けっきょくみじめなだけ
ハッと目を覚ましたその時、すぐに全身が動かないことに気付いた。
目が覚めると同時に反射的に飛び起きようとして失敗したのですぐにわかった。
わけが、わからん。
というか何が起こって何があったんだったか。
見苦しいヘドバンを披露したことはなんとなく。
けどなんもわからん、何これなんで体動かんの?
ジタバタジタバタしてみても身体が動かない、麻痺ってるとかじゃなくて拘束されてる系っぽい。
正面に見えているのは天井らしきもの、どうやら私はベッドらしきものに寝かせられた状態でさらに拘束されているらしい。
かなり頑丈な拘束らしく、どれだけ動こうとしてもびくともしない、ただ何かが軋むような小さな音が聞こえるだけという虚しい状況。
何故こんなことになっているのか。
「落ち着いてよ」
すぐ近くから声。
あの顔の綺麗な魔法使いだった。
ひいっ、みたいな悲鳴が我が口から漏れる、全部思い出した。
頭はもう痛くない、無様なヘドバンによる自死は失敗したらしかった。
おまけに何故か全身拘束されている、これではどうしようもない。
どうしろというのか、この状態で一般庶民にどうしろというのか。
「だから、落ち着きなって。お前、何があったか覚えてる? 急に錯乱して机の角に頭ガンガン叩きつけ始めたから気絶させておとなしくしたんだけど」
覚えていますとも、錯乱というかただのヤケクソだったけど。
こちらの顔色から覚えていると察したのだろう、魔法使いは溜息を吐いた。
「また暴れられたら困るから今は全身拘束してる。一回気絶して頭は冷えた? それともまだ切腹だなんだいうつもり?」
どう答えるか悩んだ。
切腹でどうにかなるならもうそれでいいという自分が確かにいる。
けど咄嗟にその辺に頭打ちつけて死のうと思うほどの衝動は今ない。
「切腹で許されるのなら切腹する気はまだあります……が、多少頭は冷えています。衝動的に頭かち割ろう、みたいな気は今のところは」
あんな見苦しい方法で死のうとまで思い詰められてはいなかった、ただちゃんとすっぱり、とだけ。
「まだそんなこと言うんだ、お前」
「そのくらいしかできそうなことないですからね。言っときますが私、かなりの無能ですよ」
「あっそ。無能とかそういうのはどうでもいい。どうせ人間なんて僕らと比べたら遥かに劣った生物だから」
そりゃあ魔法で大体のことができる生物と魔法なんて使えない人間と比べたらそうなるのでしょうけど。
そんな無能の中でも私はさらに無能、ということは理解してもらえるとありがたいなって思った。
魔法使いのべらぼうに綺麗な顔を見つめる、真摯な眼で「はずせずせこれはずせ」と念じてもみた。
普通に外してくれって言っても多分聞いてくれないだろうし、凝視することでそれとなく圧をかける作戦である。
そうしていたら元から難しそうな顔をしていた魔法使いの顔がさらに難しそうなものに、そして深々と溜息を。
「…………まず、お前が罪滅ぼしのつもりで死のうとしてるんだったら、それはむしろ逆効果だからやめて」
「逆効果とか言われてもそのくらいしか思い浮かばんのです。さっきあなたも言ったでしょう? 人間はあなた達みたいな魔法使いさんと違って、無能なんですから。その無能な人間の中でも私は特に無能ですからね、できることとか何もないですよ」
「まだそんなこと言うんだ。まあもういいよ、お前が思いつかないんだったら、教えてあげるよ、何すれば許してあげるか、その答えをあげる」
一旦どんな無理難題を押し付けられるのだろうか。
魔法使いが考える無能な人間のレベルによっては、どんなに優秀な人間であってもできっこないことを押し付けられる可能性がある。
身構えていると魔法使いはもう一度溜息を吐いた後、私から視線を外すように片手で自分の目元を覆った。
「……死なないで」
「はい?」
それでその後どんな無理難題を押し付けようというのかとその言葉の続きを待つ。
「だから、死なないで、生きていて。一旦はそれだけでいいから」
それだけでいいと魔法使いはそう言った。
無理難題ではなかった、というか普通に簡単、というか簡単すぎる。
その程度で本当に?
「それだけ、ですか」
恐る恐る問うてみると、魔法使いは首を縦に振りました。
「いえ、ですが……」
それだけでいいのか、他になんかないのかそれだけじゃ絶対に許してもらえないだろうとそう思っていると、彼は目元を覆っていた手を離してこちらを見据える。
「それだけじゃ足りない、納得できないっていうんだったら……お前が僕のつがいらしく生きて、僕よりも一瞬だけ長く生きてくれれば、それで何もかも許してあげる」
と、そんなことを言われた。
割と無理難題な気がした、つがいらしくってどうすればいいんだろうか。
そもそも私みたいな才能もなければいいところもない人間が、宝くじにでも当たったかのようにこんな綺麗な存在のつがいだなんてものになってしまったというこの状況は、なんというかすごく惨めな気がする。
だって私は何もしていない、好かれるようなことは一つもしていないどころか、嫌われるような言動しかしていない。
それなのに、つがいらしくなんてものを求められてしまっている。
結局どうすればいいんだろうか、とにかく死ぬのは駄目らしいので、それだけは一旦納得しておく。
魔法使いの顔を見上げると、綺麗な色の目と目が合った。
それで自分の全然綺麗じゃない目の色を思い浮かべて、それで勝手に惨めになって彼と同じように自分の顔を手のひらで覆いたくなったけど、ただ拘束具が小さく軋む音が虚しく響くだけだった。




