第104話 ガソリンの揺れかた その1
中尾くんが勢いを付けてクラッシュシンバルを叩き鳴した。雷鳴のような音が部室に走る。
それに続けて低く響くバスドラム、鋭く打たれるスネアドラム、細かく16分音符を刻むハイハットが安定した四拍子を生み出す。
やっぱり中尾くんは上手い。
小柄で華奢な見た目とは裏腹にとてもパワフルで正確なドラム演奏だった。
だけど…とその演奏を見つめる。
あまりにもリズムが正確すぎるのだ。
そう思いながら私は中尾くんがまたシンバルを鳴らすタイミングを見計らって、ピックを持った右手を振りかぶった。
シンバルに合わせてギターのEメジャーコードを鳴らす。
中尾くんが演奏を続けながらハッとした表情でこちらを見てくる。
ほんの一瞬だけ、ギターを正しいタイミングより早く鳴らしたのだ。
するとその瞬間だけバンドの演奏は前のめりになる。それがサウンドの緩急と疾走感になる。
「バスドラのリズムはそのまま。でもシンバルとスネアはギターに合わせてもっと前に出して」
その具体的なタイミングを伝えるために激しくギターを鳴らした。
コードをジャーンと鳴らすのはシンバルを鳴らして欲しい瞬間、カッティングを素早く刻むのはスネアを打って欲しい瞬間だ。
「はっはい!」中尾くんが頷く。
5分ほどノンストップで演奏を続けるとドラムとギターが完全にシンクロした。
「おおっ」という歓声が部室中からあがる。
中尾くんの吸収スピードはめちゃくちゃ速かった。もうこのタイミング感を自分のものにしてしまってる。
私が今のバンドに加入してこの感覚を練習で叩き込まれた時は合計20時間ぐらいかかったんだけど…
演奏を止めると同時に部室に歓声が起こった。
「すげー!」「めっちゃグルーブ出てたって!」「中尾もう領域展開してるやん!」
森園さんと咲ちゃんも拍手している。
「あっありがとう…ございます」
中尾くんは手の甲で額の汗をぬぐって肩で息をしながらお礼を述べてきた。
「ううん。中尾くんすごく覚えるの早いからびっくりしちゃった」
「ど…ども」
小声で照れくさそうに頭を下げる中尾くん。
うん。やっぱり私と同じ日影を生きる者のオーラがあってますます親近感を覚えてしまう。
ひょっとしたら三宮のアニメイトで会う日も遠くないかもしれない。
もしその日が来たらさりげなく『女の園の星』をお薦めしてみよう。
「じゃあ」と私は稲沢くんを向く。
「ちょっと休憩したら今度はベースも一緒に入ってもらおうかな」
「ま…マジっすか」
稲沢くんが少し引きつった顔をする。それを見て向井さんが賑やかな声を出した。
「あっ稲ちゃん今の見てビビってるやん!みんな見てこの顔〜!」
「お前そういうのマジでうざいって…」
稲沢くんが迷惑そうな表情をする。すると部室中から爆笑が起こった。
稲沢くんは案外いじられキャラなのかもしれない。
そう思って彼を見上げているとその目がサッとこちらを向いた。
「ひっ?!」鋭い目つきで見下ろされて反射的にビビる。
蛇に睨まれたカエルみたいに固まってると、稲沢くんがちょっとムキになった様子で言った。
「先輩今すぐやりましょう」
「あっ…はい」
本当はトイレに行きたかったんだけど、その威圧感に気圧されて何度も高速で頷いていた。




