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少女と『おにいちゃん』

「……」

「……」

「えーん、えーん、えーん」

「…………」

「…………」


 たっぷり数十秒は、幼女を見つめていた。

 ここで、明と紫が女子高生ではなく中年親父だったり、幼女が神様ではなく単なる人間の女の子であったとしたなら――通報されても文句は言えないほどの長い時間だったかもしれない。

 だが、幸いなことに二人は女子高生であり、幼女は神様だった。

 そして周囲に人気(ひとけ)もなかった。


 示し合わせたように無言に(おちい)った二人だったが、しかしその理由はといえば、お互いに異なっていた。

 紫は、まさか昨日の今日で会うことはあるまいと言った、その日のうちに神にお会いすることになるとはと、偶然に――あるいは明の強運に――驚き呆れ。

 そして明はといえば――


「紫」

「は、はい。何でしょう」

 明は腕を組んで悩みながら、戸惑うように言った。

「あの女の子は……迷子か何かだろうか?」


「………………はい?」

「いやな、この近くに民家はないだろう? 一緒に来た親御さんとはぐれたのだとしたら、探してあげたほうがいいだろか、と思ってな。もう夕方だし。……だが、私は子供の相手はあまり得意ではないのだ。こわがらせてしまうことが多い。それなら、交番にでも連れて行ったほうがいいだろうか。――どう思う? 紫」

「………………」


「ん? どうした、黙ってしまって」

「……いえ、あまりの鈍さに少々驚きまして。――明、あの子は人間ではありません。神様です」

 紫の言葉に、明はあからさまにびっくりした。

「えっ! だが、はっきりと見えているぞ?」

「見えるようになったのでしょう!? 姫にいただいた腕輪のお力で!」

「あ、ああ……そうだった。いや、すまない。見えないことが当たり前だったから、つい忘れてしまってな……。通りで、やけに神々しい幼女だとは思ったのだ」

「神々しい幼女なんてものが人であったら、そちらの方が私には驚きです」


 そんなやり取りをしている間にも、幼女はしくしくと泣き続けている。

「……ともかく、お話をうかがってみましょうか」

 紫が幼女に近づく。

「……もし、そんなにもお泣きになられて、一体どうなさいました?」

 幼女は顔を上げた。

 その顔は涙でぐしゃぐしゃになってはいるものの、小動物のように愛らしい幼女だった。


「おねえちゃん、わたしがみえるの……?」

「ええ、もちろんです。何か、お力になれることはありますか?」

 そう言うと、幼女はさらに顔をくしゃくしゃにして、涙をこぼした。

「『まも』は、うまれたてで、ちいさくてよわいから、みんなきづいてくれなくて、ずっとひとりだったの……。おねえちゃんたちは、『まも』をみつけてくれたんだね……」


「『まも』というのは、あなたのお名前か?」

 明が声をかけると、幼女はびっくりしたように泣き止んだ。

「きれいなおにいちゃん……」

「おに……。いや、すまない、こんな顔でも一応女なのだ。お姉ちゃんと呼んでいただけると、嬉しいな」

「……うん、わかった。きれいなおねえちゃんが、ふたり、だね。……そう、わたしの名前、『まも』」

 明の言い分が面白かったのか、幼女は初めて少しだけ笑った。


「まもはね、おにいちゃんをさがしてるの」

「おにいちゃん? あなたと同じ存在か?」

「ううん。おにいちゃんは、にんげん。『がっこう』に『にゅうがく』するっていったきり、はなればなれになっちゃった……。まもは、おにいちゃんについていないといけないのに……」

 話しているうちに悲しくなったのか、またぽろぽろと泣き出してしまう。


「まあ、どうかそんなに泣かないでください。……学校、ですか。明、どう思います?」

「この辺りに学校といえば一つしかないしな。自明ではないか? ――お嬢さん、もしやその学校というのは、神学院というのではないか?」

 幼女は目をまるくした。その拍子に、大粒の涙がまたぽろりとこぼれる。

「しんがくいん……。うん……うん。そう。きいたことある。おにいちゃんは、しんがくいんにはいれたんだってよろこんでた。どうして、しってるの?」

「私たちもその神学院に通っているのだ」

「! じゃあおにいちゃんをしってる? おにいちゃんはいまどこにいるの? おにいちゃんにあいたい!」

 途端に幼女は身をのりだしてくる。


「ま……待ってくれ。お兄ちゃんといわれても、それだけでは分からない」

「その方のお名前や、年齢はお分かりではありませんか? ……もしかしたら、すでに卒業されている方かもしれません。まだ、神学院に通われているかどうかもわかりませんわ」

「? おにいちゃんは、おにいちゃんだもん……。よく、わからない」

 再びなみなみと涙をたたえた幼女に、明と紫はお手上げした。


「これは……、なかなかやっかいだな。神学院の男子生徒全員と面通しするわけにもまさかいかんし」

「もしかしたら、時代すら異なる可能性もありますものね。……あ、いえ、こちらのお方は、生まれたてとのことですから、それほど昔の生徒ではないのでしょうか。しかし、数年の違いは充分に考えられますし」

「これは、ともかく、学園に連れて行ってみた方がいいのではないか? ここでこうしていても、らちがあかんだろう。『お兄ちゃん』とやらが通りかかるのを待つよりは、こちらから探しに行ったほうが建設的だ」

「……それもそうですね。では、お嬢様。今から学園にお連れします。そこで、お兄さんを探していただくことは、できますか?」


 これには、幼女はしょんぼりと肩を落とした。

「『まも』は……『かく』がひくいから、あんまり、むずかしいことはできない。おにいちゃんがそばにいれば、わかるけど。いまははなれちゃって、ぜんぜん、けはいがないの……」

 これを聞いて、明は紫に目配せした。

 紫もそれを受け取る。


 神の格とは、言ってみれば神様の順位で、当然力の強い神、弱い神というものは存在する。

 ただそれは、純然たる神自身の力、位によるものだ。

 それとは別に、神が神たる所以(ゆえん)というのは、人の信仰に()るところにある。


 つまるところ、人が信仰するからこそ神は神として存在するのであって、全ての人から忘れ去られた神は、それは神という存在ではなく、ただの現象、あるいはものに過ぎない。

 要するに、この幼女の力を一時的にでもあげようと思うなら――


「お嬢様。今から、貴方に、貴方という神を想って、祈りを捧げます。自分で申し上げるのは恐縮ですが、それなりに私は神力をもっておりますので……すこしは、貴方のお力になれると想います」

「紫、謙遜(けんそん)するな。間違いなく、神学院でも有数の祈り手だぞ。期待していただいてかまわない」

「無闇に圧力をかけるのはやめてください、明……。それでは、参ります」

 紫が祝詞(のりと)を唱える。


「! これは……驚いたな」

 その涼やかな声にあわせ、幼女の身体はなんと成長を遂げた。

 八歳程度の外見だったところが、明と同じくらいの、十五歳ほどの少女に成長していた。

「これ……すごい! まも、大きくなった! お姉ちゃんすごい!」

 ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる少女。

 どうやら、精神年齢まではあまり大きな変化はしていないようだ。


「いかがですか……? お兄さんの居場所がどこか、感じることはできますか?」

 その言葉に、少女は目を閉じて顔をあげる。

 周囲の空気を、気配を、感じているようだった。

「……うん。わかる。お兄ちゃん、あっちだよ!」


 突然、少女は駆け出した。

「あっ! ちょっと……」

「紫、とりあえず追いかけるぞ」

 少女は迷いなく、神学院校舎の方角を目指していた。

「生まれたときから一緒にいたんだもん。間違えっこないよ。お兄ちゃんに、また会える!」


 少女を追いかけながら、明は紫に問いかけた。

「お兄ちゃんについている、と言っていたな。紫、特定の個人に対して神が加護を授ける、というのは、あることなのか?」

「もちろんですわ。複数の意味では、特定の地域を守護する氏神(うじがみ)などは至る所におられますし、それこそ個人を守護する守護神もおられます。その場合、その方のご先祖であったりと、血縁関係があることが多いですね」

「あの子も、その場合というわけか……。無論、その場合は亡くなってから、昇神するのだろう。――まだ幼いのにな。不憫(ふびん)なことだ」


「明。必要以上の感情移入は、(かんなぎ)には禁物ですよ」

「分かっている。深入りはしない。――しかし、たいした速さだ。追うのも一苦労だな」

 少女は文字通り飛ぶように駆ける。

「少々……祈りを込めすぎたでしょうか……」

 元気いっぱいの少女に翻弄され、紫は息切れ気味だ。

「まあ、校舎はもうすぐだ。紫は少し遅れてきてもいいぞ」


 といっても、もともと寮へ帰る途中で出会ったのだ。敷地内での移動である。

 少女には、ほどなく追いついた。

「……お兄ちゃんの気配がする! ――でも、あれ……。いっぱいあって、どこにいるのか分からないよ……」


「それは朗報だ。いっぱいあるということは、敷地内を歩いた気配が残っているんだろう。在校生の可能性が高いな」

「食堂なり……移動教室なりで……生徒の敷地内での移動は、割と多いですからね……」

 紫が息を整えながら言う。

「お嬢様。もう一度、私が祝詞を唱えます。貴方は、より気配の濃い場所がないか、意識を集中していただけますか」

「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」

 そうして少女が指し示した先は、運動場だった。


 放課後の現在、ちょうど部活動を終えた蹴球部の部員たちが、運動場からがやがやと出てくる。

 その中の一人を見て、少女は顔を輝かせた。

「お兄ちゃん!」

 他の部員たちと談笑しながら歩いてくる、一人の男子生徒。

 その生徒に、少女は駆け寄った。

「お兄ちゃん! まもだよ! やっと会え――」


 そして、すり抜けた。

 生徒は友人を見たまま、表情も変えず、視線すら動かさずに、少女を通り抜けていった。

「おにい、ちゃん……」

 そのまま、男子生徒は水道に向かう。

 体中に汗をかいたのだろう、頭から被るように水を浴び、気持ちよさそうに顔を洗っている。

「まものこと、見えないの……?」

 少女は悄然(しょうぜん)と、そこにたたずんでいた。


「紫、あれは――?」

「……彼女は、とてもかすかな存在でしたから……。あの生徒には、感じるだけの力がないのでしょう」

「あれほど、会いたがっていたのにか……」


 少女は、しばらく寂しげにしたあと、気をとりなおしたように、生徒に話しかけ始めた。

「お兄ちゃん、元気にしてる? まも、お兄ちゃんについていられなくなってから、心配してたんだ。でも、怪我とか病気とか、してなさそうでよかった。まだ、蹴球続けてるんだね。ここがお兄ちゃんの学校かあ。すごくきれいで、広くて、すてきなところだね! ――まもも、一緒に、きたかった……」


 男子生徒は、顔を洗い終え、タオルでがしがしと頭を拭きつつ、歩き去ろうとする。

「おい、そこの――」

「だめ!」

 思わず生徒を引きとめかけた明を、少女が制止した。

「だめ。いいの。まもは()()()()()()()()()()()()()から……仕方ないの。お兄ちゃんを、止めないで」

「しかし――」

「いいの。ここまで近くに来てだめだったら、しょうがないよ。お姉ちゃんたち、いろいろ力になってくれて、ありがとう」


「……。紫、なにか、方法はないのか」

「残念ですが、私も、これ以上の祈りを捧げることはできません。彼女の持っている力は、既に最大限発揮されています」

「うん。だから、ここまでなんだ」


 最後に少女は、男子生徒に向かって叫んだ。

「――お兄ちゃん! 元気でね! まもは……まもは近くにいられなくても、ずっとお兄ちゃんのこと、想ってるから! いつかまた、会えるといいな……」

 ふと、男子生徒が振り返った。そして、つぶやく。


「『まも』……?」


「! お前……」

「しっ! 明。黙って様子をみましょう」


「お兄ちゃん……?」

 生徒と少女はしばらく見つめあった――ように見えた。


 しかし男子生徒は、

「気のせい、だよな。――あいつは、もう、なくなったんだ……」

 そういうと、踵を返し、去っていってしまった。


「…………。う……、ひっく、うええ……」

 再び泣き出す少女。

 明は紫と共に、どうすることもできず、途方にくれていた。

 と、そこへ。

「よろずのことでお困りですか?お嬢さん方」

 おどけたように声をかけてきたのは、白髪赤眼の少年だった。


***


 いつの間にか近くにいた少年の名を、明が呼ぶ。

「一夜」

「水くさいなあ、久遠時さん。せっかくよろず部を立ち上げたんだからさ。悩み事があれば、この僕に相談してよ。――っと、この状況で『久遠時さん』じゃ、どっちか分かんなくなっちゃうね。そちらは、久遠時紫さん? はじめまして、僕は網利一夜(あみりかずや)。よろず部部長です」

「……久遠時、紫です。はじめまして」


 その声を聞いて、明はおや、と思った。

「どうした、紫。なんだか暗いというか、静かだな。あの子のことをそんなに気に病んだのか?」

「い、いえ。なんでもありません……そう、少しばかり、消沈してしまって……」

「その、女の子のこと、だけどさ」

 一夜が切り出した。


「たまたま聞こえてきたんで、ここでの話は聞かせてもらったよ。よかったら、出会ったところから、事情を聞かせてもらえないかな」

 明は、これまでの顛末(てんまつ)を一夜に説明した。

 聞き終えて、一夜が発した一言は、意外なものだった。


「どうして、本体を探して来なかったの?」

 その一言に、紫は、はっとしたように顔を上げた。

「本体? どういうことだ、一夜」

「うん。二人とも、その子の外見に囚われすぎてるんじゃないかな。まずね、彼女をその『お兄ちゃん』の妹だと思っているようだけれど……、最初は、八歳程度の外見だったんでしょう? その年齢で亡くなって――神様になるなんて、いくらなんでも早すぎないかな? そりゃあ、そういった例がないとは言わないけど、その女の子は、よっぽど優れた異能の持ち主か、よっぽどの徳を積んだ子だったんだろうか?」


 紫は考えに没頭するように眼の色を深める。

「二つ目に、『生まれたときから一緒だった』っていう言葉……。これを、彼女が生まれてからだと捉えることももちろんできるけれど――、『お兄ちゃん』が生まれてから、ずっと、という意味だとしたら?」


 明は眼を見開いた。

「最後に、その子の名前だ。『まも』。――さて、ここに名探偵がいたとしたら、一体どんな推理を発揮するんだろうね」

 くすりと、そんな風に笑う一夜を後に、紫は少女の手を引くと、突然走り出した。


「きゃ……!」

「紫!?」

「明、今すぐ、最初の場所に戻りますよ! ……私たちは、大事なものを見落としていました」


 戸惑いながらも、紫に続いて明も走り出す。

 見れば、一夜までもがついて来ていた。

「なんだ、一夜。きみは、暇なのか?」

「これも部活動の一環だよ。放課後は、部活動に勤しむのが、健全な高校生ってものでしょう?」

「きみの言うことは、いちいち道化じみているな」

「あはは。性格なもので。気に障ったらごめんね。――治す気はないけど」

「まあ、性格については、私も人のことを言えた義理ではない。行くぞ。紫に置いていかれてしまう」

「あの子も、外見を裏切る性格をしているよね」

「ただ可愛いだけの人ではないぞ。芯の強い女性だ」

 二人はそんな風に会話を交わしながら、紫の後を追った。


「この辺り、ですね……」

 最初に少女と出会った地点まで戻り、紫は辺りを見回した。

「明。今から探し物をします。貴方の力を貸してください。――気配の察知に関しては、昔から、貴方の方が得意でしたよね」

「察知ぐらいなら、私にも手伝えるが――しかし、紫、探すといっても、何を探すのだ?」


「この、お嬢様の本体です」

「な――しかし、それは」

「明。私たちはもっと早く気付くべきだったんですよ。神は、見かけどおりの姿をしているとは、限らないということに。さあ、お話はおしまいです。おそらく、この近くに本体はあるはずです。お嬢様の気配、それと同じものを、どうか探してください、明」

 言う間に、紫はすでに精神集中を始めている。


 まだ理解できていないものの、明は、自分に今求められていることだけは把握した。

 そして、本体――それが何かは分からないが、少女と同じ気配を持つもの――を探すべく、意識を集中する。

 と――。


「! 腕輪が――!?」

 木花咲耶姫(このはなさくやひめ)にもらった桜紋の腕輪、その腕輪が金色の光を放っていた。


「なんだ――? 冴える。意識が、研ぎ澄まされて……」

 分かる。

 少女と同じ気配が、確かにこの付近にある。


「紫、こっちだ」

 茂みの中へと、分け入る。

 地面は草に覆われて、かき分けなければその全貌は見えない。

 明が指し示す場所を、三人がかりで捜索した。

 そして。


「あっ!まもだ……っ!まも、まもの器だよ!」

 ついに、少女が、本体を見つけた。

「まも、自分がどこにあるのか分からなくなって、戻れなくって、ずっと、探してたの。それで、お兄ちゃんのところにも、いけなかった……。お姉ちゃんたちのおかげだよ……。本当に、ありがとう」

 言いながら、少女の身体は徐々に透けていく。

 彼女の器に、戻っていくのだろう。


「かっこいいお姉ちゃん、ありがとう。お姉ちゃんとの絆、忘れないから」

 ぽう、と明の腕輪が光る。心なしか、以前より輝きを増した気がした。

 そうして、少女は本体へと吸い込まれるように、消えていった。

 後には、何年も使い込まれたように、ところどころ擦り切れた――


 古いお守りが一つ、残っていた。


***


 後日談。

「あの男の子、同じ組の子だったから、お守りは無事に、ちゃんと届けてきたよ。どうもね、その子のお祖母ちゃんが、手作りで作ってくれたお守りだったらしい。お祖母ちゃんが最初はお父さんのために作って、それから次に子供に受け継がれて、今はお祖母ちゃんの形見になって、大事に持ってたんだって。それが、入寮の日にどこかで落としちゃってらしく、それ以来ずっと探してたって話しだよ。だから、お守りを渡したら、ずいぶん喜んでくれた。――よかったよね、僕たち、役に立って」


 よろず部部室。

 明と、事の顛末(てんまつ)を聞くため、紫も訪れていた。

「あの少女は、守護神というよりも、付喪神(つくもがみ)だった……というわけですね」

 自分の早とちりを悔やむかのように、紫がため息をつく。


「付喪神。長い年月を経た道具に、精霊が宿ったもの……か。あのお守りは、それだけ大切にされていたのだろうな」

「お守りが見つからないままでは、気付いてもらえないわけです。彼女を彼女たらしめる信仰の対象は、そのお守りにこそ向けられていたのですから」

「だが、まあ、いい教訓になった。神を――これは人でも同じことだろうが――外見で左右してはだめだということだな」

「結果的には、よろず部にとってもよかったよね。――その腕輪。少しとはいえ、無事に力がたまったみたいじゃない。次の封印の開放に、一歩進んだってところかな」

 明の手首を見て、興味深そうに一夜が言う。


「ずいぶんと遠回りはしてしまいましたが……、今回の件については、どうにか、一件落着といったところでしょうか」

「ああ。肝心のお守りは無事に持ち主の元に戻ったんだ。及第点、ではないか?」

「でしょ。よろず部の実績についても、こうして一歩積み上げられたってことで」

「あなたについては、無理やり絡んできた気がしないでもないですが……」


 そんなふうに。

 何はともあれ、これで終わったかと、のんびりしていたよろず部部室に、


「――久遠時! お前、なんっつー噂流してくれてんの!」

 扉を蹴り開けるように盛大な音を立てて、闖入者が現れた。


「檜山さん?」

「檜山……?」

「なに。一体どうしたの?」

 きょとんとする三人に、檜山は両手をわななかせた。


「お前――その腕輪、俺からもらったとか言ったそーじゃん! そのせいで、あの久遠時が身に着けているくらいだから、俺んちには相当霊験あらたかな宝物が有り余ってるらしいだの、装飾品を渡すなんてやっぱり久遠時への特別な気持ちが込められてるんじゃないか、だの……。根も葉もねー噂でもちきりなんだよ! なんてことしてくれんだ!」

 檜山の絶叫に、三人は沈黙した。


「あらら……それはご愁傷様」

「ああ。そういえば、話の都合上そういうことにしたのだった……。すまんな。迷惑をかけたようだ」

「――なんですの……? あなた、前半はともかくとして、明に想いを寄せているとの誤解を受けていることが、迷惑だとでも……?」

 なんて身の程知らずな、とでもいうように怒りをあらわにし、今にも攻撃に打って出そうな紫に、

「そういう問題じゃねーだろ!? あんた、見かけによらずいい性格してんな!?」

 悲鳴にも似た叫びをあげ、慌てて檜山は防御に回った。


「なんだか、せっかくいい話だったのに、最後はしまらないねえ……」

「ま、立ち上げたばかりの部活だ。少々の問題は仕方あるまい」

「今回の問題はほぼ久遠時さんが原因だと思うけど……」

 

 そんなこんなで、賑わいは続く。

 一人目の神様と絆を結んだところで、激動の卯月も、いよいよ終わりを迎えようとしていた。

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