愛、あるいは花の収蔵
同情というよりは憐憫でした。
慈悲というどころか侮蔑でした。
愛情という割には、自己愛でした。
私は、可哀そうな可哀そうな雛を拾い上げました。不幸で不憫で弱々しい生き物。手の中にすっぽりと収まってしまう、小さく儚い女の子。
私がその手を固く包んでしまえば、小鳥は私だけに囀るのです。なんという快楽でしょうか。その命は、私だけを信じているのです。私がその気になれば、直ぐにでも絞め殺せるその命は。私だけを。
折れた羽を、捥いだのです。
籠の中に偽物の世界を届け、それで満足させていました。足が動くことに気付かれぬように。口が囀ることを忘れるように。何一つとして一羽ではできないように。私の元から、飛び立たぬように。
ええ、そうです。
生来、私は歪んだ人間でありました。
私を見てほしいのです。認めてほしいのです。愛してほしいのです。しかし私にはそんな価値がないことなど知っています、私はどこにでもいるような召使にすぎません。私は、凡夫です。私に愛が手向けられようとも、それをけして素直には受け取らないでしょう。私に愛する価値がないことは、私自身がよく知っていますので。
愛がほしいと口では叫び、愛を向けられようと耳を塞ぎました。それが私です。矛盾した、私の在り様でした。
だから恋心など殺しました。溢れ出る生々しい感情を言葉で整理しては、からからに乾かしてしまうのです。後に残るのは単なる記録じみた記憶。私は感情を意図して殺していました。
そうでもしなければ、耐えられないかったのです。
凍えそうな寂しさも。灼けるような愛しさも。
分厚い言葉の紙で押し潰したまま、忘れ去られた花のように。
ですから、私にとっては『彼女』の変化は到底受け入れがたいことでした。少し目を離しただけだったのに。『彼女』は羽ばたいていました。『彼女』を愛した彼に連れられて、本物の世界へと踊りだしていました。そうなっては最早、籠の中に転がる偽物の世界に目を向けることなどありません。私の小鳥は、いなくなってしまいました。
いいえ。
小鳥は、もうどこにもいませんでした。
『彼女』は既に小鳥ではありませんでした。
私の知らない『彼女』は、美しく魅力的な人でした。
もう可哀そうな、不幸な、死体のような女の子ではありません。夏の太陽の輝きで彼を照らす光でした。あまりに眩しく、熱く、乾き死ぬほどに。
私にできることは、何もありませんでした。
何も。何も。
ただ、乾いていくだけで。
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言葉の重しを開き、挟まれた花を矯めつ眇めつ摘みあげる。それはくすみ、かつての美しさを失っていた。幸福そのものだった蜜も、切なくなるような香りも、世界を塗り替えていた色も。何もかも失い、ただそれがそうであったという記憶だけがある。
手の中のそれを、不意に握りつぶしてしまいたいと思う。思い出すことさえ止めてしまおうかと。
それでもまた言葉の間に挟み込んでしまうのだ。
いつか、笑って懐かしむために。
いつかそうなれたらという願いを込めて。