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その翌日、大学のゼミで論文の発表があった。十人しか参加していないクラスだけど、どいつもこいつも頭が良く、気紛れでゼミを選んだオレには温度差がある。その論文の発表も、本当にオレと同じ授業を受けているのかと問いただしたくなるくらい意味不明で、オレは用意していた論文を忘れたふりをした。
怒られたというより、呆れられた。
大学生にもなってそれはないでしょう、と先生に言われ、他の生徒たちにも空気のように扱われた。
うわーもういやー、いたたまれねー。
途中で帰りたかったけど、それもできずに非常に居心地の悪い思いをした。こういうとき勇気があれば、オレもオレなりに頑張ってかいた論文を笑われようが堂々と披露してやれたのに。
「鈴木くん、疲れてますね」
「……別になんでもないっす」
ゲッソリしながらコンビニサトーのバイトに入ると、店長にすぐ指摘された。店長はユルイくせに妙に鋭い。あまり人に干渉されるのが好きではないので、オレは本音を言ったりしないけど、たぶんこれもウソだとバレてるんだろ。
「何でもないです?」
「ですったら」
「……そう?」
店長はじとーっとオレを見、今日はレジに入るように言った。ふあい、といつものように気のない返事をしてカウンターへと入る。
「鈴木くん、そんな生き方、息苦しくないです?」
いきなり何ですか店長。ちらりと隣接するもう一つのレジカウンターへ目を向けると、店長は手元に集中してもうオレのことなんか見ていなかった。
「いつも胸の内に気持ちをため込んでて、それを発散することもなくて、ずっとただ一人つまらないバイトを続けるだけで、楽しいです?」
「な、何ですか急に」
「僕は心配なんです。鈴木くんってちっとも笑わないし、人生諦めてますってにじみ出てるし」
うおー、読まれてる。
いあいあ、別に人生投げるほど悲観しているわけじゃない。けど、何も楽しみを見いだせずボウフラのように漂い生きているのは本当だ。
……友達いないのまでバレてんなこれ。そりゃそうか、大学終わって遊びにも行かず毎日このコンビニにまで来てれば気付くか。
これでも、高校まではちゃんと友達がいたし、毎日が楽しかった。ただ、一人で知り合いのいない土地にきたから心細くて、社交性の無さがアダになって。
この生活も三年目。これはさすがに。
「ほら、眉間にしわとか寄せてるからでしょう」
店長がオレを見てびしっと指さした。思わず隠すように眉間を手のひらで覆う。こっそり指で伸ばしてみる。うわ、ほんとだ、しわだ。
でも、これだって別に、好き好んでしかめっつらしてるわけじゃねえし。
言いたいことも言えなくて、ぎゅうっと胸にしまうから知らない間にこんな顔になっちゃってんだろう。大学生活、友達ができないのも、睨んでいないのに睨んでいると思われるこの顔のせいもあったりする。
図星さされて、はふうとため息を付いて、ちょっと自己嫌悪。
「鈴木くん、お客さんです」
そんなとき、店長に指摘されて、オレの前に一人の女性が立っていたことに気付く。
品のない茶髪を、頭の上で大きく盛っている。目の周りまで真っ黒なアイメイクで見られて、心臓が縮こまる。
不良に次いで苦手な人種……ギャル。こええ。
「ん」
凶器みたいなどピンクの爪が、カウンターの上を指さす。雑誌やらカップ麺やら無造作に転がっていた。
ああ、すいません、ただいま、すぐに。
ちらりとギャルの顔を見て、バーコードを読みとろうとしたら、ドンッと机を叩く音が耳にぶつかった。
「今あんた、あたしのこと睨んだでしょ」
「えっ」
「お客様にそんな態度取っていいわけ? 謝りなさいよ」
「ええっ」
いやいやいや、睨んでませんし!?
もともと無表情だったギャルの顔が、さらに悪いことに不機嫌な色に染まっていく。
なんか以前も見たような光景だな! ああ、大学二年生のときとった授業で初めて会った隣の席の女の子も同じようなこと言った! ああもうオレは穏便にコトを運びたいの!
助けを求めて店長を見ると、真剣な顔で二、三頷かれた。
悪くないけど、謝らなくちゃいけないんだろう。曲がりなりにもお客様だ。理不尽にされてもオレはしがない店員だから。
……謝りたくない。でも、言い返すような気概もどうせ無い。
どうしようもなくて空白の時間が過ぎた。ようやく頭を下げようとしたとき、痺れを切らしたのかギャルが机の上の商品を地面にぶちまけて、歩いていった。
「最悪。こんな店で誰が買うか。二度と来ないわ、じゃーね」
そんで捨てぜりふを吐いて、自動ドアから外に出てった。
オレは下げそこなった頭をうつむけて、深いため息を付いた。結局オレの気持ちなんて伝わらず一方的に怒って帰った。
店長から眉間のこと指摘されて、それがすぐにこうなるなんて思わなかった。
「鈴木くん、仕方ないですよ」
腹立つ。仕方ないってなんですか。
オレ悪くないのに、何でこんな風に責めてるみたいに。
うー、むしゃくしゃする、腹立つ。商品ぶちまけたいのはオレの方だろ、こっちから願い下げだ、二度と来んなバカ女!
言えないまま胸の内で愚痴をこぼして、地面に落ちた商品を拾いにかかる。そして腕に雑誌とカップラーメンを抱えて立ち上がろうとしたとき、オレの頭上に影が降りた。
「邪魔」
……今度は、不良か。
次から次に、なんだこのキャスティングは。コンビニサトーは本当にいろんな客のお越しをお待ちしておりますな、腹立つ。
いつもだったら空気のようにすっと場所を譲るオレだが、今は虫の居所が悪かった。聞こえていないフリをして、わざとこの場に留まる。
「おい、聞いてんか、そこのチビ!」
もう一人いたらしい、明らかに取り巻きっぽい男がしかめっ面をしてオレを睨み付けている。サルみたいな顔をしているからか、特別怖いと思わない。しかもチビって、オレとおまえそんな背かわんねーだろ、つーか、チビでもない。
この場を離れてなるものかっ!
逆に意地になってしまったオレは商品を抱えたまま、フンと背を向けた。そこで店長と目が合ってしまい、見かねたように側に寄ってくる。
「ほら、鈴木くん、レジして」
オレの腕の中から商品を取り上げ、もう一度カウンターの中へと押しやる。抵抗もむなしくぶつかるみたいにカウンターに手を付いた。顔をあげると、二つの顔に見下ろされている。
サル顔と、ダークアッシュに髪を染めた見覚えのある不良。
あっと声を上げそうになるのを、なんとかして留めた。見覚えがあるどころかそいつ、昨日オレを睨み付けてきたヤツで間違いない。
今日も真っ赤なTシャツを中に着た学ラン姿だ。ガタイが良いというより華奢だが、スタイルが良いのかオシャレに着こなしているように見える。
無造作に髪を後ろに流して、耳に掛けているのがやけに大人っぽい。オレより年下のハズだけど、白い肌と艶のある唇が色気を出していた。
思わず見とれるくらいには案外きれいな面をしている。
「マイルドセブン」
……は?
しばしにらみ合ったあとで、カウンター、オレの正面に立ったその不良が口を開いた。声に出してはいないが、理解していないと分かったんだろう、もう一度同じコトを言う。
「タバコだ、早く出せ」
オレは理解して、もう一度不良の顔を見た。当然といいたげに堂々とした居佇まい、オレを見下ろすその視線。
軽く息を吸った。
「未成年に売るようなタバコはありません」
多分、今までだったらホイと何でもないように売りつけてただろうし、実際制服を着た学生に売ったこともある。店長にコッソリ。
でも今は素直に出す気にはなれなかった。店長が見ている手前、というわけじゃない。
一言でいうなら、あれだろう。
むしゃくしゃしてやった。
「ああ? お客様が買うって言ってんだろ。ここは満足にお客様サービスもできねえのかよ」
「あいにくですが、法律で決まっていますので。この店でお客様が買えるものはなにもありません、すぐにお引き取り下さい」
いつもすぐに力の強い人間には屈するオレが、ささいなキッカケ一つで変わるもんだ。さらに今は法律という正義を盾にしているだけあって、オレは間違っていないという強みを手にしていた。
不良は強く睨み付けてくるが、こちとらギャルにインネン付けられるほどの目つきの悪さだぜ。負けるかってんだ。
もはや投げやりだ。たまりにたまった鬱憤をここで晴らしていたといっても過言ではない。
横からやいのやいのと取り巻きに言われながらも、しばらく睨み付けていると、不良が目をそらして踵を返した。
「行くぞ、こんな店に用はねえ」
そう言って出ていく。もっと粘られるかと思ってたから一瞬呆気にとられるも、学ランの背中を見て勝ったと確信した。
オレは自動ドアが閉まるのを目でしっかりと確認してから、大きく息を吸った。
「おとといきやがれ、この不良ー!」
あースッキリしたッ!
「鈴木くん」
「あ、店長……! す、すみません。二度もお客さんを帰してしまいました」
我に返ると、えらいことやったんでねーかと小心者根性が顔を覗かせる。恐る恐る隣の店長の顔を見ると、何故か晴れやかな笑顔だった。
……なぜ?




