第93話 これからのバンドの話をしよう その1
「なあ春ちゃん。改名するってマジなん?」
教室でお昼ごはんを食べていると、向かいに座る咲ちゃんがふと思い出したように聞いてきた。
「なんで知ってるの?」
聞き返すと咲ちゃんはお箸を持ったまま、うっとりした表情で胸に両手を当てる。
「うふふ…葵様から聞いたのさ」
「そんな事だろうと思った」
私は「葵様」というワードに眉を顰めながら、お母さんの作ってくれた甘口の玉子焼きを頬張った。
「よだれ出てるぞー」
「あっいけね」
えへへ、と濡れた口元を手の甲で拭う咲ちゃん。
けどその顔が不意に真顔になり、そっと顔を寄せて小声で尋ねてきた。
「けど…なんで春香から春風亭に改名するん?」
「春風亭?!」
玉子焼きが変なところに入って盛大に噎せる。やばい。めっちゃ苦しい。
「春ちゃん大丈夫?!」
「げほっ…だっ誰のせいですか…げほっ」
きっとまた葵さんから間違った情報を与えられたに違いなかった。このままだと東京でやばい男にカモにされる未来しか見えない。
「改名するのは私じゃないって」
「えっ? ちがうん?」
呼吸が落ち着いてから私は咲ちゃんに事の次第を説明をした。
昨日、10月29日。
凛子さんのマンションに集まった時の話だ。
私たちのバンドの結成のいきさつを聞かせてもらったあと、私は思い切って、凛子さん葵さんの2人にこんな提案をした。
「これからの私たちの話をしましょう!」
「これからの話?」と凛子さん。
「うちはこれから夜中までバイトやわぁ…」葵さんが哀しげな声を出す。
「このあとの予定の話じゃなくて対バンの後、未来の話ですよ!」
すると凛子さんと葵さんは顔を見合せた。
「今も言うたけど…うちはこれからバルのバイトやからなぁ。あんま話してる時間ないで?」
「未来も何もまずは対バンで華に勝たなきゃだろ」
凛子さんが真顔でリアリズムに徹した言葉を返してくる。
まあ正論だ。対バンに勝たないと私たちの未来はない。
けど私は譲らなかった。なぜなら私は私で、このバンドと華さんの因縁を完全に断ち切りたかったからだ。
「もし日曜日の対バンに勝ったら…バンドの名前を変えたいんです」
「バンドの名前を変える?」意外そうな表情をする凛子さん。
「それはまたなんでなん?」と葵さんがベッドに寝そべりながら穏やかなトーンで尋ねてくる。
「それはこのバンドを…」
そこで深呼吸してから私は自分の考えをハッキリと伝えた。
「このバンドを『TRUE BLUEの華さんのいたバンド』から『私たちのバンド』にしたいんです」
自分の中で感情が高ぶるのを感じながら言葉を続けた。
「華さんとはなんの関係もないバンドに…私たち四人だけのバンドにしたいんです!」




