の思い出の場所があるんだよ! 場所教えるから、早く行ってこい!」
地図情報がスマホに送られると、俺は慶喜からケツを蹴られるようにして走り出した。
記憶にない、綾乃との思い出の地へ向かって。




