記憶
ちょっとショックだった。
忘れるはず無いじゃない、と思った。
リンを失ってから心の中にポッカリと開いた空洞を死ぬまで埋める事は出来なかった。
リンの残した子供達を知ってさえ。
そう、その空洞が満たされたと感じたのは死の間際。
香から、死んだ後に愛する人と巡り合えるのだと聞いた時だった。
これ程にリンを求めていたのだと気付いて愕然とさえした。
ああ、私は戸惑っていたのだわ。
レイコは気付いた。
レイコは根本的にノンケだから、女性としてのリンをあれほど愛し、求めた事に戸惑い、忘れられずに別の人を夫とする事を拒絶した事に戸惑っていた。
そして、紛れも無くリンだと気付いた人が都合よく男性だったと言う事に戸惑った。
女の人が好きなんじゃ無くて女性の身体を持ってはいたが、リンだったから好きだったんだと分かる。
何を怖がっていたのかしらとレイコは思った。
たしかに見知らぬ世界だけれど、リンが居るのですもの。
リンが居れば見知らぬ世界じゃないわ。
ずっと一緒に居られるのならば何も怖い物なんて無いわ。
不思議な世界の、その中でも特異な一族なのだと教えられた。
でも、要するにリンの様な人が沢山居る国だと言うだけ。
リンの特異さに戸惑いながらも慣れ、愛したレイコなのだから。
うん、何も怖くなんて無い。
嫁入り支度も出来ずに身一つで嫁入りする事が少し悲しいけれど・・・・。
「あら?」
フラッシュバックの様に何かの記憶が過ぎる。
今のレイコの髪の色と同じ色の髪をした男の人が優しい声で何か言っている。
『シュシュはますますエメダに似て来たねぇ。
いつかはお嫁に行くんだろうか。
ごめんよ、シュシュを可愛がってくれると思って新しいお母さんを迎えたんだけど、弟が出来てから辛く当たっているみたいだね。
やはり、側仕えは奴隷にすべきだったね。
お前の側仕えのマリが嫁に行ってから信用できる側仕えが見つからない。
今さら奴隷を買ってシュシュに付けたってアルテの方に取り込まれてしまうだろうし。
やはり、持参金を付けてお嫁にやるべきなのかねぇ。
持参金を沢山持って行けばそれなりに遇してはくれるだろう。
ほら、ごらんシュシュ。
これがシュシュの持参金だよ。
シュシュのお母さんのエメダが持って来た持参金に同程度の財宝を足して見たんだ。
アルテに見つかれば取り上げられてしまうからないしょだよ。
まあ、これ全部で我が家の収入の10年分くらいだからねぇ』
窓の無い小さな空間を満たす大量の箱の中で金銀宝石、宝飾品が持ち込まれた蝋燭の灯りにキラキラと輝いていた。
「あーーー、あれは見つからないわ」レイコは呟いた。
多分父親であるだろう男の人に連れられてこっそり見た財宝の詰まった隠し金庫。
それはもう巧妙に隠されていて、知らなければけして見つけ出す事は出来ないだろう。
分厚いタペストリーの向こう側にある石の壁がパズルのようになっていて一つの石を抜き、幾つもの石をずらしてやっと開く空間だった。
今世のレイコの不思議な記憶は何かのきっかけがあれば現れるようだ。
この記憶の切っ掛けは嫁入り支度。
リーンが、ましてやこの一族が持参金を求めるとは思えないが。
何しろ、外国人の妻を連れて来る者達の殆どが駆け落ち同然。
妻たちは夫となる人だけを信じて身一つでやって来るのだから。
これからもシュシュであった頃の記憶は折々に戻って来るのかもしれない。
けれど、107年生きたレイコの記憶から思えば16歳の少女の、しかも魂が封印されていたこの身体の記憶は僅かだろう。
ただ、恐ろしくそのシーンが鮮やかで実際に今その場にいるかのような臨場感を伴っているのが不思議だけれど。




