第247話 白鷹隊、パスク村へ
訓練兵たちの部隊、通称白鷹隊を引率して、俺たちは領内の東端にあるパスク村に向かった。
パスク村までの道のりは30クナート、55kmと聞いていたけど、正直それ以上に感じた。
以前、迷宮討伐のために通った脇街道をさらに進み、途中のエクール村に着いたのはまだ午後早い時間だった。
エクールは開拓村と言っても、北方街道にあった開拓村とは全く規模が違って、既に2千人以上が暮らしている「町」と言える規模の農村だった。
そこで小休止をはさみ村人から団子を振る舞われたりして、“ああ、新たな領地になった村々ともいい関係ができてるみたいだ”と安心したものだ。
通り過ぎるとき、レダさんの手紙にあった、ベスの魔法で切り開いたという新たな畑が森の中に整然と並んでいるのも見えた。
ただ、エクールを過ぎると、急に道は狭く凸凹になり、行軍がはかどらなくなった。
もう街道なんてとても呼べない、荷馬車だとかなり苦労しそうな、獣道よりはマシ、って程度の道だった。
スクタリを出発したのは薄明時だったのに、パスクに到着したのはもう日没寸前だ。
簡単な木製の柵で覆われただけの村の門はもう閉じられかけていたが、番兵ではなく本当に門番でしかない老人が、かろうじて俺たちを待っていてくれた。
事前にスクタリから、ベスの遠話で村長に話が伝わっているようだ。
ベスが現在、領軍の特定の部隊に所属せず、カレーナ直属みたいな立場になっているのは、こうした連絡係をするためだと聞いていた。
定期的に各村長や、偵察行動中の部隊の隊長とも遠話を結ぶことで、あらゆることが合理的になるしスピードアップする。
この世界のケータイそのものだ。
「2列縦隊っ」「「「はいっ、2列縦隊!」」」
行軍を指揮する年配の兵がかけ声をかけると、少年兵たちは疲れた足を引きずりながらも、気丈に復唱する。
いや、本当によくやってるよ。
騎乗してるのは、俺と指揮を執るヴァロン、そして指導役の3人の年配の兵だけで、訓練兵たちは徒歩なのだ。
しかも武装した上に背嚢を背負ってだから、それも訓練だってのはわかるけど本当に大変だよな、まだ中学生ぐらいの年齢なのに。俺だったら、すぐ音を上げそうだ。
中でも見るからにキツそうだったのは、「魔法資質がありそうだ」と見込んでヴァロンが直接指導している第4班、通称“魔法班”の連中だ。
女子が4人、男子は5人だが他の班の連中より体が小さく華奢だったり逆に太ってたり、ともかく戦士向きには見えない。
フーフー言いながら一番バテてる太った少年が、昨日練兵場でも目に留まった薬師LV1。そして、女子の中では背が高く、なんとなく班を仕切っている風なのが巫女LV1。この二人だけは既に15歳になっている。
村の中心部に他の家より一回り大きな家が2つ並んでいる。
一方が村長宅、となりは集会所でその上には櫓が組まれ、物見台と鐘が据えられている。
さっき聞こえたのは、夕暮れを知らせるこの鐘の音だな。
ホデールという村長は引き締まった体の初老の男だった。
ステータスを見ると、農民ではなく<職人LV11>と示された。どうやら大工らしく、この家や集会所も自分たちで作ったそうだ。
「みなさん、お疲れでしょう。となりの集会所を宿舎として使ってもらえるようにしてあります。井戸が村の奥の山手にありますので、まずは汗を落として下さい」
丸一日歩きづめで、汗と泥とホコリでみなドロドロだからな。
そして、今回の行軍中の糧食は、基本的には自分たちで背負ってきた携行食で済ませることになっていたんだが、明日の朝食だけは村で用意する、と言ってくれた。
パスクは人口1千人ほどと、今回オルバニア領に加わった3つの村の中では一番規模が小さい。
しかも、半年前までは疫病が流行して大変だったそうだが、ベスたちによって川から水が引かれ、きれいな水が使えるようになったことで、今は復興してきているらしい。
「幸い今のところ、マジェラの軍兵を見たなどという話は聞いておりません。ただ、困ったことがありまして・・・また、魔物が出るようになったのです」
パスク村の東方、もうオルバニア領とは言えないあたりに、もう一つ迷宮が見つかっている。この話はカレーナから聞いていた。
春先に新領地を巡察した時に村人から魔物の多発をなんとかしてもらえないかと懇願され、調査の結果見つかったものだ。
出来るものなら討伐しようとしたが、簡単にはいかず、結局三階層の途中まで攻略したところで、あきらめて入口を土砂で埋めて封じたという話だった。
途中まで討伐が進み、入口も封じられたことで、半年間、魔物はほとんど出なくなっていたらしいのだが、最近になってまた増えてきたと言う。
「主にどんな魔物なんだね?」
代表して隊長格のヴァロンがたずねる。
「一番多いのは、ゾンビとスケルトンですが、他にもおぞましい者らがおるようです。ただ、出くわしたものはほとんど帰ってきておらんので・・・」
要するにアンデッドってことか。
村の防柵の中には入ってこないので、犠牲者は今のところ多くないものの、狩人や柵の外に耕作などに行く者たちが、夕暮れに帰りそこねて襲われることがなんどかあったらしい。
村にも自警団はあるが、アンデッドに効果的な銀の武器など持ってはいないし、この村には僧侶がひとりいるだけで、他に浄化が使えるものはいないから、困っているそうだ。
***********************
翌朝、俺たちはパスク村を出発し、さらに東へと歩を進めた。
本来の目的である、前線に近い東の方の偵察に加え、途中、迷宮に寄ることになった。入口の封印が破られていないか、たしかめるためだ。
「あれか・・・案の定だったな」
ヴァロンの言葉どおり、視界に入る目に魔物の気配を察知していたから、予想できたことだ。
小径をすこし外れて山間に入ったところにあった迷宮の入口は、確かに土砂で塞がれた跡はあったものの、人一人通れるだけの穴が空いていた。
これがアンデッドによるものか、他の魔物が掘ったのかはわからないが。
「どうするかね?副隊長」
ヴァロンの所に、訓練兵たちを引率する3人のベテランが集まってきた。
バイラミとガラン・ベルーシ、そしてフレチャイという、いずれも50代の領兵だ。
「うーん、迷宮で戦うのは、さすがにまだ訓練兵たちには早すぎるでしょう」
ザグーに次ぐこの隊のナンバー2であるヴァロンも、自分より長くカレーナに仕えているベテランたちには丁寧な口調だ。
「それはその通りだが、迷宮がどういう所かを目にする機会というのもなかなかないし、魔物のレベルが高ければすぐ退却する、というのはどうですかな?」
偵察を言い出したのは、フレチャイという<スカウトLV4>の男だった。
フレチャイはさほど武功はないけれど、人間や動物の足跡を見分けたり魔物の気配をとらえるのが得意で、昔よその迷宮に入った経験もあるらしい。
残る二人の戦士のうち、ガラン・ベルーシという寡黙な男は慎重派だったが、バイラミという、普段一番まめに少年兵らの指導をしている男は、フレチャイに同意し、せめて交替で一階層だけでも見せてやりたい、と主張した。
「どう思う?シロー」
「・・・いいんじゃないかな。どうせ、俺たちは少し中の様子を調べた方がいいだろ?」
入口だけ封じても、それで魔物が湧き出すのを止められるかわからないし、半日ぐらいなら、ここで調査に充ててもいいんじゃないだろうか、と思った。
結局、40人弱の訓練兵を半分ずつに分け、半分は出口の確保と周辺の警戒。残る半分が迷宮内に調査に入り、半刻=1時間をめどに交替、ということにした。
これまでの経験だと、一階層の途中までは普通の洞窟だが、その先で壁がオレンジ色に光る、ワームの体液でかためられた本物の迷宮に変わる。
その場所まではせいぜい数百メートルだから、片道30分もかければ、迷宮とはこういうものだ、ってことは十分見てこられるだろう。
一階層ならそれほど厄介な魔物は出ないだろうし、いざとなればリナの他にタロやワンも出せば撃退できるだろう。
「よし、じゃあ、最初は1班と4班がおれとシローについてこい。ただし、1班の3人は槍装備で先頭に立て。バイラミさんはしんがりを頼む。班ごとに2つ、松明の準備だ、急げっ」
「「「はいっ!」」」
ヴァロンの指示で、緊張した顔の少年少女たちが慌ただしく準備に入った。
迷宮についての基礎知識は、座学で教えてあるそうだが、実際に中に入ったことがある者なんて、300人まで増えたスクタリの領兵の中でも、20人もいないはずだから、緊張するのも当然だ。
二組に分けると言っても最初に入る方が危険だから、俺やヴァロンが行くのはもちろんとして、訓練兵たちの中で一番“卒業”が近い1班をまず連れて行く。
1班の十人は既に15歳になっていて、まもなく実戦部隊に配属される見込みだ。
最初に先頭に立ったのは、LV2とLV1の戦士、そしてLV2の冒険者の少年だった。横一列で槍を構えながら慎重に中に踏み込む。
その後ろにヴァロンと俺、そしてスカウトにしたリナだ。ルシエンやカーミラがいないから、まずは索敵能力優先にしておく。
俺たちの背後には、松明を持った少年たちが続く。
「これが、迷宮か・・・」
誰かのつぶやき声が聞こえた。
中に入った途端、俺のスキル地図では奥の方にいくつかの赤い点が映る。
そして気配も強い。だが・・・これはアンデッドじゃないな。誰が最初に気づくだろう?
「なにかいるっ」
俺の背後で、やや高い声が響いた。振り向くと、レベル2のスカウトの少年だ。察知スキルが働いたらしい。
「うん、いいぞ。種類はわかるか?」
「えっ、いえ・・・シロー卿、すみません」
「いや、いい。魔物によって気配が違うから、段々覚えるんだ。リナ、どうだ?」
「コボルドだと思うよ。距離200歩、3匹、みんな注意して」
「・・・すげえっ、そんなことまで」
最初、俺の隣りに自分たちと同じぐらいか年下に見える少女が現れて、訝しんでいた訓練兵たちが、その察知能力にどよめいた。
バロンが指示を飛ばす。
「弓のある者は用意。盾のある者は前列に出ろ」
領兵が増えても貧乏状態は変わらないオルバニア軍では、訓練兵までフル武装は行き渡ってないらしい。
槍だけは全員が持っているが、他は10名弱の班ごとに、弓が2張、木製の盾も2枚ずつらしい。
1班と4班の盾持ちが四人、一階層の狭い通路を埋めるように前列になる。その隙間から1班の他の者たちが身を低くして槍を構え、さらに弓を持つ4名が並ぶ。
俺たちはその後ろだ。
残り百歩を切った所で、俺は錬金術の“雷素”を飛ばして照明弾にした。
「見えたぞっ、弓構えっ」
ヴァロンの合図で、4人が弓の弦を引き絞る。
目視できるようになったところで、リナを魔法戦士に変身させる。
思春期の少年たちの視線が集中した・・・いかん、一瞬まっぱになるのを忘れてた。少年漫画誌のサービスカットみたいだ。
(やめてよねっ、みんな集中してないと危ないでしょーが)
「スカウト、敵を“判別”してみんなに伝えろっ」
大声をあげたのは、ごまかすためじゃないよ?必要なことだからね。
「あっ、コボルドLV2、コボルドLV3、コボルドLV2っ!」
さっき魔物を察知した、ヤクピって少年が慌てて声を挙げた。スカウトLV2なら、<判別(初級)>のスキルが使えるはずだからな。
「放てっ」
距離が50歩を切ったあたりでヴァロンが命じ、風切り音と共に4本の矢が飛んだ。
かすめたのかもしれないが、倒れた敵はいない。練度低いな、俺も弓は苦手だけど。
「二の矢、構え」
すかさず次の指示だ。
敵の装備は石斧がデフォルトだな。幸い弓は持ってないようだ。
これなら初の迷宮戦でも大丈夫だろう。
ひゅっ、と音がした。ゴツッ。
「わっ」
俺の前の槍を構えた少年が、倒れ込んだ。
えっ・・・。
「魔法盾っ」
リナに透明な盾を張らせる。最前列が低い位置には盾を構えてるから、その上だ。
ゴツンッ、ガシッ。さらに2つぶつかる音・・・投石か。うかつだった。
「シローっ、リナか、助かるっ」
「魔法盾解除」
ヴァロンの声に、弓の二射目の邪魔にならないよう、盾を解かせる。3人で3個、次の投石には時間があるだろう。
「放てっ」
もうコボルドたちが石斧を振りかざして飛び込んできそうな間合いになったとき、二射目が放たれ、一匹に命中した。
その直後に、残る2匹が並んだ盾に石斧をたたきつけた。
盾が弾かれるようにして一枚飛んだ。
「うわっ」
だが、それとほぼ同時に何本もの槍が突き出され、コボルドたちは倒れた。
「ふぅっ、前列は警戒を。2列目、絶命の確認だ。4班来い」
ヴァロンがきびきびと指示を飛ばす。おっさん、意外に指導者向きみたいだな。
ヴァロンは今の戦闘で盾と弓持ちしか出番がなかった4班の後ろの連中を呼び、ナイフで死骸の解剖をさせ始めた。うわっ、グロかよ、と思ったが、全部解体するわけではなく、延髄のあたりにある魔石の場所を確認させているようだ。
「いいか、魔物には大抵このあたりに魔石があるが、これぐらい小さい。ただし、だ。ミレラ、よく見ていろ」
ミレラという、巫女LV1の少女をそばに呼ぶと、ヴァロンは“浄化”を唱えた。
小さな喚声が少年少女から上がる。
青白い光に包まれたコボルドの死骸が消え、魔石が残った。コボルドのものだからごく小さいが、それでも今しがた解剖して見たものよりは少しだけ大きい。
「このように、死骸を丸ごと浄化すると、解体した場合に得られる物よりも大きな魔石になる。これは魔物の肉体に込められていた魔力も結晶化するためだと考えられている。魔物の死骸を残しておくと、土地は汚染されるし、他の魔物をエサとして呼び寄せることになるから、できる限り浄化をかけて魔石に変え、回収することが望ましいのだ」
そう説明して、巫女のミレラに残り2匹の死骸を浄化させた。
「・・・できた」
実際に魔物を浄化するのは初めてだったらしい。うまくいったことで、他の女子に肩を叩かれ、讃えられていた。
俺はその間に、投石でケガをした少年の治療をした。幸い、骨折ほどのケガでもなく問題なく治せた。
その後は一階層では魔物に出会うこともなく、30分足らずで、ワームの抜け殻まで来た。
既に三階層の途中まで攻略が進んでいるから、当然、結界が破れ素通り出来る。
20人でぞろぞろと、殻の亀裂の中に入り、陥没している地面が見下ろせるところに出た。その時だった。
(シロー、来るよ)
人形サイズにして革袋の中でスカウトモードに着替えさせておいたリナが、念話で伝えてくる。
うん、俺の察知スキルでもわかるな、これは。
アンデッドだ。




