3-18 混乱
副団長と英志は調査済みの領域を駆け抜け、偵察開始地点からさらに百メートルほど先の場所にたどり着いた。軽装甲機動車は三台とも無事だ。これで負傷した団員をすぐに拠点へ返すことができる。
通信機器を背負って走ったにもかかわらず、副団長は肩で息をする程度の疲れしか見せていない。英志は呼吸を荒げてはいるが、まだまだ余裕はある。
強烈な日差しの下で、二人は汗を大量に流しながら装甲車に近づいた。すると、行方がわからなくなっていた団員が車両のそばに佇んでいるのが見えた。
「秀明! 無事だったか! 急で悪いが、怪我人の救助を手伝ってくれ!」
副団長は切羽詰った声を上げながら、秀明に駆け寄った。だが、秀明は副団長に目を向けなかった。
「俺は、どうしたらいいんです?」
秀明は静かな声でそう言った。地面を眺める彼の目は焦点が定まっていない。副団長は秀明の様子を不審に思いながらも、彼の手を必要とした。
「偵察二百メートル地点まで車を運転してくれ。その後は死傷者を乗せるのを手伝って欲しい」
「撤退の準備ですか……わかりました」
秀明は生気のない表情で副団長の言葉に応えると、頭をうなだれさせたまま装甲車の運転席に乗り込んだ。そして、すぐにエンジン音が鳴り始める。
副団長と英志は秀明が行動を起こしたのを見届けると、顔を見合わせて頷いた。白コートの出現でパニック状態になっていた秀明だったが、もう落ち着いたようだ。しかし、それにしては気分が落ち込んでいるように見えた。
二人は秀明の様子を気にかけながら、それぞれ別の車両に乗り込むために動こうとした。
その時だった。
「こんなところに居てられるかよ!」
秀明がそう叫んで、目標とは反対方向に装甲車を動かし始めたのだ。彼の操る車両はそのまま速度を上げて派遣部隊から遠ざかっていく。
その光景を見た英志は激怒した。
「あいつ!」
彼は声を荒げ、秀明を追うために装甲車へ向かった。しかし、英志が運転席に乗り込む直前に、副団長は彼の腕を掴んだ。
「英志! 秀明のことは放っておけ! 今は救助が先決だ!」
そう一喝した副団長の表情は険しい。ここで秀明を追いかけたところで何の利点もない。英志はそれを理解しているのだが、やはり仲間を見捨てて逃げ出すような人間を許せなかった。できることなら追いかけてそれなりの罰を与えたい。だが、そのようなことをしても団員たちの帰還が遅れるだけだ。
「わかりましたよ!」
英志は眉間にしわを寄せて副団長の指示に従う意思を示した。英志が秀明の追跡を思いとどまったことで、副団長は英志から手を離した。そして、副団長は別の車両に飛び乗った。英志は怒りを必死に理性で押さえつけながら、運転席に座ってエンジンをかける。
副団長と英志は団員たちを連れて帰るため、車を戦場に向かって発進させた。
装甲車が動きだす少し前、隼人と宏和は雄一のそばに駆け寄った。雄一は仰向けに倒れたまま動かない。隼人はその場でしゃがみ、雄一の頬を叩いた。
「おい! 雄一! 聞こえるか!」
何度か刺激を与えてみるが、雄一は目を閉じて口を半開きにしたままだった。目立った反応が見られないので、隼人は雄一の手首と口元に手を触れた。
「心臓は動いている。息もある。だが、早くじいさんに診てもらわないとヤバイかもしれない」
幸いなことに、雄一は死んではいなかった。だが、豪速の石が胸に直撃したのだ。肋骨が折れているのは間違いない。肺や心臓にダメージを受けている可能性もある。一刻も早く住山の処置を受けないと命にかかわる。
宏和は雄一の上半身を起こし、雄一の右腕を自分の首の後ろに回させた。
「俺は右肩を持つから、隼人は左を頼む」
「わかった」
隼人は宏和の指示に従い、雄一の左肩を持った。そして、二人は掛け声とともに立ち上がった。宏和は右肩の痛みに顔を歪めるが、体勢を崩すことはなかった。
雄一に肩を貸した状態で歩きながら、隼人はあきれたような笑みを浮かべる。
「担架があればよかったな。あと、車の運転専門の団員も」
「ああ。でも、文句を言っても仕方ないさ」
宏和は笑い声を漏らしながら隼人に応えた。二人はそのまま避難場所へ向かっていくが、道の中央に差し掛かったところで二台の装甲車が彼らの近くに到着した。
それぞれの車両から副団長と英志が降りてくる。
「三人とも無事か?」
副団長にそう尋ねられ、隼人は険しい表情で首を横に振った。
「いや、雄一の意識がない。早くじいさんのところへ連れていかないと死ぬかもしれない」
「わかった」
副団長は隼人の言葉に頷いた後、避難場所で安静にしている団員たちに向けて声を上げた。
「負傷者は一号車に! 死者は二号車に乗せてくれ! 一号車の運転は英志に任せる! 二号車は俺と隼人とクロちゃんが乗る! いいな!」
「了解!」
副団長からの命令に、団員たちは即座に返事をして行動に移った。隼人と宏和は意識不明の雄一を、副団長と英志は左脚を骨折している拓真を一号車に運んだ。かろうじて歩ける状態の和希は自力で一号車に乗り込んだ。
拓真の左脚には添え木が当てられていた。彼に応急処置を施した和希は車に乗る直前、隼人に向けて親指を立てた。隼人は和希の奮闘を称え、同じように親指を立てていた。また、和希の眼鏡が無事であることに、隼人は安堵した。
負傷者を一号車に運び終えた後、隼人は副団長に歩み寄った。
「なあ、秀明はどうした?」
隼人がそう尋ねると、副団長は表情を曇らせた。
「秀明は、一足先に離脱した」
「そうか」
「怒らないのか?」
「怒っても仕方がない」
「そうだな」
副団長は力強く頷いた。光孝が逃亡したというのに、隼人は表情を変えずに副団長の目をまっすぐに見ている。隼人は団員の救出に全力を注いでいるのだ。副団長である自分が過ぎたことを気にしている場合ではなかった。
彼は行動可能な団員を見渡し、次の指令を出す。
「宏和! 英志! 勇樹を頼む! 俺と隼人は光孝を連れて帰る!」
「了解!」
そして、四人は光孝と勇樹の遺体を回収しに向かった。




