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戦場の黒い花  作者: 武池 柾斗
第三章 奪還作戦
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3-1 美佳の記憶

 設定を見直したところ、世界崩壊の日は五年半前ではなく四年半前の出来事ですね。訂正します。

 わたし、小笠原美佳は小笠原直也と小笠原璃奈の間に生まれた。決して裕福な家庭ではなかったけど、ちょっと厳しいお父さんと優しいお母さんに囲まれて何不自由なく、幸せに暮らしていた。


 わたしが五歳の頃、お母さんが病気で死んだ。体が弱かったお母さんは入退院を繰り返していたけど、病気には勝てなかったみたいだった。

 お母さんは、私が幼稚園で遊んでいた時に、容体が急変したらしい。お母さんが危ないということは幼稚園の先生から教えられたけど、そのときのわたしにはピンとこなかった。


 お父さんは仕事を途中で切り上げて、幼稚園にわたしを迎えに来た。わけもわからないままお父さんに連れられて、お母さんの居る病院へ行った。そのときのお父さんは、必死に涙をこらえているように見えた。


 お母さんの病室に入ると、病院の医師や看護師が数人居た。その人たちはわたしとお父さんを見たけど、すぐに目を逸らしてしまった。

 そして、わたしたちが病室へ入る直前にお母さんは息を引き取ったということを、その場の医師の口から告げられた。


 その直後、お父さんが泣き出した。歯を食いしばって我慢しようとしていたみたいだけど、堪え切れなかったみたいだった。


 わたしは動かなくなったお母さんに近づいて、その手に触れた。いつも優しく撫でてくれた手は温かかったのに、そのときは冷たかった。変だなと思って何回かお母さんに呼びかけた。でも、返事はなかった。


 わたしはそこで初めて「死」というものを知り、大声で泣いた。

 それからしばらくのことは、あまり覚えていない。




 お母さんが死んでから、お父さんと二人で暮らすようになった。サラリーマンのお父さんは働きながらわたしの面倒を見てくれた。お父さんの作るご飯は正直言って美味しくなかった。でも、嬉しかった。


 お父さんのおかげで、不自由なく公立の小学校に通うことができた。小学生になったわたしは、仕事で忙しいお父さんの負担を減らそうとして、家事をするようになった。


 最初は失敗ばかりしてお父さんを困らせてしまったけど、少しずつできるようになってきて、小学校三年生のときにはわたしが家事を全部するようになっていた。もちろん、勉強もしっかりやっていた。テストで満点を取るのは当たり前だった。


 生活に余裕が生まれると、お父さんは休みの日にいろんなところへ連れていってくれた。いろんなものを見て、たくさん遊ぶことも勉強のうちだとお父さんは言っていた。


 お父さんは優しいだけじゃなく、厳しくもあった。わたしが悪いことをすると、お父さんにたくさん叱られた。いっぱい泣いた。

 でも、わたしはそんなお父さんが大好きだった。




 そして、十一歳・小学五年生の一月三十一日。世界崩壊の日を迎えた。


 わたしとお父さんは東京で暮らしていた。その日は休みだったから、お父さんと二人で街に出かけて買い物をしていた。

 白コートが現れたのは昼頃だった。空は鉛色の雲に覆われていた。寒かった。いつ雪が降ってもおかしくない天気だった。


 大通りを歩いていたわたしたちは、運良く白コートの標的にはならなかった。ビルが燃え、人が次々と殺されていくなか、お父さんはわたしの手を引いて走った。


 裏路地に逃げ込み、わたしたちは建物と建物の隙間に入った。そこには先客がいた。一人のサラリーマン風の男がびっくりした顔でわたしとお父さんを見た。その人は白コートが現れる前からその場所に居たみたいで、街の状況を知らなかった。ただ、爆発音と銃声と悲鳴は聞こえていたから、テロが起こったのかと思っていたらしい。

 彼は松永純と名乗った。


 恐怖で動けなくなっていた松永さんに、お父さんは街の状況を説明した。

 電気が消え、電波が途絶え、白コートを着た超人が無差別に人を殺している。そのことを聞いた彼は、建物の中に隠れることを提案した。

 外にいるよりは中にいるほうが生き残れる可能性が高い。そう考えたお父さんは、彼の意見に賛成した。


 それから、わたしたち三人は雨どいを登り、二階の窓を静かに割って建物の中に入った。松永さんが居た場所は偶然にも廃屋に挟まれていて、人の気配は全くなかった。わたしたちが逃げ込んだ建物には物もなかった。

 わたしたちはそこで息をひそめた。遠くから惨劇の音が聞こえてきたけど、時間が経つにつれて静かになっていった。




 そのまま夜を明かしたわたしたち三人は、外の様子を見るために建物から出た。雪が降っていた。東京は静まり返っていた。白コートによる虐殺は終わった。でも、街は変わり果てていた。お父さんには建物で待っていなさいって言われたけど、一人になるのが怖かった。だから、お父さんと松永さんについていった。


 一睡もできなくてふらふらだったけど、頑張って歩いた。


 ビルは荒れ、道路は瓦礫と死体でいっぱいだった。白コートを着た超人も力尽きて転がっていた。まるで地獄のようだった。吐きそうになった。でも必死でこらえた。

 わたしたちは歩いて、他の生存者を探し続けた。途中、コンビニだった場所からパンを取って食べた。


 夕方に、一人の女の子を見つけた。小学校低学年くらいの彼女は、公園の遊具の中で震えていた。その子はわたしたちを見ると、この世の終わりのような顔をした。でも、白コートのバケモノではないことがわかると、彼女はわたしに抱きついてきて泣き始めた。その子は泣き止んでも、その日は言葉を発しなかった。コンビニから取ってきたパンを渡しても口をつけなかった。


 わたしたちは公園の遊具の中で次の日を迎えた。今度はちゃんと眠れた。その日の朝になって、女の子はようやく話せるようになった。名前は佐々原真由美、年齢は八歳。白コートに親を目の前で殺され、彼女は転倒して気絶したらしい。起きたら朝になっていて、両親が自分に覆いかぶさるように倒れていた。真由美は怖くなって走り出し、気づいたら公園の遊具の中にいたとのこと。


 お父さんと松永さんは真由美を連れていくことを決め、わたしたちは四人で街を歩き続けた。そして、順調に他の生存者を見つけ、協力しながら食料を探し、生き延びた。わたしたちのグループにはいなかったが、生存者同士で争い死んでいった人もたくさんいた。




 グループが二十人ほどになった頃、松永さんとお父さんを中心にして自警団が作られた。その中には自衛隊の人もいて、自衛のために必要なことをたくさん教えてくれた。白コートが持っていた銃を拾い集め、わたしたちが銃を使えるようにもしてくれた。でも、その人は、世界崩壊の日から二週間ほど経った日に、わたしたちの前に現れた白コートを道連れにして死んでしまった。


 それから、自分たちも以外にも自警団がいくつかあることを知り、他の自警団と協力しながら必死に生き延びた。たまに白コートが単体で襲ってくることがあったけど、自衛官の人から教えてもらったことを守って撃退した。


 自警団で連携をとりながら、使えるものは何でも拾った。基本的に食べ物は缶詰やレトルト食品だったけど、食べるものがあるだけ有難かった。

 東京だった場所は白コートの出現が多かったため、自警団は埼玉県だったところに集まるようになった。




 そして、世界崩壊の日から四か月経った頃。ある自警団を中心として自警団連合が結成された。わたしたち松永自警団もそれに加わり、南東エリアの守りについた。


 南東エリアの前線警備隊となったわたしたちをまとめていたのは、二十歳の女性と隼人さんだった。女の人の名前は相原春見あいはらかすみだった。隼人さんはずっと彼女のそばにいた。そのときの隼人さんは、あまり頼もしくはなかった。春見さんの補助、つまりは前線警備隊副長としているだけで、実質の指揮は春見さん一人でやっていた。


 前線警備隊としての生活は悪くはなかった。


 連合の領地の中央部で農業を始めていたらしく、食べ物には困らなかった。中央部で作られた武器を持って、毎日警備にあたった。

 白コートと戦闘になることも多かったけど、毎回返り討ちにした。死者が出ることもあった。ストレスで発狂する人も多かった。

 それでも、世界崩壊の日に比べれば天国だった。




 連合創設から一年半後、領地を広げるために創設メンバーが北西エリアの前線を越えて出撃した。連合の人は皆、彼らの勇気を誉め、成果を期待した。

 でも、結果は悲惨だった。広げられた領地はほんのわずか。生還者は隼人さんだけ。春見さんは撤退途中に死んでしまったらしい。


 それ以降、連合は別の人たちが仕切るようになり、連合は変わった。連合は中央と周辺自警団に分けられ、中央には第一歩行隊と第二歩行隊ができた。隼人さんは二歩隊の隊長になって、防衛線の外を偵察し続けた。


 偵察部隊の二歩隊と攻撃部隊の一歩隊の活躍で、連合の領地は広がった。松永自警団は相変わらず南東エリアの防衛線を守っていたけど、二歩隊が出来てから約八か月後に再編成され、中継拠点常駐部隊として今の施設に留まることになった。

 それから二年間、松永自警団は地下駐車場を改築した拠点で暮らし続けている。





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