斬撃
ビルの地下にあるバーから出た途端、彼はまるで呼ばれたようにそちらを見た。
小柄で華奢な人影が何かを物陰に蹴り込んた所だった。
「どうした、村上?」
後ろから出て来た小太りの男が立ち竦んでいる彼に声を掛けた。
すうっと突き当りの暗がりから少女が現れた。
「何だ、この嬢ちゃんは村上の知り合いか?」
「2度までは許せても3度目となると偶然では済まさんぞ」
ごく、平凡そうな外見をしながら、その口から出たのは凍りつきそうに冷ややかな声だった。
「なんでえ、この小娘」
小太りの男を守る様に取り囲んでいるチンピラたちが色めき立った」
「偶然です!」
声を掛けられた事で金縛りが解けた村上が悲鳴のような声で叫んだ。
おやっと言うような顔で小太りの男は少女と村上を見比べた。
「本当です、わざわざ好んであなたに近づいたりなんてしません。私が見る先にあなたが居るんです。
はっきり言って、私はあなたが怖い。
そんな、小さな女の子の振りをして、それがあなたの本質じゃ無い判っているから本当に怖いんです!」
きゅうっ、と少女の口元が笑みの形を作った。
途端に、平凡そのものの少女の顔が劇的なまでに変化する。
だが、笑いかけられた村上はあわや失禁するところであった。
その笑みがどれほど恐ろしい物であるか気付いた者が村上の他にもう一人だけ居た。
だが、他のチンピラ共には平凡に見えた少女が思いがけず美人だったのだと思っただけだった。
マジに殺される、と村上は思った。
少女がこれだけの人数を相手にして平然とそれをやってのけるだろうと。
「大山ぁ!」
その時大声を上げて駆け寄って来た男たちがいた。
前門の虎に後門のハイエナなんて言う変な言葉が村上の頭に浮かんだ。
「組長!」
キラリと薄暗い街灯に刃物のきらめきを見て、村上はもっと早くそれに気づかなかった自分に臍を噛んだ。
いつもなら彼らが近づく前に気付いていただろうに、太陽の傍のちっぽけな星がその光に消し去られるように少女の存在感に紛れてしまっていたのだ。
手下の者たちが懐に飲んだそれぞれの得物を抜くよりも早く、ひらりと何かが宙に舞い、村上は自分の目を疑った。
とん、と相手の長脇差の峰を踏んで宙に駆けあがった小柄な少女はそのまま相手の頭を蹴り飛ばしいつの間にか男の長脇差を手にしていた。
彼の目に辛うじて映ったのはキラリ、キラリと街灯の光を反射する刃物の煌き。
そして手首を抑えて苦鳴を上げて次々と転がる襲撃者達。
「なまくらだな」
一滴の返り血も浴びる事無く、何事も無かったかのように修羅場の真ん中に立つ少女は長脇差を見ながら言った。
その足に血を流しながら気丈に掴みかかろうとする男の頭を平然と蹴って意識を刈り取る。
じろりと再び少女に見られて緊張が走る。
今度こそ、チンピラ共も少女を見誤る事は無かった。
「おまえらが処分しろよな」だが、少女の口から出たのは思いがけない言葉だった。「お前らの敵だろう?」
ぽいっと、ゴミでも捨てるように長脇差が捨てられ、パシャン、と安っぽい音を立てて地面に転がる。
「ね、姐さん。ちょっと待ってくれ」
小太りの男、組長の大山がすたすたと何事も無かったかのように路地を出て行こうとする少女に声を掛けた。
「組長!」
村上は慌てて大山を止めた。
「姐さん、いや嬢ちゃんに何か礼をせんと」大山は言った。
「無用だ。奴らが私をついでに狙っておらねば放っておいたのだがな」
少女は平然とした顔でそう言うともう後も見ずに去って行った。
「組のものを呼んで後始末をさせろ」大山は命令した。「それから、村上・・・・」
ぶんぶんと音がするのではないかと思うほど、村上は力いっぱい首を振った。
「絶対嫌です」
「おいおい、村上ともあろうものが」大山は呆れたように言った。
「組長も見たでしょう?感じたはずです。
あれは人間じゃ無い。少なくとも普通の人間じゃありませんよ。
凄く恐ろしいんですよ。
あの人とお近づきになる位ならチャカの弾が飛び交っている真っ只中に放り出された方がずっとマシです」
「別に、あの嬢ちゃんをどうこうしようって訳じゃ無いんだがな」
「どうこうなんて出来ませんよ。
例え出来たとしてもその後がどれほど恐ろしい事になるか。
あの人はきっと本当ならニッコリ笑ったまま人くらい何人でも殺せるはずです。
今は自重しているだけで・・・・」
「まさか、うちの先生じゃあるまいし」組長は苦笑した。
「先生は別に人を殺す事が楽しい訳じゃ無いし、人殺しが罪だって事も知っていますよ。
そうじゃなければ殺人狂じゃないですか。そんな危ない人となんか暮らせませんよ。
でもね、あの人は呼吸をするのと同じくらい自然に当たり前のように人を殺すでしょう。
その必要に迫られればね」
村上の秘めた特別の力が教えてくれていた。




