エピローグ2
◇◇◇◇
アインシャが目を覚ましたのは翌日のことだった。意識がはっきりしてくるとルシオンの所に行くと言って泣き、両親を困らせた。
なだめたり叱ったりしてなんとか病室に押しとどめたが3日が限界だった。
幸いなことに急性二酸化炭素中毒の症状は軽かったので無事退院の運びとなった。
棺の小窓が開いていたことと、ドライアイスの量が少なくなっていたことが幸いしたのだろう。それでも、命があったのは奇跡と言えた。
退院の日にはプリズナートのメンバーがパーティーの準備を整えて待っていた。
全員がクリュフォウ・ギガロックはルシオンだったのだと知っている。
ルシオンは死んだ。
もう隠しておく必要はない。
「おかえり、アインシャ!」
「退院おめでとう!」
盛大な歓迎には目もくれず、2階に駆け上がったアインシャは子供部屋に飛び込んだ。大人たちは微笑みを消して顔を見合わせる。
アインシャが入院中ずっとルシオンに会いたがって泣いていたことはみんな知っていた。
「もう二度と棺に入ったりするな。また同じことをするなら子供部屋のドアに鍵をかけなくてはならない」
追いかけて来た母親の厳しい言葉に、幼い娘は泣きじゃくって抗議の声をあげる。
「いやあ!」
「棺の中には入らないと約束するか」
「する!」
「だったら鍵をかけたりはしない」
ファラムリッドは愛しい娘の涙を拭って抱きしめる。そして改めて思う。
本当によかった。アインシャがいてくれて。このぬくもりまで失ってしまったら、私はきっと、立ってはいられない。
「ルシオンにただいまのあいさつをしなさい」
ファラムリッドは4日ぶりとなったルシオンとの対面を、アインシャが満足するまで待つつもりでいた。
だが、アインシャは棺の小窓から中をのぞいてうれしそうに微笑むと、すぐに部屋を出ようとしている。
「もういいのか?」
意外に思って尋ねるも、「いいの」と飛び跳ねるように階段を下りて行く。よほどパーティーが楽しみなのだろう。
寂しい気もするがアインシャが他のことに興味を取り戻し始めたのならいいことだ。
終始ご機嫌なアインシャを中心に、パーティーは大いに盛り上がった。
あんなにルシオンと離れることを嫌がっていたのに。それこそ棺の中に入ってしまうほど。
ファラムリッドとメルカトキオルは不思議に思いながらも、皆からのプレゼントに目を輝かせる娘に顔をほころばせていた。
プレゼントの包みをすべて開け終わったアインシャは食事にとりかかる。カップボードからいちばん大きな皿を出して来て、きれいな模様のペーパーナプキンを敷いた。
「食欲旺盛だな」
「大いに結構!」
プリズナートのメンバーたちは元気になった証拠だと喜んでいるが、ファラムリッドとメルカトキオルは顔を見合わせている。
幼くてもアインシャはマナーを守れる子だ。2歳までアインシャを育てたファラムリッドの母親がしつけてくれたのだ。
明らかに食べきれない量の料理を取ろうとしているのは、はしゃぎすぎているせいだろうか。
「そういうことか」
アインシャがテーブル置いた大皿に次々とのせていくものを見て、メルカトキオルがつぶやいた。表情を曇らせる妻の肩を抱く。
「キッシュやチキンロールもおいしそうだよ」
メッセル中尉の勧めにも「いらない」と素っ気ない返事だ。
大皿にはチョコタルト、マカロン、クレープ、プディングなどが盛り付けられていく。甘いものばかりなことに気付いたキャシュトニーナは泣きそうな顔になっている。
「ルシオンくんの分なんだね」
他の者も「ああ」と納得した顔になる。
「2階に持って行くのなら手伝うよ」
大皿が重たそうなのを心配したターネット中尉が声をかけるも、「いいの」とアインシャ。
「もうすぐおきてくるから」
全員が息を飲んだ。
「アインシャちゃん・・・・・・」
涙ぐむキャシュトニーナにはかけるべき言葉が見つからない。
みんなの注目を浴びながらスイーツを取り分ける手を止めない娘に、母としてどうやって諭したらいのか。
「アインシャ。ルシオンは起きては来ない」
娘の手をつかんだファラムリッドは、決定的な言葉を絞り出すための息を吸い込んだ。口にするだけで胸が張り裂けそうなその言葉を静かに吐き出す。
「ルシオンは死んだんだ」
静寂が支配したリビングで、大人たちの顔を見まわしたアインシャにはわかってしまった。
誰も自分の言葉を信じていない。
「しんでないもん!! みんなだいきらい!」
精一杯の抗議だった。涙を浮かべたアインシャは母親の手を振り払い階段を駆け上がって行く。
「待ちなさい!!」
あわてて追いかける妻を見送ったメルカトキオルは、パーティーのホストとして客に声をかける。
「アインシャは本当にルシオンが好きだったんだ。父親の僕が焼きもちを焼くほどにね」
緊張した空気が一気に和らいだ。
「まだ幼いし状況を理解するには時間がかかると思うんだ。それでもいつかはこの僕がいちばんだと気付くはずだから」
そうであって欲しいと思いながら、ふたりの後を追って子供部屋へ向かう。
メルカトキオルが子供部屋のドアを開けると、ファラムリッドとアインシャは蓋をはずした棺のそばに座っていた。
「はやくおきて。ルシオンのすきがいっぱいあるんだよ」
うれしそうに棺の中の遺体に話しかける娘に胸が痛む。
ファラムリッドは身動きもせず棺の中を見つめている。歩み寄って肩に手を置くが妻は振り返らない。
「メルオル。これはどういうことなんだ?」
ファラムリッドの視線を追って棺の中に目をやる。
「あ!」
思わず声を上げていた。
棺の中に横たわるルシオンは輝くように美しかった。とても死んでいるようには見えない。
顔色は明るくほおには赤味が差しており、唇はみずみずしい。今にも目を覚ましそうな様子は、昨日とは明らかに違う。
驚き戸惑うファラムリッドとメルカトキオルの前でアインシャはうっとりと話しかける。ルシオンが生きていることを微塵も疑うことなく。
「ねえ、おきてってば。おねぼうさんなんだから」
くすくす笑うアインシャの顔は、この上なく幸福そうに輝いていた―――――




