終
窓の外からの侵入者が放った散弾はベテラン警官と、マーセナルの足に着弾する。
割れたガラス片の飛び散る音にかき消される痛みに喘ぐ声。その中で悠然と立つその影には、やはりあの機械の尻尾があった。
「すまない。少し遅くなった。」
スコーピオン。あの通信は彼女の送ったものだった。
「──ばーか」
それでも、嬉しくないといえば嘘になる。
「シノメ、無事か!? スコーピオンも!」
「どっちも無事だよアホのトラス、分かったら帰還後の命乞いでも考えとけ!」
シノメは心の底から安心し、彼女に肩を借りたくなった。だが、お互いの身体の傷つき様から、その甘えは終わってからと、心に再び仕舞い込む。
「そんじゃ、祭りを始めようじゃん!」
さぁ、反撃開始だ。
ここはグレーゾーン。オモテのルールもウラのルールも存在しない正真正銘無法地帯。
コテンパンにされた分、私達の得意分野で戦ってやろうじゃないか。
スコーピオンは入り口のドアを、シノメは窓側の侵入を互いを背にライフルを構えた。
駆けつける警備員を次々に撃ち、互いのリロードの隙を埋めるようにシノメは伸びる腕で薙ぎ倒し、スコーピオンは尻尾と大太刀で警備員の猛攻を迎撃。
近づく相手へ一回転。振りかざされる大太刀の刀身に、シノメの六つ足は小気味よいステップを踏み回避。
余裕の出来た爪の一つを太刀振り切りの無防備な瞬間を狙う不届き者へとお見舞いする。
最上階の一室はただ二人の、人であった怪物によってあっという間に血の海が形成された。
血濡れ衣の二人。片方は狂気的な笑いを、片方は機械の如く冷たさで、ぱっと見は水と油のような二人。
されど、路地裏の絆というのは短くとも深く根付くもので、噛み合わぬ言動とは別に互いの癖を読み切った正に阿吽の呼吸の快進撃を披露した。
警備員の数も減り、マーセナルの捕縛には十分安全な領域に入った。シノメは弾が切れたライフルを最後まで立っていた警備員に投げつけ気絶させる。
「ま、待てお前らぁ! 俺を逃してくれたら、奴の報酬の倍を──」
スコーピオンは命乞いするマーセナルを殴って黙らせると手足を容赦なく縄で縛り、テープで口を聞けないようにした。
「んじゃ、撤収するか? 正直物たりねぇが......」
「推奨。グレーゾーンの持続時間はトラスも不明と──」
スコーピオンの言葉を遮る銃声は、口惜しそうなシノメに一発の凶弾として襲い掛かり、彼女の呻き声と共に倒れ込んだ。
「シノメ──!」
「──心配すんな、まだ生きてる......」
命中位置は腹部。血の流れ出る彼女の身体は速く処置しなければ助からない。
スコーピオンはシノメの前に立ち、あの時の警官と対峙する。
「トラス、大至急迎えを頼む。シノメが重傷を負った」
「車両は到着済みだ、帰りを診療所に設定しておく。備え付けの医薬品は勝手に使え」
退路は確保した。あとはシノメとマーセナルを送りさえすれば......
「──何してんだ? お前は、さっさとあの野郎連れて、行けって.......!」
しかし、彼女の鋭い圧によって跳ね返される。
彼女はやる気だ。この生がここで果てようとも、たとえ私が止めようと、彼女はあの警官を殺すだろう。
「大丈夫だって......向こうで会えるさ」
儚い笑みはかつての楽観的な彼女との差異を明確なものにする。
それでも、私達の優先事項を揺るがせてはならない。
「マーセナル護送後、すぐ迎えに行く......死ぬな」
初めて見せた優しい声色を残して、スコーピオンはマーセナルを背負い、部屋を後にする。
部屋に残ったのは、赤く染まった室内に壮年の警官と負傷した蜘蛛を模す少女のみ。
「グレーゾーンってのはイイよなぁ.......ここじゃ法も差別も関係なく、誰もが平等に戦える。あんたらの増援も駆けつけない」
恍惚な表情を浮かべ、彼女は濡れた地面を指でなぞる。滴る鮮血は燃え盛る蝋燭の如く、彼女の血はその額に二つの蠢く眼を発現させた。
「肉体の差は、不平等だがな」
「こちとら死にかけだぜ? おあいこだよ」
路地裏に虐げられてきた者の底力を全力で活かせる領域。今まで受けた不当な仕打ちに比べればこれくらいのハンデは許されたっていいはずだ。
そして、ここに残ったのは一つ、彼には確認したい事があったからだ。
「それに、あんただろ? 路地裏の住民に勧告せずに逮捕しやがったってのは」
警官が無口のまま拳銃を構えたのに反応し、六本足で地を蹴り天井に移る。
一射、二射と撃たれたが全て外れ。悪運はまだこちらに味方している。そして、その行為こそが問いに対する彼の答えだ。
伸びる腕を駆使して警官の拳銃を打つ手に妨害を挟み、少しずつ、少しずつ六本足の間合いに接近する。
見える。今日の私は比類なき程に絶好調だ。
唯一懸念すべきはEMP。恐らく、まだ隠し持っている筈だ。スコーピオンを逃したのは仮に六本足が使えなくても多少は動ける私が相手した方が良いだろうと判断した結果だ。
腹部の熱を帯びた痛みが引いてきた。彼を倒すという意志はシノメのアドレナリンを迸らせた。
上部腕で上半身を保護し、中部は攻撃。下部は着地の姿勢を取るようにイメージ。
間合いは十分。チャンスは一度。この一撃に全てを賭ける。
「死ね、路地裏のガキィ!」
EMP! 隠し持っていたグレネードがシノメ目掛けて投擲された。
「終わんのは、テメェ、だ!」
予備動作で見切っていたシノメは伸ばしていた腕を縮め宙に留まるEMPを掴み、すかさずお返し。
二人の中間点でEMPは破裂し、機械の停止する鈍い音が部屋中に響いた。
余波で六本足は機能停止、向こうも電子機器類は使用不可。
勝負は一瞬。天井で固定された六本足の第二関節部をパージし、腕を柱へと伸ばすと、体ごと警官に特攻する。
「──ッ?!」
だが、その感触に違和感を覚える。
彼の肉体は人の肉とは思えぬ程に堅く、壁へ勢いのまま激突したように痛みが胸から全身を包み込んだ。
声にならないシノメの声と、倒れ込む警官の人ならざる金属音が、戦いの終焉を知らせた。
「──結局、あんたも同類じゃねぇか.......」
ヒリヒリする右手と、じわじわと痛みが身体を支配する中、シノメは倒れたベテラン警官のの頭に、銃弾を数発撃ち込む。されど、血の流れることはなかった。
衝撃そのままに警官が倒れたから助かったものの、彫像のように静止した後であれば身体に巨大な洞が生成されていただろう。今の自分が機械の六本足を如何に頼り過ぎていたかが知れ、少し反省した。
「仇は取ったよ、皆──」
疲れは最早限界点。よく見えていた視界はぼやけ始め、痛みを抑えるのに摩耗した精神をそのまま、赤く染まる地に抵抗なく身を投じた。
──遠のく意識の中、聞き覚えのある声がぼんやりと近づく。
何を言っているのかはわからない。それでも妙に落ち着くその声を聞きながら、シノメはゆっくりと目を瞑った。
◇
──あの一件以来、もう数日が経つ。
シノメはトラスが「わたしにも落ち度がある」と、彼の負担で路地裏一腕のいい闇医者にかかった。幸い、命に別状はないらしいが、当分は安静にしておく必要があるそうだ。
例のグレーゾーン領域は、土地がマーセナルの管理下から離れた事で、再び路地裏の土地へ。コミュニティ間で権利者闘争が起こっているらしい。トラスは参入に乗り気のようだが、現状別の人物によって買い取られそうなのが現実である。
そして、スコーピオンはシノメの代わりにトラスから仕事を請け負い、日々の生活費と、療養中のシノメの世話とで充実した生活を送っていた。
「......あと3日かー」
シノメは僅かに入る陽光もどきを眺めながら、自分が動けるようになるまでの時間に思いを馳せているようだ。初めは退屈さで死にそうだと喚いていたのに、今の彼女は見た目に合った健気な少女のように映って見えた。
「楽しみか?」
「楽しみって、そりゃあそうでしょ! ようやくドンパチやれる日々が帰ってくるってんだから」
仕事で起きた戦いの話をした時と同じように、彼女は興奮のまま新調した六本足を動かそうとする。慌てて止めると、不機嫌そうな顔をするのが一連の流れだったが、彼女はそれを受け入れているようにも感じる。
大きく背伸びをして、彼女はまたベッドに倒れ込む。今の生活はあの時必死になって戦っていたのが幻かのようで、スコーピオンは少し寂しさを覚えた。
「なぁ、お前、あたしと組まないか?」
口火を切ったのはシノメから。薄い陽を介して見る彼女淡く写っている。
「いやまぁ、こんだけ私生活に介入されると、流石に勿体無いっつーか、恥ずかしいっつーか......」
苦笑いをするシノメの顔は、初めて会った頃のそれとは全く面影を感じさせない。これが、彼女の素なのだろうか。
「元より私に帰る場所はない。そうさせてもらう」
それでも、事務的な返答は彼女の癪に触ったのか、いつもの彼女に戻った。
「んだよ素直じゃねー! 私の恥じらい返せ、ボケ!」
路地裏は今日も平常通り、それぞれ彼らの生活が繰り広げられている。
最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。




