第2話 待てど暮らせど
蘭子さんの失踪を知らされた日は待てど暮らせど、凛子さんからの連絡はついに来なかった。
凛子さんから新しいメッセージが届いたのは翌日の夜の事だ。
『やっぱり直接会って説明する。今週の土曜か日曜の昼空けといてくれ』
「えっ、なんだよそれ!」
LINEで教えてくれるんじゃなかったのかよ…
私は色々聞きたいことが渦巻いてたけど「ぐぐぐ…」と歯を食いしばって、仕方なく『わかりました』と返した。
『じゃあ土曜で』と続けて送る。
『じゃあ土曜いつものコメダで。時間はまた連絡する』
『了解です』
「あー!もーっ!」
そう叫んで私はベッドの上でジタバタした。八つ当たりでスマホを投げそうになって、けどギリギリで堪える。
「なんなんだよぉ凛子さんのヤロー!」
この2日で心配と不安が苛立ちに進化して胃がズキズキと痛んだ。でもどこにも気持ちのやり場がなかった。
蘭子さんが突然失踪して大変なのは分かってるけど、凛子さんもマイペースすぎる。
我が道を行くのは凛子さんの魅力だ。そういう所は凄くロックだ。
でも、こういう時ばかりはそのマイペースさが腹立たしくなる。
「春香、なに叫んでるの?もう10時よー」
階段の下からお母さんの声がする。
私はベッドから部屋のドアに向かって、「わかってるよ!」と返した。
荒っぽい言い方になる。これじゃただの八つ当たりだ。17にもなってみっともない。
そんな事は自分でもわかってる。わかってるよ。
でも不安で不安で落ち着かないんだ。
ベッドの縁に座り改めてLINEを開く。
何度確認しても、今朝蘭子さんに送ったメッセージは既読にすらなっていない。
いったいあの蘭子さんに何があったんだろう。
実家が宝塚市の高級住宅街にあって、お金持ちで、お嬢様ぜんとしていて、細く白い手で流麗に鍵盤を操る蘭子さんを思い出す。
クラシックでもロックでも、何でも弾きこなす天才的なキーボーディスト。
私たちのバンドに不可欠のソングライター。
そして、信じられないくらい天然。
それが蘭子さんだ。
その時、LINEの着信音が鳴った。慌てて見る。
するとベースの葵さんからだった。
『知らない』
今朝送った質問への返答だった。蘭子さんの行方を知らないという事だ。
素っ気ない返答だったけど、葵さんは嘘で誤魔化したりしない。
周りが気まずくなるくらい正直に物を言う女性だ。
その葵さんが知らないと言うなら、本当に何も知らないのだろう。
『そうですか。ありがとうございます』
そう返すとすぐに葵さんからショボーンと落ち込んだ猫のイラストのスタンプが届いた。
どうやら葵さんも心配しているみたいだ。
よくサイコ扱いされる葵さんとは言え、2年以上一緒に活動してるメンバーが行方不明なんだ、そりゃ当然か。
スマホをベッドの上に投げ出して目を閉じ、仰向けになってハーッと深いため息を吐いた。
「土曜日かぁ…」
蘭子さんの事は凛子さんに直接会って聞くしかないようだ。明日は金曜日。
明後日までこの不安と苛立ちはどうにもなりそうになかった。