2.
そんな時だった。
この数ヶ月は何の音沙汰もなかった母の前夫、
ルーカス・ロックハートがまた訪ねてきた。
達也はアルバイトのため、家にはいなかった。
ルーカスは、父を見るなり開口一番にこう言った。
「今日は、朝倉さんにとって良い話を持ってきました。
今、いろいろとお困りのことがあるのではありませんか?」
ルーカスは、いま父の頭を悩ませている事柄について、
何故だか詳しく知っていた。
そして、支援を申し出てきた。
もちろん、単なる好意で支援をしたいと言ってきたわけではない。
条件として、ルーカスの息子たちを一緒に住まわせて欲しいと要求した。
息子たちというのは、母とルーカスとの間にできた子供で、
僕にとっては年の離れた兄たちということになる。
その息子たちの存在を、父は以前から知っていた様子で、
そのことについては何を聞くこともなかった。
自分の子供たち五人を、
急に面倒みなければならないという状況に加えて、
さらに他にもというのは無茶な条件である。
しかし、そうした状況に対応できるように、
広い住居を用意してくれるとルーカスは言う。
その上で、金銭的な支援もしてくれるという話であった。
家事などについては、
ルーカスの邸宅で働いているメイドを出してくれるとも、言っている。
達也がいたら、そんな話を聞く前に、
怒って追い出してしまっていたかも知れないが、
それら大体の話が終わった頃になって、達也は帰ってきた。
ドアが開き、玄関先でルーカス・ロックハートの顔を見るなり、
達也は不機嫌そうに「どういったご用件ですか?」と言った。
「今、とりあえず私の用件については、
お父様にお伝えしたところなのですが、
達也さんも含めてご家族の皆さんで、
よく考えていただければと思います。
皆さんにとって、決して悪い話ではないと思うので。」
ルーカスは眉を曇らせてそう言うと、父のほうを見た。
父が困ったような顔でもしたのか、ルーカスが言う。
「私から、達也さんにも説明した方がよろしいですか?」
「いえ、今日のところはひとまずお帰りください。
息子には私から説明しますんで。」
「そうですか。
それでは、また返事を聞きに伺いますので、よくご検討ください。」
父がそう答えると、ルーカスもそう言って帰って行った。
達也は、靴を脱いで家に上がると、冷蔵庫からお茶を出して飲んだ。
それから、「あいつは、どれくらい居たんだよ?」と睨むように父を見た。
父は、横に立つ僕を見るが、すぐに視線を逸らした。
「どうかな。一時間くらいじゃないか?」
「一時間? 一時間も玄関で立ち話をしてたのか?」
「家に上げた方が良かったかな?」
「そんなわけないだろ! あんな奴、家に入れる必要なんかないよ。」
「やっぱり、そうだよな。」
しばらく沈黙が流れた。
時計の秒針がカウントを刻む中、
何も聞いてこない達也に痺れを切らしたのか、
父が先に口を開いた。
「それで、ロックハートさんの用件についてなんだが。」
父が一通り説明し終わるまで、達也は横を向いて黙ったままだった。
父の話を聞いているのか聞いていないのか不安になった僕が、
「お兄ちゃん、聞いてる?」と聞くと、
達也は「ああ、聞いてるよ。」と答えた。
達也は、父のほうを向いて言う。
「父さんは、その話を聞いて、どう考えてるの?」
「この話が本当だとしたら、
どうしてそこまでしてくれるのかと思う気持ちはある。
だが、実際に急に家族が五人増えることを考えると、
この家じゃ手狭だし、助かるのも事実だ。
渡りに船というか、俺たちにとって、
ありがたい申し出ではあると思う。達也は、どう思う?」
「全員にとっての利益を考えると、
千春さんの子供を一緒に住まわせるだけで、
ここより広い家にみんなで住めて、
生活の心配も軽減できるなら、
良い話ではあると思うけど。なんか怪しいんだよな。」
「父さんも、そんなおいしい話が、
この世の中にあるものなのか……とは思う。」
達也は、父が話したことは理解しているが、
そもそもルーカスのことを嫌っている。
だから、ルーカスが持ってきた話を信用できないでいるみたいだった。
「千春さんの子供って、今いくつなんだっけ?」
「二十一歳と十九歳で、二人とも大学生らしい。」
「なんだよ、俺の一つ上と一つ下かよ。」
達也は、いろいろと不満そうではあったが、
結局のところ状況が状況なので、
ルーカスからの支援を受けることに同意した。
ルーカスが実際に、メイド用の別棟付きの豪邸を、
父の名義にして買ってくれたからだ。
こうして、僕たちの新しい生活が始まることになった。