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 それから二週間。オレは相変わらずバイトを続けていた。

 とはいえ、開き直れたのはあの一度きりで、今も以前と同じく強者に屈し、弱者に徹している。

 やっぱ、あれは普通の精神状態じゃないとできねえ。怒りとやるせなさといろいろなものが積み重なった結果だ。思い出すだけでもあの自分、まじすげえ。ぱねえ。褒め称えたい。

 人間やればできるもんだな……と思いを馳せながら、今日も学生にタバコを売りつけるオレ。


 そんな今日も、見覚えのある客が一人、店内に入ってきた。

 あの、不良だ。


 実はあれから毎日、午後四時、決まってやってくる。取り巻きがいたりいなかったりとそれぞれだが、相も変わらず赤いTシャツに整った顔をさらしている。顔を覚えたどころか、覚えたくもなかった名前まで知る始末だ。



「ショウさん、今日は何買うっすか?」



 ショウ、ってのがコイツの名前だ。取り巻きに声を掛けられているが、その目はギンギンにオレを睨み付けている。

 あーやだ、もうやめて。

 オレにはあのときのテンションねーんだから、今暴言吐かれたら見事に屈する。平謝りだ。

 そのため、いつもは空気を読んでレジカウンターからふらりと旅に出るのだが、今日は店長が正真正銘の旅行中なせいでこの場にスタッフオレ一人。

 店長めえ、人生楽しみすぎだろこんちくしょー。



「いらっしゃいませ……」



 意を決してレジの前に立つ。目当てのものを手にしたのか、堂々とレジまで歩んできたショウだが、しかしオレと目があって、ふと立ち止まる。

 ちらり、横のレジを見る。店長いない。つか今気付いたのあんた。

 毎日来て、店長のレジで物を買うのが習慣だったんだろう。その習慣を崩すシチュエーションに遭遇して戸惑っているのか。

 いや戸惑うって、そんなかわいいもんじゃねー。ぎりっと眉間にしわを寄せて、オレを睨み付ける。


 なんかめっちゃ嫌われてる……。


 ええと、謝るか。一応謝るべきか。でも、オレは当然のことをしただけであって謝る必要はこれっぽっちもないし。でもでもここまで睨まれてんだぞ、どこかしら殴られてもおかしくない。



「あの」



 とりあえず立ち止まるソイツに声を掛けると、顔めがけて何か飛んできた。



「ぷぎゃ!」



 あまりの痛さにうずくまる。同じく地面に落ちてきたのは、食べきりサイズのチョコスティック一つ。

 どうやらこれを投げつけられたらしい。おー、端っこのギザギザが目に入って血の涙が出そうだ。殴られなくて良かったけど、なんだこれ、凶器チョコ。


 つーかなんでここまでされなきゃ……。



「え、あ、ショウさん!」



 理不尽な思いを抱えつつ立ち上がると、そこにはすでに不良はいなくなっていた。自動ドアがしゅーんと閉まる。手に残るチョコ。

 何しに来たんだよアイツ……。



 ――と、いうことを翌日旅行帰りの店長に話したら、妙に感慨深げに頷かれた。



「あー、彼ね、いつもそのチョコ買って行きますよね」



 逃げてたので、知りませんが。

 どこに行ったのか、チョコみたいに黒くなった店長は、まるで子どもの成長を喜ぶ親みたいに朗らかに微笑む。いやだから、一人旅だし。



「明らかに狙いじゃないんですよね。チョコも、もちろん僕も」

「……やっぱ、オレ? 昨日とうとう暴力ふるわれたし、かなり根に持たれてるし……」



 うおー、殺されるかもしんない。早々にこのバイトに見切りをつけるべきかもしんない。

 心の中でひっそり考えていると、店長がなおも意味ありげに笑う。



「彼も、鈴木くんに似ているような気がしますよ」

「オレに?」



 どこが?と口に出せずに聞いた。ただ眉間にしわをよせているだろう顔を店長に向けて、続きを促す。



「そういうところです」



 テレパシーとなって伝わってしまったのか、店長はオレの疑問にピンポイントに答えを返してきた。ついでに指先でぐりっと眉間のしわを伸ばされた。

 そういうところが似てるって、眉間にしわを寄せてるところ? あー、確かにショウも不機嫌そうな面してるもんな。ただオレと違って顔が整ってるっていうだけで、やたら絵になるというか、色っぽいというか。

 ていうか、何食ったらああなるんだろ。世の女性がうらやむほど肌はつるすべだし、人工模型みたく歯並びもちょーきれいだし。歩いているだけでも目をひくよな、ああいう人間こそ人生薔薇色楽しくやってんだろ。

 何の取り柄もない小心者はせいぜいひがんでますよーだ。



「そういえば、今日は彼、来ませんね」



 ぐちぐちと唇とんがらせていたら、店長がふいに気付いた。というか、オレもずっと思ってたんだけど……今日はショウ、来ていない。

 いつもなら四時、オレが店内に入る頃に見計らったように忘れずやってくる。今日はあと少しすればオレの業務時間も終わるというのに、姿は見せなかった。


 うおえ、逆に怖い。

 毎日来たら来たで何されんだと怖くもなるけど、来ないなら来ないで今度は何を企んでいるんだと怖くなる。

 どっちにしてもやっかいな存在だなおい。

 昨日急にチョコぶつけられたのも何関係あるんだろうか……もしかして腹いせ成功したぜこんな店に用はねえ!とかいうことなんだろうか。

 あれでせーせーしてくれたなら、そりゃ良かったけども。



「後ろめたかったのかもしれませんね。また来ますよ、鈴木くん」

「……別に来なくてもいいんですけど。てか後ろめたいってそれはないでしょ」



 どんだけショウのことプラス思考で見てんだ。急にチョコ投げて後ろめたいってなんだそれ、後ろめたいなら最初から何もすんなと言いたい。

 もう帰ります、オレはそう言ってレジカウンターから出てスタッフルームに向かった。制服はなくエプロンだけなので、簡単に帰り支度を済ませ、また店内に戻る。



「ふふふふ、じゃ、また明日ですね。鈴木くん」

「なんでそんな楽しそうなんですか……」



 やたら店の外を見てニヤニヤしているのはなんなんだ。首を傾げながら、得体の知れない店長と別れを告げるべく外へ急ぐ。



「なんだあの人……うおえっ!?」



 カバンを握り直して自動ドアから一歩足を踏み出すと、急に体が傾いた。というより何かに手首を引っ張られ体が強制的に倒れる。

 転ぶ!と目を瞑った瞬間、オレの体に訪れたのは痛みではなく小さな衝撃だけだった。



「おい」

「……あれ?」



 頭上から声が降ってくる。どうなったんだ、と目を開けると鼻を中心に顔全体に布の感触が伝わる。顔全体を押し当てるようにしてそのまま目線を上に上げると、そこには人の顔。



「うわああっ!?」



 慌てて離れようとするも、何故か掴まれた手首のせいで腕分距離が取れない。外は暗いけど、コンビニの明かりがオレの手首を取った人物を照らし出していた。



「大丈夫かよ」



 きっとオレは驚きに顔を染めているんだろう。まさかここで出くわすとは思わなかった。今さっき話題に出たばかりだけど、まさかコンビニの中ではなく、外で会うとは夢にも思わなかったのだ、ほんとに。



「なんで……」

「大丈夫かって聞いてんだけど」

「……いや、あの」

「ああ?」

「な、なんでもないです」



 言いたいことが伝わらず、冷や汗ばかりがだらだらと流れ落ちてくる。大丈夫かそうじゃないかって聞かれれば確実に大丈夫じゃないんですけどね!

 なんでショウがここにいる? 何このひと、突然に現れてオレの心臓どうしてくれる気なんだ。

 らちがあかないと思ったのか、ショウはオレの手首を引っ張ると口ではなく目で確認しようとしてきた。ぐいっと顎を掴んで上向かされる。



「な、なな、なん」



 ショウの方が背が高いんだから、その格好も必然だ。でもなにこれ、なんで男に手首を取られ顎を取られ、見つめられなきゃいけねえんだ。

 深い意味もなく、ただその整った顔が近いっていうだけで顔が熱くなる。離せ、の一言すら言葉にできず、ただ見つめられる。恐怖心もあったが、それより恥ずかしさの方が勝った。

 うおい、この光景を人が見て誤解したらどうしてくれる! おおおオレは男だ、お前も男だ、そうだろう何がしたいんだ、おい!



「大丈夫みてえだな」



 一人ぐるぐると混乱していると、あっけないほど簡単に手を離された。

 解放されたオレは大げさに後退ると身を隠すように小さくうずくまる。あいにくと車二台分とまる駐車場には今なにも無く、広い空間があるばかりだ。

 大丈夫って、何が大丈夫なんだ。

 ……あの?

 目だけで聞くと、ショウはバツが悪そうにフンと鼻息を慣らした。



「昨日。悪かったな」

「……は?」

「別に、おまえの顔にもの投げるつもりじゃなかったんだよ。ただ、動揺してっつーか……」



 チョコ凶器事件。あれは、オレに腹いせするものじゃなく、動揺で? いやいや意味分かんないし。

 真意を探ろうと食い入るように見つめると、ショウは顔を逸らし、頭を乱暴にかいた。そんで吐き捨てた言葉がコレ。



「おまえがレジするとは思わなかったんだよ」



 だから、それで腹いせのチャンスだと思ったんだろ。それで間違いないだろ、おまえが何か弁解することがあるのか。



「ビックリしただけで、別に深い意味はねえし」



 フンと鼻を鳴らしたり、頭をかいたり、口ごもるショウは、見ていて滑稽だ。何もかも思い通りに行きそうな人生薔薇色の顔面を持ちながら、やけに情けない状況。

 なんとなーく心当たりのあるこの感じ……疑問に思いつつも、オレと視線が合わないことに少しずつ納得がいく。


 ……もしかして、言いたいこと、言えてない?


 オレはふらふらと立ち上がると、恐る恐るショウに近寄る。もし間違いだったらと想定して、殴られないようショウの両手首をがっしりと押さえ込む。下からショウの顔をのぞき込んで、ええと、とオレも口べたながら口にする。



「オレのコト、嫌いじゃない?」

「バッ……」



 何故か顔を真っ赤にして、ショウは口から変な言葉を放った。

 ……ば?

 追求するようにさらに見つめれば、さっきのオレと同じく、ショウは勢いよくしゃがみこんでしまった。オレの手首を繋げたままだったから、オレも向かいに座るハメになる。


 ヤンキー座りをして、顔を下にして、一体ショウがどういう面してんのかは分からない。ただ空気からものすっごく動揺しているのが分かる。

 あ、なんかその気持ちよく分かる。さっきのオレと一緒だしな。

 もしかしてこの人、オレと同じタイプの人? そういえば、店長もそういうこと言ってたような気がする。



「なんだ、全然怖くねーじゃん」



 同族嫌悪ならぬ、小心者は同族にこそ依存しようとする。このショウがオレと同じような性質をしていると分かった今、激しくオレはショウに仲間意識を持ってしまった。毎日ショウがコンビニに来て、毎日睨んでいたのも、もしかすると何か言いたいことがあって言えなかったのかもしれない。

 文句かもしれないし、謝罪だったのかもしれないし、どっちにしろ上手く言葉にできなかったってことだろ。


 そう思うと、毎日恐怖を感じていた荷が下りて、肩の上がスッキリする。そして、このショウをうなだれさせて目線が同じという状況がオレに優越感を感じさせた。



「ふふ、ははっ、なんか、おもしろい」

「わ、笑うな」



 今まで何やっても、うまくいかなくて、言いたいことも言えなくて、日陰をのらくらと歩いてきたオレだけど、今はなんてことない発見にも無性に喜んだりして。



「……笑うな、スズキ」



 顔を上げて恨みがましく睨み付けても、真っ赤だから怖くないし。あまりに恥ずかしいのか涙を浮かべているのが、変な気持ちを呼び起こしそうで怖いけど。



「あ、オレの名前知ってんだ」

「べ、別に……覚えてただけ」

「ははは。んじゃ、改めて自己紹介な。オレ、鈴木裕太って言うんだけど、おまえは?」

「北村、翔」

「うん、ショウね。あ、名前で呼んでいい? 友達からも呼ばれてたし、いいよな」

「知ってんのか?」



 あ、言わないでおこうと思ったのに。



「お、覚えてただけ……」

「んだよ、それ。真似すんな」

「真似じゃねーし、偶然だし」



 ふはっ、とショウが笑った。さっきまで顔を赤くして憮然としてたのに、いきなり笑顔を見せられるとドキッとする。いつも不機嫌そうな顔しか見てなかったけど、やっぱりイケメンは笑顔もイケてる。

 笑うな、とオレもショウの頭を小突いた。

 他人にはとことん恐縮するオレだが、一度仲間意識を持つと一種の内弁慶を発揮する。怖いとは微塵も感じなくなったのでなせる技だ。


 つーか、二人して座り込んで、一体何やってんだろ。

 オレはショウの手首を取って無理矢理立ち上がらせて、ドンと胸元を押しやった。



「また明日な。来るだろ?」

「スズ……ゆ、ゆうた」

「ん?」

「……んでもねえ」



 手の甲で顔を覆うショウ。こうしてみてると、ほんと不良っぽくない。オレは笑いながら、意地悪っぽく言ってやる。



「タバコは買いに来るなよ」



 じゃーな、と手を振るも、ショウは怒るでも笑うでもなく、なんかやけに静かにオレを見つめていた。

 おい? どうした?

 なんか良くわからんが、明日また待ってると言うとショウはちゃんと頷いた。

 それを確認してオレは今度こそ家路につく。ショウはコンビニの前に佇んだまま、オレをいつまでも見送ってた。

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