第23話 暗くなったら、恋人の時間ね
「い、いらっしゃいませ……。ただいま、ポップコーン作り立てでひゅ!」
──ぶふっ! 緊張でめっちゃ噛んどる。
カウンターにいる店員さんが、普段は言い慣れているであろう業務セリフを盛大に噛んだのを見て、思わず心の中で笑ってしまった。
多分、男の人と喋った事があまりない店員さんなんだろうな。
「ええと。カップルセットとかあります?」
「カップルセット……ですか?」
「え?」
「え?」
今度は、俺も店員さんと顔を見合わせることになった。
あれ?
おかしいな。
映画館だと大抵、あるはずだけど。
「清彦君。ひょっとしてドリンク2杯に大き目ポップコーンみたいな」
「そう、それです」
「ああ、女友達セットの事ね。カップルセットなんていうから、一瞬分かんなかったよ」
「え? 女友達セット?」
「モテない同士で映画を観に行くしかない女たちの割引セットだよ」
後ろから覗き込んできた理恵さんが、助け舟を出してくれつつ笑った。
って、よく考えたらそうだよ。
男が少ないこの世界では、カップルで映画に来るというケースはほぼ無いんだから、カップルセットなんて設けても、頼まれる事なんて無い訳か。
「でも、たしか親子でも女友達セットって使えますよね?」
「はい、ご利用いただけますよ」
理恵さんが確認すると、ようやく落ち着きを取り戻した店員さんがニッコリ笑いながら答える。
ムム……。
何か、これだと箱入り息子の俺が、知ったかぶりして自爆しちゃった感じになっちゃたな。
「じゃあ、女友達セットを」
「いや、理恵さん。ここは単品で頼もう」
「え? でも、女友達セットの方が少しお値段がお得だから」
「それくらいの値段の差ならいいよ。俺がここのお金は出すし。それに」
別に、カップルセットが無かったことを指摘されて恥ずかしいからではない。
ちゃんと理由もある。
「理恵さんとは、女友達でも親子でもないんだし。2人の関係にやっぱりウソはつきたくないから」
ミスをした時に狼狽えて見せるのも、年下男ムーブとしては悪くは無いのだが、俺のママ好き哲学は違う。
男の子は、ママの前でこそ格好つけなくてはならない。
だから、ミスをミスのままにしておくわけには行かない。
「清彦君、そんな……。親子のふりするんじゃないの?」
困ったような顔をする理恵さんだが、頬を赤らめていて口元を隠しているのは、ニヤケているのを隠しているのだろう。
「俺がカッコつけたいワガママだよ。悪いけど付き合って、理恵さん」
「ふぁ……ふぁい」
俺のカッコつけに、コロッと騙されちゃう理恵さん。
チョロいな~。
そんなチョロかったら、悪い男に簡単に騙されちゃうから、俺が気を付けてあげないと。
「お……お待たせしました。ポップコーン2個とジュースです。お代は結構です」
「あ、店員さん。鼻血出てます。拭いてください。あとお金は払います」
目の前で、俺と理恵さんのイチャイチャを喰らった店員さんは鼻血が垂れていたので、ティッシュを渡してあげた。
◇◇◇◆◇◇◇
「え~と。H-9とH-10はここか。平日だから空いててよかったね理恵さん」
「そ、そうだね」
ようやく席に落ち着いた俺は、早速ポップコーンをパクつくが、理恵さんはまだ落ち着かない様子だ。
周りをキョロキョロしつつ、時折視線のある女の人をキッ!と睨んだりしてる。
「ほらほら理恵さん。そんな眉間にシワ寄せないの」
「でも、私はママ役だから、こうしてた方が自然だし」
「ああ、なるほど。じゃあさ……」
そう言って、俺は理恵さんの手にそっと自分の手を被せる。
「暗くなったら、恋人の時間ね」
「え……」
暗くなり、前面のスクリーンが、新作映画の予告編を流しだす。
俺は結構、この予告編観るの好きなんだよね。
けど、今は手の中の理恵さんの温もりの方が気になる。
そっと添えられた俺の手の下で、理恵さんの手は少しだけビクッ! と震えて固くなった。
でも、すぐに手は柔らかくなり、添えられた俺の手を掛け布団のように見立てて、落ち着く。
そんな手の中の感触の変遷を楽しみながら、俺はもう片方の手でポップコーンを取って口に運びつつ。
「はい理恵さん。アーン」
「──つ!?」
耳打ちしながらポップコーンを理恵さんの口に運んであげる。
だって、上映中はお静かにって目の前のスクリーンでも言ってるしね。
だから、耳元でコショコショ話すのは仕方ないよね。
俺の耳打ちで、ビクンッ!と震えて固くなる理恵さんの手の感触に気を良くした俺は、本編が始まったスクリーンを見つめるのであった。
その後も、時々理恵さんの手を弄りながら。
これは理恵さん生殺し。
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