第27話 とっても肉厚で美味しそう
「ふぅ、到着っと。春はやっぱり気持ちがいい気候だな」
今日は休日。
天候は晴れで、風も強くない絶好のライド日和。
俺は、集合場所とした駅舎の前で、ロードバイクから降りた。
「さて、柔軟運動っと」
休憩中に、ライド姿勢をとって張った腰と背中の肩甲骨周りをほぐしておかないと。
これからのロングライドのために、身体に痛みが出ないようにと、俺はロードバイクを立てかけた歩道のフェンスを使いながら腰を回した。
ロードバイクに乗る者としては、柔軟運動を行うのはごく自然な事だった。
だが、この時の俺は、ここが男女比1:99の貞操逆転世界である事を失念していた。
「え……。男の子が一人で柔軟運動してる」
「あの男の子、これから自転車乗るの?」
「何だこれチャンスか? 家に帰って埃かぶってるロード出してくる!」
「ちょっ、ズルい! 私は今から駅前の自転車屋で超特急で自転車買ってくる!」
何やら駅前が騒がしくなり、ちょうど駅前にある自転車屋さんに大行列が出来ている。
どうやら、この世界では今、空前の自転車ブームが起きているようだ。
ロードファンとしては嬉しい限りだ。
「待たせたな佐野」
「あ、桜山先生おはようございます」
「って……なんて格好してるんだ!」
挨拶もそこそこに、桜山先生が慌てて自分の上着を脱いで俺の下半身を覆う。
「桜山先生のサイクルウェアのジャージ、可愛いのですね」
「呑気な事を言ってる場合か! 男の子が、そんな太ももの肌を露にするなんて!」
「え~。でも、今日は暑くなりそうなんで、ハーフパンツタイプのビブショーツにしたんですけど。あ、これレディース物で男の俺が履いてもおかしくなさそうなのをネットで買って」
「い、いいから早く隠せ! 萌花! 上着貸してやってくれ!」
「う、うん……」
せっかく、イイ買い物した自慢したのに。
って、上着を差し出してくるこの子が……。
「初めまして萌花ちゃん。お母さんの教え子の、佐野清彦といいます。今日はよろしくね」
「ひゃ……ひゃい! 娘の桜山萌花です! 中学3年です! よろしくお願いします、佐野先輩!」
「お~、元気だね」
桜山先生の娘さんである萌花さんが元気よく挨拶してくれる。
ショートカットで、メタルフレームのメガネをしていて理知的な印象なのは、お母さんの桜山先生譲りだな。
っていうか、上着で下半身を隠しながら初めましての挨拶をするって、中々なシチュエーションだけど、おかげで萌花ちゃんとの初対面は滞りなく済んだのであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ん~! 気持ちがいいね!」
キャベツ畑がつづく道をゆったりペースで流しながら、俺は後続の萌花ちゃんに声を掛けた。
「は、はい! とっても気持ち良いです!」
走りながらだと聞き取りづらいので、どうしても会話は大声同士になる。
「景色もいいね」
「はい。後ろから見ると、とっても肉厚で美味しそうで……」
肉厚?
あんまりキャベツの誉め言葉に使うには一般的でない気がするが、まぁ春キャベツはたしかにボリューミーではあるな。
「……? 今が収穫時期なのかな?」
「はい。すぐにでも食べちゃいたいです!」
なるほど。
萌花ちゃんはキャベツが大好物なんだな。
ライド中によだれを垂らすくらいに。
ただ、ライド中に立派な春キャベツを背負って帰るのはちょっと大変そう。
なんて事を思っていたら、このコースで一番の難所に差し掛かる。
「ここ斜度8%くらいの坂道だけど平気かな?」
「大丈夫です。きとんと軽いギアでケイデンス上げて登れてます」
「おお。萌花ちゃん、ヒルクライムの基礎が分かってるね。じゃあ、もうちょい登りのペース上げるよ」
「のぞむ所です!」
力強く返事をしてくれたのが嬉しくて、俺の方もペダルの回転数を上げるが、萌花ちゃんはしっかりとついて来る。
後ろから聞こえる「ハァハァ……」という息遣いは少々荒めだが、絶対に俺の後ろから千切れないぞという執念が感じられる。
「ふぅ、坂道登り切った~。って、桜山先生は随分と後ろだな」
ついヒルクライムが楽しくて、最後尾の桜山先生を置いて行ってしまった。
まぁ、坂道では無理なく自分のペースで登るというのが、ライド前に事前に決めておいた事だからな。
という訳で、後続の桜山先生が登りきるのを頂上で待つ。
頂上にはおあつらえ向きに小さな公園があるので、そこのベンチに座って待つ事にした。
「自転車で坂道を登るのって気持ちいいですね佐野先輩」
「そうでしょー。苦しいけど、登り切った時の達成感があるんだよね」
「はい。じっくりねっとりと見たり、時に立ちこぎして揺れるのを見たらもう……」
「ん? じっくりねっとり?」
「あ、いえいえ! こちらの話です!」
そう言って、萌花ちゃんはゴクゴクと喉を鳴らしながらスポーツドリンクを飲み干す。
「それにしても萌花ちゃんは体力があるね。中学では何かスポーツ系の部活に入ってるの?」
「あ……。私、実は学校には行ってなくて……」
そう言って、萌花ちゃんはバツが悪そうに視線を地面に落とした。
しまった……。
何気ない世間話のつもりで振った話題だったが、まさかの地雷な話題だったか。
「そうだったんだ……。ごめんね」
「いえ、そんな……。学校に行ってないのは本当の事ですし」
せっかく、仲良くなれたと思ったのに。
これは、思春期な子は直ぐに自分の殻に閉じこもってしまうだろう。
「このスポーツゼリー食べる? って、これ俺の食べかけだったわ」
地雷を踏んで、慌てて話題を変えようとしたが、テンパって訳わかんないことを口走る俺。
ママだったら会話の主導権は握れるけど、若い女の子相手だと、未知の生物過ぎて接するのムズイわ。
「いただきます」
「え? でも、俺の食べかけなんだけど。次の休憩コンビニで新しいのを買って」
「これがいいです。低血糖になる寸前なので、可及的速やかに摂取する必要がありますので。いただきます」
「そ、そう」
ハンガーノックを起こすと大変だからなと、俺は大人しく、食べかけのスポーツゼリーを渡すと、萌花ちゃんは恍惚の表情でスポーツゼリーをちゅーちゅー吸いあげた。
でも、ハンガーノックについての知識がある子なのに、スポーツゼリーは持って来なかったんだなぁと思いつつ、俺は、ようやく見えてきた坂の下の桜山先生へ「もうちょっとですよ~。頑張れ~!」と声援を送るのであった。
なお、作者は花粉のため、春はオフシーズンにしている模様。
ブックマーク、★評価よろしくお願いします。
励みになっております。




