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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第三章 奪還作戦
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3-17 負傷者

 勇樹を殺した白コートを倒した直後、隼人は後ろに振り返った。すると、クロが光孝の遺体を肩に抱えてこちらに走ってくるのが見えた。


 クロはすぐに隼人の近くへたどり着いた。彼女はビルの物陰に光孝を置くと、無言で宏和と和希のもとへと駆けていった。そして、道路に倒れている彼らを一人ずつ、両腕に抱えて光孝と同じ場所へ連れていき、仰向きに寝かせた。


 俊足で三人を運び終えたクロは、隼人に向かって頭を下げる。


「ごめん、隼人。わたしのせいで……」

「もういい!」


 隼人はクロの言葉を遮り、彼女に鋭い視線を突き刺した。

 小さな間違いが命取りとなる戦場で、後悔している暇も謝罪している時間もない。


「うん」


 クロは思考を切り替えて頭を上げた。隼人の目をまっすぐに見つめ、物陰に避難させた三人を指差して口を開く。


「光孝は、死んでる。宏和と和希は、生きてる」


 クロの声は震えていた。団員を殺し傷つけた白コートへの怒りと、それを防げなかったことへの後悔が入り混じっている。彼女の表情は険しかった。

 隼人は彼女の気持ちを理解し、一瞬だけ目を逸らした。


「そうか」

 そして、すぐにクロの目に視線を戻す。


「これから、死んだやつも怪我したやつも車に乗せて逃げる。手伝ってくれ」

「わかった。でも、わたしは運ばない」


 早口気味に出された隼人の指示を、クロは首を左右に振って拒否した。隼人はクロの言動に目を見開くが、彼女の意志は固かった。


「白コートを、片っ端から、殺す」


 クロはそう言うと、ヘルメットを脱ぎ捨て、両脚のホルダーから拳銃をすばやく引き抜いた。その行動に隼人が反応を示す前に、クロは道路へ飛び出した。

 彼女は周りに白コートがいないことを確認すると、ビルの屋上へ跳び上がり、どこかへ姿を消してしまった。


「あいつ……」


 隼人はクロの独断専行に舌打ちをした。彼女はおそらく他の派遣部隊を援護しに行ったのだろう。隼人はクロが捨てていったヘルメットを見ながら、彼女の意図を汲み取る。クロは自警団連合でも白コートでもない、第三勢力としてこの戦場を駆ける気でいる。黒コートの怪物として白コートを蹴散らし、作戦参加者たちの撤退を支援するつもりだ。


 ヘルメットから視線を外し、隼人はクロが運んできた負傷者二人のもとへ駆け寄った。隼人は二人のそばでしゃがみ込み、彼らの頬を軽く叩いた。


「おい! 宏和! 和希! 聞こえるか!?」


 隼人の問いかけに、宏和と和希は軽く頭を上げて応える。


「あ、ああ。池田宏和は大丈夫だ」

「相馬和希も、かすっただけだ」


 二人はそれぞれ自分の名前を言って、意識が確かであることを示した。だが、二人とも声に力がない。被弾しているため、このままにしていては、いずれ危険な状態となる。


「よし! 今から応急処置をする。その後は車に連れていくからな」


 隼人はそう言って、ウエストポーチから殺菌剤と包帯を取り出した。まずは、右肩に被弾して出血している宏和の治療を行う。袖をめくり上げて傷口を露出させ、状態を確かめる。弾は貫通しているようだ。隼人はそのことに安堵しつつ、傷口に殺菌剤をふりかけた。宏和は顔を歪めるが、隼人はそれを気にせず、包帯を巻いて止血。


 宏和の応急処置が終わり、次は和希の治療に取り掛かる。防弾チョッキを脱がし、シャツをめくり上げて状態を確かめる。目立った外傷はないが、拳銃の弾を至近距離で受けているので内部のダメージは大きいに違いない。隼人では何の処置もできそうにないので、とにかく意識を保ち続けるように指示を出す。


 白コートの武器が拳銃でよかったと隼人は思った。これが拳銃でなく散弾銃やライフル、マシンガンだったら、二人は助からなかった。


 二人の応急処置は終わったが、すぐに連れて帰って住山医師の治療を受ける必要がある。

 そのとき、副団長と英志と拓真が隼人のところに現れた。

 投石を受けて左脚を骨折した拓真は、両肩を副団長と拓真に支えられながら右足で立っている。


「隼人、大丈夫か?」


 副団長がそう尋ねると、隼人は険しい表情のまま答える。


「ああ、クロのおかげでな」


 隼人のその言葉に、副団長は口元をわずかに上げた。


「そうか。クロちゃんが白コートを追い払ってくれてるんだな」


 副団長はそう言うと、英志とともに拓真を壁際におろした。拓真は座った状態で背中を壁にもたれさせた。彼は左脚の痛みに耐えながら荒い呼吸を繰り返している。

 英志は立ち上がりながら隼人に体を向けた。


「僕に手伝えることは他にない?」


 隼人は英志に目を向ける。だが、隼人はすぐには答えなかった。周りの団員を見渡し、状況を整理する。


 今、団員が集まっているのはビルの一階部分。ドアや窓は破壊されていて、内部は荒れ果てている。ここにいる死者は光孝、負傷者は宏和、和希、拓真。息絶えた勇樹は道路に転がったままで、救助できていない雄一は生死不明。そして、秀明は行方不明だ。


 数秒で考えをまとまらせ、隼人は副団長と英志に視線を戻した。


「無事なのは副団長と英志か。クロが戦っている今のうちに、二人は車をここまでもってきてくれ。全員乗せてここから離脱しよう」

「わかった」


 副団長と英志は隼人の言葉にすぐさま返事をし、避難場所から出て軽装甲機動車を止めてある所へ走り始めた。

 無傷の二人が出ていくのを確認した後、隼人は負傷者たちに呼びかけた。


「宏和、和希、歩けそうか?」

「ああ、右肩をやられただけだから、雄一を運ぶこともできるぞ」

「俺は、歩くだけで精一杯だ」


 どうやら、宏和は右肩以外には問題がないようだ。彼は立ち上がり、自らが行動可能であることを隼人に示した。

 一方、和希は満足に動けないようだった。立ち上がってはみるが、それだけで顔が歪む。すぐに腰を下ろして壁に背中を預けてしまった。

 隼人は二人の状態を見て頷く。


「わかった。なら、和希は副団長たちが来るまでここで待っていてくれ。宏和は俺と一緒に雄一の救助に向かってくれるか?」

「ああ、任せろ」


 宏和と和希に指示が飛んだ後、拓真が声を絞り出した。


「俺は、どうすればいい?」


 拓真にそう尋ねられると、隼人は彼のそばにしゃがんだ。負傷している左脚を軽く触り、骨が不自然な方向に曲がっていることを確信する。

 隼人は拓真に穏やかな視線を向けた。


「拓真はここで安静にしていてくれ。おそらく骨が折れている。和希、骨折の応急処置の方法はわかるか?」

「ああ。添え木で固定すればいいんだろ」

「そんな感じだ。では、拓真を頼んだ。道具は置いていくから」


 和希とのやり取りを終え、隼人はウエストポーチを外して拓真の左脚付近に置いた。隼人は立ち上がると、宏和に視線を移した。


「宏和、行こう」

「ああ」


 宏和は頷き、隼人とともに雄一のもとへ駆けていった。





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