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trip change  作者: tamap
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昔の男

 少しだけ、本当に少しだけレイコの心の中に疑いが兆していた。

自分が鈴香だと信じ切っていたリンは本当に鈴香なのだろうか、と。

本人はずっとその身体はどうであれ中身は他人だと言い続けていた。

 今、自分の隣を歩いている少女の顔をした娘は嘗て知っていた彼女とはあまりに違う。

鈴香はこんなに裁縫が上手かったっけ?

掃除なんて酷く苦手だったんじゃ無かったっけ?

料理も一人暮らしが長いから一応は出来た物の、ゼミで遅くなった時なんてホカ弁で済ましていたのに今では冷蔵庫の残り物であっという間に美味しい物を作ってくれる。

リンは自分は男だと主張しているが、これだけ家事が出来るのだからそれは無いと思う。

そう、出来過ぎるのだ。


 考え事をしていたので、レイコはそれに気づくのが遅れた。

「鈴ちゃん見違えちゃったよ」

電柱の陰からふらりと出て来た男が言った。

「麗子お嬢様に邪魔されてずっと君に会えなくて寂しかったよ。

彼女が何を言ったのか知らないけれど、僕が愛しているのは君だけだよ。

今までの相手なんて運命の相手に巡り合う前の事だよ。

勿論、僕の運命の女性は君さ」

 「何言ってるのよ!リンちゃん騙されちゃ駄目よ、これがいつものあいつの手なんだから!」

レイコはリンを守る様に前に立ちはだかった。

「騙しているのは君だろう?

僕たちの間を引裂いて、鈴ちゃんに取り入って何をしたい訳?

聞いてるよ、ずっと鈴ちゃん家に入り浸っているそうじゃないか。

君がレズだってね。

鈴ちゃんをずっと狙っていたんだろう?」

 言い返そうとしたレイコだったが思わず口ごもる。

確かに自分のリンに対する執着はそう思われても仕方が無いかも、と思った。


 すっとその間にリンがレイコの前に出た。

リンの鋭い目はその時一瞬男の目の中に浮かんだ卑しげな表情と勝ち誇った自信に満ちた笑みを見逃さなかった。

「レイコ、れずとは何だ?」

だが、リンの口から出たのはいつも以上に優しいおっとりとした言葉だった。

「あ、あの・・・。レズって言うのは女が女を性愛の対象にする事よ」レイコはやっとの思いで言った。

「でも、私決してそんな・・・!」

「じゃあ、レイコはレズじゃ無いさ」リンは言った。

 きゅっとリンの口元がえも言われぬ笑みを浮かべた。

平凡なはずのリンの顔が息を飲むほど美しく艶やかに見えた。

「お前、最低な男だな。私は勿論レイコを信じる。

一目で判るじゃないか。どっちが信じるに値する人間か。

 レイコが言っている事が全て真実だとあなたに逢ってよく判ったよ。

鈴香がおまえと別れた事は正解だよ。さもなくば・・・・」

その後、いつもは決して饒舌な方では無いリンの口からよくもこれ程の語彙ごいとバリエーションが、と驚くほどの侮辱の言葉、罵詈雑言が機関銃のように飛び出して来た。


 「この糞アマ!」

当然の事ながら見る間に男の顔に血の気が上りだっと飛び出して来る。

「リンちゃん!」レイコは自分よりも頭一つ小さい華奢なリンを守ろうとした。

だが、リン自身がそれを許さなかった。

レイコはリンの手に導かれるように後ろの方に押しやられそして男の拳がリンの頬を捕えるのを見て思わず目を瞑った。


 「ギャアアアーーーッ!」

だが悲鳴を上げたのは男の方だった。

同時にバタバタ人の駆け寄る音が聞こえる。

「お嬢さんたち、もう大丈夫だから」

声がして恐る恐る目を開けたレイコの目に映ったのは数人の男達と血塗れの拳を抱えて転げまわっている男だった。

「警察だ!竜村幸一、傷害の現行犯で逮捕する」

男たちの一人が血塗れの手をした男に手帳を開いて示し言った。

「ち、違う!傷害はそっちの女だ!」男は喚いた。「どこを見てやがる!」

「自分で壁をぶっ叩いて怪我をしたって傷害事件にゃならねえんだよ」

容赦なく男の手首に手錠を打ちながら刑事は言った。

「お前、あの御嬢さんの顔を殴っただろうが。まったく女の子の顔を殴るなんて」

「本当に、か弱い女の子の顔を勢い余って自分が大怪我するほど殴るか普通。

大丈夫ですか御嬢さん」

刑事の一人が心配そうにリンを覗き込んだ。

「ええ、レイコちゃんが助けてくれて掠っただけなんです」

リンは手で押さえていた少し赤くなった頬を見せた。「それは良かった。念のために救急車を呼びましょうか?」

「リンちゃん、リンちゃん、本当に大丈夫?私ちゃんと庇ってあげられなくって」

ショックと安心したのとでポロポロ涙を零しながらレイコはリンの頬を撫でた。

「ただの痴話喧嘩じゃねえか、何で逮捕されるんだよ。

その女が酷え事を言いやがったから、カッとなっただけじゃねえか!」

「何が酷い事だ。

あんたと別れるって言っただけだろうが」

えっ、とレイコは刑事の言葉に耳を疑った。

あれだけの悪口雑言を傍で聞いていたレイコはその言葉が全て本当の事とは言え、竜村が怒りだした訳も分かっている。

だが、そんな言葉なんて聞いていなかったかのような口調だ。

「学生の癖に本職のヤクザ顔負けの事をやって、捕まらないとでも思ってたのか。

警察も舐められたもんだな。

あんたが売りとばした女の子の親御さんから訴えが来て、こっちは内偵中だったんだ。

 女の子を騙して、金を貢がせて、借金を背負わされて泣いている子が何人居るんだよ。

暫くは家に帰れんぞ」

「合意だ!向こうも納得して俺に勝手に貢いで勝手に身売りしたんだ!」

「森田源左衛門」

刑事が言うと竜村の顔がさっと青くなった。

「ちっちゃくて華奢な女の子が好みなんだってな。

あんたから、前に二人買ったってゲロッたよ。

今回も大人しい小柄な処女を売るって約束してたらしいな」

竜村はもう何も言わずにガックリと俯いた。

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