表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第六章 戦場の黒い花
72/85

6-5 恩義

 歩みを進めていくうちに、いつの間にか遼子は再び下を向いていた。自分の足と荒れた道以外は視界に入らなかった。


 やがて、雨が止んだ。沈みかけの太陽が雲の切れ間から顔を出し、辺りは明るくなった。雨が降ったこともあり、遼子は非常に蒸し暑く感じた。


「おい、そこの黒いの。止まれ」


 そこで、男の声が聞こえてきた。遼子は自分が呼ばれていると感じて頭を上げ、声のした方向に顔を向ける。

 すると、二人の男がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。服装は自警団員のものと同じだが、その手には小銃が抱えられている。連合の戦闘員としては、かなりの重装備だ。


 遼子はついでに周りを見渡した。

 防衛圏と変わりない荒廃した景色だった。ただ、少し違った点があった。ここからやや離れた位置に、瓦礫を利用したバリケードが連なっている。その近くにはテントや仮設トイレが設置されていて、連合の隊員と思われる人影が見える。


 彼女が辺りの風景を見ているうちに、二人の男は遼子の目の前に到着していた。遼子はその二人に目を向ける。


 体格は隼人より少し小さい程度。彼らの顔からは、興奮と疲労が感じられる。二人のうち、遼子は比較的表情の柔らかいほうをA、表情の険しいほうをBと心の中で呼ぶことにした。

 隊員Bが遼子を睨み付けるように口を開いた。


「お前、どこの自警団員だ?」

「私は……どの自警団にも所属していない。お前たちこそ何者だ?」


 遼子は虚ろな目で、隊員Bを眺めながらそう尋ねた。隊員Bは眉間にしわを寄せ、遼子に一歩詰め寄った。


「こいつ、舐めやがって。いいからどこの所属だ?」


 彼が声を低くしてそう言ったとき、隊員Aが二人の間に割り込んだ。


「まあまあ落ち着けって。ごめんね、お嬢さん。僕たちは四防隊、第四防衛隊だよ」

「そうか。ここは、防衛線か」


 隊員Aは隊員Bをなだめつつ、遼子に自分たちの所属を明かした。それを聞き、彼女は隼人が説明してくれたことを思い出した。


 防衛線は連合領土の最果て。ここから先は、白コートが存在する危険性の高い場所だ。防衛線では白コートとの戦闘になることも多く、また、白コートが防衛ラインの隙間を縫って領土に入り込んでくることもある。危険域の攻略部隊とは種類こそ違うが、ここは間違いなく戦場だった。

 遼子は二人の隊員に向けて小さく笑みを浮かべた。


「すまないな。私はどこの所属でもないし、名乗るほどの者でもない。わかったのなら、そこを通してくれ」


 彼女はそう言って、静かに息を吐いた。


(防衛隊に見つかるとは運が悪いな。……いや、上の空で歩いていた私が悪いか)


 遼子が自らの不注意さを後悔していると、隊員Bが再び声を荒げた。


「だから! ここから先は通せねえって! 防衛圏外だから危ないんだぞ! 防衛圏でさえ危ないってのに!」

「そうか。お前、私を心配してくれるのか? すまないな」

「えっ!? あ、ま、まあな」


 遼子は隊員Bの言葉に優しく微笑んだ。これから防衛圏を抜け出そうとする者の身を案じてくれる。そんな男だとは思っていなかった。少し意外だった。そして、隊員Bのほうも、遼子の態度に少し驚いた様子だった。

 ここで、三人の間に沈黙が訪れた。


 その数秒後、隊員Aが何かに気づいたようだ。彼は呆気にとられている隊員Aの肩を叩き、小さな声で呼びかけた。


「お、おい」

「なんだよ?」


 少し不機嫌そうな隊員Bに対し、隊員Aは彼の耳元でささやく。


「こいつ、噂の黒コートじゃねえの? 昨日現れた第三勢力っていう。こんな暑いのに、普通はコートなんて着ねえって」

「ま、まじかよ。でも、それという保証はないぞ」


 その会話は遼子に聞えないように注意して行われていたようだった。しかし、ヒト型強化生命体である彼女の前では意味がなかった。


「おい。人を呼び止めておいてコソコソ話とはいい度胸だな」


 遼子が不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、二人の隊員は怯えたような様子を見せた。隊員Aは遼子の機嫌を取ろうと、声をさらに柔らかくした。


「あ、ああ。ごめんね。とにかく、ここから先は危ないから、通すわけにはいかないんだ。君が来たってことは、他の隊員には黙っておいてあげるからさ」

「そういうことだ。ほら、さっさと戻りな」


 隊員Bの声は強気なままだった。


「そういうわけにもいかないのだが……」


 遼子は目を伏せた。連合全体にとって、彼女は最大の加害者であり、最も憎まれるべき存在だった。自分はここに居てはいけない。遼子はそう思っていた。


(仕方ない。強行突破をするしかないか)


 遼子は観念したようにため息をついた。そして、一気に走り出そうとした。

 その時だった。


 隊員二人の通信機からノイズ交じりの声が聞こえてきたのだ。遼子は動き出そうとしていた体を制止し、無線からの音声に耳を傾けた。


「こちら第四防衛隊隊長。松永自警団から救援要請。白コート五体に襲撃された模様。大至急、周囲の四歩隊を招集し、救援へ向かわせろ。繰り返す……」

「松永自警団が、襲撃された……?」


 その報告を聞き、遼子は目を見開いた。一時的に何も考えられなくなった。

 通信機からの音声が止み、二人の隊員はだるそうに息を吐いた。


「面倒だな」

「いくら松永自警団でも、白コート相手じゃ終わりだろ」

「それでも、救援部隊は一応出しておかないと、周辺自警団に叩かれるからなあ」


 彼らはそう言って歩き出そうとした。

 遼子は二人よりも先に動き、彼らの間に入って二人の胸倉を同時に掴んだ。そして、交互に二人の目を見る。


「おい! 松永自警団が襲撃を受けたというのは本当なのか!?」


 遼子は切羽詰った声で問うが、隊員Bは不機嫌そうに眉をひそめた。


「ああ? 嘘言うためにわざわざ無線を使うわけねえだろ。あと、お前には関係ない」


 隊員Bにそう言われ、遼子は歯を食いしばった。

 最初は彼の態度に怒りを覚えたが、すぐに自分の言葉の馬鹿らしさを感じた。遼子はもう、松永自警団の団員ではない。


「ああ。確かに、私には関係のないことだ」


 遼子は弱々しくそう言って、うつむいた。二人から静かに手を離すと、彼女は下を向いたまま黙り込んだ。

 そんな彼女に向けて、隊員Aは笑顔を保ったまま声をかける。


「僕たちは忙しいから、できれば早く引き返してくれると有難いんだけど」


 遼子はその言葉に反応しなかった。


(関係がない。私には関係がない。そう思いたいのだが。なぜ、そう思えないのだ? 私は彼らと関わってはいけないのに。どうして、こんなにも胸がざわつくのだ?)


 遼子は握り締めた右拳を自らの胸に当てた。


(私は、彼らを助けたいのか? 私を初めて人間として扱ってくれた、あの人たちを)


 彼女はそこで自分の気持ちに気付いた。確かに以前の近森遼子はホワイトコートを作り出した大罪人だ。しかし、その後のクロは自警団の一人として過ごした。松永自警団の人たちは、バケモノであるはずの彼女を人間として受け入れてくれたのだ。


 硬直したままの遼子に、隊員Bが軽く手を触れる。


「あ、あの?」


 彼はおそるおそる声をかけたが、遼子はそれに応えなかった。

 遼子は、自分の感情に決着をつけようとしていた。


(そうだ。私には借りがある。私を一人の人間として、自警団に置いてくれた。私は、その恩義に報いなければならない。彼らを、助けに行かねばならない)


 ここで、近森遼子は意を決した。


(私が、私を人間であると主張するのなら!)


 心が決まった瞬間、遼子は反転した。隊員二人に背を向け、全速力で駆け出した。突然の出来事に隊員たちは唖然としたが、それは遼子の知ったことではなかった。


 遼子の目に映る景色が猛スピードで変化していく。自然と息が切れる。もと来た道を走り続けるが、松永自警団にたどり着くまでどれくらいの時間が必要かわからない。それでも、彼女は走り続けた。


「頼む! 無事でいてくれ!」


 胸が張り裂けそうな気持ちに耐えきれず、遼子は叫んだ。


 これからの自分がどうなろうと構わない。ただ、今は恩人たちを助けたい。その一心で、近森遼子は走り続けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ